第21話 闇を歩む者達

熊の魔獣を皆で食った次の日。


俺は店で薬師としての仕事に従事していた。


そりゃあ俺も、毎日アウトドア活動をやる訳ではない。


あくまでもそれは趣味で、それで生計を立てている訳じゃないのだ。


なので普段はこうして、薬師としての仕事……つまりは医者をやっている。せめて週一くらいは店にいないと、周りの住民が困るからなあ……。


「はい、こんにちは。今日はどうしたの?」


「あ、先生!あのね、肌が赤くなっちゃってて……!大変なの、このままじゃお客さんに嫌われちゃう!」


まあ大体、まともな住民は、表通りにある薬師……メアリ婆さんのところに行くから、俺のところに来るのはこういう娼婦とか訳ありとかが殆どだ。


ただ、薬の薬効は認められているし、メアリ婆さんにも作れない流行り病の特効薬を作れるんで、腕そのものは街の人々の多くから信用されているようだが。


「どれ、見せてみな」


んー……、アトピー性皮膚炎かな。


「何か、肌に塗ったりした?」


「してないわ」


「虫に刺されたりとかは?」


「ないわね」


「あー、じゃあ、何か食べ慣れないものを食べたか?」


「食べ慣れない……、まあ、この前の市場でたまたま卵が手に入ったから、皆で食べたけれど……」


あー、アレルギーかなあ?


少し食べてもらうか。


少量の炒り卵を食べさせる。


……卵アレルギーだった。


「君ね、卵を食べると肌が荒れる体質みたいだね」


「ええっ、そうなの?」


「ああ。だから、今後は卵はあまり食べないように。卵一つ分未満ならまあ大丈夫だろうけど、できるだけ食べない方がいいよ」


「そんなこと、あるの?食べ物で肌が荒れるなんて」


「食べたものが身体を作るのは分かるよね?君の身体は、卵をうまく血肉にできないみたいだねえ」


「そうなの……?私の身体、変なの?」


「いや、そういう訳じゃない。これは、鼻が高い人もいれば低い人もいるとか、年老いても禿げない人と禿げる人がいるとか、そういう『違い』ってだけの話だ。変じゃないから安心していいよ」


「そう……、分かったわ」


「とりあえず、今日は塗り薬を出しておくから。痒くてもあまり掻いちゃダメだぞ?」


「うん。ありがとう、先生」




午前中の間に十五人ほど診察して薬を出し、昼休憩。


この世界は魔法やダンジョンなどの要素で色々と進んでいる面も多いが、結局は、日が昇るとともに起きて、日が沈むとともに眠る中世世界。


なので、街の朝は早く、夜も早い。


うちの店も朝七時には開いているから、午前の仕事はそれなりに多いのだ。


ただ、午後は五時前くらいに店を閉めるし、昼休憩も長いから、実労働時間は八時間前後ってところかな。


まあ俺はチェンジリングで人間ではないから、毎日律儀に寝る必要も食う必要もない。つまりは休む必要はないのだが、それはそれとして休みたくはある。


そんなことを考えながら俺は、家で飼っている魔族の子トリスティアと、昼飯の準備をしていた。


「お仕事、お疲れ様です、アンドルーズ様」


「ああ……、今日は少ない方だよ」


「私も、もう少しお手伝いができればいいのですが……」


「十分役に立ってくれてるよ。マジな話、医学ってのは人の命を預かるからさ、一朝一夕でどうにかなるもんじゃない」


俺だって、医師免許取るの結構頑張ったもんよ。高三の時、なんと毎日一時間も勉強したんだぜ?めっちゃ大変だったわー。


え?ああ、帝都大学理科三類出てるぞ俺は。


けど、赴任先で引っ掛けた看護婦が赴任した病院の院長の愛人でさあ。


後、イラついたからビール瓶で頭かち割った若手医師が院長の息子で。


ついでに、パパ活やってる女を買ったらそいつが院長の娘!


いやぁ、やっちゃったぜ。


まあ過去のことは良いじゃん。


楽しく行こうよ。


「はい、アンドルーズ様。ハムが切れましたよ」


「ああ、じゃあパンと並べておいてくれ。スープは……、もういいだろう」


昼は、ミネストローネと作り置きのバゲット。それと、付け合わせ程度にハム。


ミネストローネ、トマトの野菜コンソメスープだが、これに隠し味程度にすりおろした生姜を入れておいた。これで、まだまだ肌寒い春でもポカポカって寸法よ……。


「いやあ悪いな、トリス。俺は毎日違うものを食べたいから、いつも料理をしてしまって」


ああうん、そう。


この世界の人、あんまり食べ物に気を遣わんのよね。


普通に、現代地球の欧米人みたいな感覚で、「ランチは必ずサンドイッチ」みたいな奴が割と多い。


俺みたいにいつもいつも違うものを食べて、食事を楽しんでいるのなんて、貴族や豪商くらいのものだ。……あ、いや、そうか俺も豪商みたいなものか?


それにしたって、本当の中世ヨーロッパよりはよほどマシだし豊かだけどさ。


とにかく、俺に付き合わされて毎日いつも違うものを食べさせられるトリスは困っていないかな?と、ふと思ったのだ。


「いいえ!私は、アンドルーズ様と一緒にお料理をして、美味しい食事を楽しむのが好きですから!これからも、ずっと、ずっと、二人でこうやって生きていきましょう?ねえ、アンドルーズ様……」


オッ、重力。


トリスは俺に捨てられたら冗談抜きで自殺するレベルで依存してきているから、時折発生する重力が良いね!心地いい。


「ああ、もちろんさ、トリス。ずっと一緒だぞ」


そういって、抱きしめてキスをしてやる。


「はいっ……!大好きです、アンドルーズ様……♡」


あー、家族ごっこ、楽しいなあ!


家族の一番いいところ……、愛、快楽、自己肯定感を直で感じられている!


これだから奴隷と家族ごっこするのはやめらんねえぜ!!!!




……で、食事をして、午後。


またもや患者。


「うう……、痛えよお……」


運ばれてきたのは、スラムの男。


ちょいワル的な……いやまあうん、普通にマフィア的なアレの組員だ。


一応、こういうのも必要悪として街に存在することを許されているからな。


こういうところをガッチガチに締められるほど予算も兵力もないからね、マフィアも地元にそこまで被害を出さないなら黙認されて、その代わりに外からやってくる他のマフィアやら何やらと戦え!とね。


暗黒街に他国の間諜が!だなんて、一番笑えん展開だもんよ。


そんな奴らだが、もちろん表の医院なんかにゃ行けないんで、俺のところに来る。


「先生!こいつ、すげえ痛がってて……!」


「せ、先生!兄貴は、兄貴は大丈夫なんすか?!」


「はいはい、診察するから座ってろ!」


チンピラ共を解散させて、と……。


んー……、まず意識はあるな。


目線……、大丈夫。


「派手にやられたなあ。あー、どこが痛い?」


「かっ、肩、肩」


肩か。


「これは痛いか?」


「痛え痛え痛え!!!!」


「これは?」


「痛えよ、痛えって!」


ふむ、すると……。


「脱臼だ。とりあえず嵌めるから、身体の力抜け」


「え、いや」


「ぶん殴って黙らせてやろうか?」


「わ、わかった!」


じゃあ、せーの……、おらっ!


「いっ……、痛っ!」


「よし、嵌ったな。しばらく動かすなよ?腕を上げたりすんな」


「で、でも先生!最近は南の戦争から逃げてきた難民共が問題を……!」


「他の奴に任せろ!良いか、脱臼を甘く見るなよ?ここで休まなきゃ、二度と腕が使えなくなってもおかしくない!」


「腕の一本で済むなら安いもんだ!あんなに難民共が来ていて、街中で問題を起こしていやがるんだぜ?!領主の兵隊共は役立たずだし、俺達『ジェノバ・ファミリー』がやらなきゃ……!」


「へえ……、マフィア風情が、生意気だね」


うわ……、まためんどくさいのが……。

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