第19話 鷹の道をゆく男

さて、春が来た。


そうなると俺は、やりたいことがある。


ミッドフォードの近くを流れる大河、プロメロス川。


その周囲に広がる森……セラックの森。


更にその先、プロメロス川の源流にある山を、ネオテム山と言う……。


ネオテム山は、魔物が多いが自然の宝庫で、プロメロス川の源流にして渓流があるのだ。


おじさんが春の渓流でやることなんて一つだよね。


はい、釣りです。




ネオテム山。


緑の木々に囲まれる、手付かずの大自然。


日本人ならば屋久島などを想起するような、美しい景色の山だ。


もちろん、ファンタジー世界であるから魔物も出るし、獣も出るし、方向感覚も狂い易いので、普通に素人には無理な土地だが……。


まあ、俺は強いので……。


最悪、転移魔法で戻れるので、好きにさせてもらいたいね。


そんな訳で俺は、大型のリュックを背負いながら山に登り、渓流で釣りをしているのだ。


釣竿はその辺の棒から自作した。


こんな釣具で大丈夫か?とは思うが、こんな危険なところで釣りをするアホは俺くらいしかいないので、魚達は無警戒。


なので……。


「っし」


結構釣れる。


釣ったのは……、ヤマメだ。


一番大きいやつは魚拓をとって、墨を洗ったら塩焼きにしよう!


ちっちゃいやつは逃がそうか。


こんな世界だから、魚もすぐ増えるだろうとは思うが……、自然界のバランスを下手に崩すのは怖いからな。


山や森から資源を乱獲して、餌が足りなくなって降りてくるのは、熊よりも怖い魔物共。


自然は大切にしなきゃ、マジで本当に人間に牙剥いてくる……。


……お?


足音だ。


四足獣……、獣ではない。


二足歩行。


ゴブリンか?いや、ゴブリンはもっと集団で、バカみたいに騒がしく動く。


こんな気配を消してはこないはず。


「誰かいるのか?」


俺は、森の向こうに声をかけた。


すると……。


「あら〜?ドルーちゃんじゃない!どしたのよ、こんなところで……」


と、籠と狩猟弓を背負ったストライダーが現れた……。


こいつは……、ストライダークラン、『導きの鷹』の団長……。


「ウィリアムか」


ウィリアムだ。


「いや、おじさん、驚いたよ〜!こんな山奥でさ、人の気配がするんだもん!」


そう言ってヘラヘラ笑う、ボサボサの髪と無精髭のウィリアムだが……。


森で生まれ育った狩人であり、二級ストライダーとは言え腕の方は一級と名高い強者だ。


この軽薄そうな態度は普通に素なのだが、それが逆に、ストライダーのようなアウトロー気質を持つ人々には気に入られ、担ぎ上げられ、狩人が集まるクランである『導きの鷹』の団長を押し付けられた悲しい男でもある。


「で、何やってんのさ?……あ、釣り?!こんなところで?」


「ヤマメは、この辺じゃここでしか釣れなくてな」


「ヤマメ?それなら、この北の大樹のところから西行った川にもいるよ?」


「あそこ、足場悪いじゃん」


「あ、そうね。え、でも、良いなぁ〜!おじさんにもちょっと分けてよ!」


「えー……?」


「ほら、山菜とキノコあげるからさぁ」


そう言って、背負っている籠から色々取り出すウィリアム。


……お、ヒラタケがある。菜の花も。あとは山ネギ(行者ニンニク)も。


んー……。


「パスタとかっていける?」




持ち込んだオリーブオイルで、行者ニンニクを刻んだのを炒めて香りを出し……。


ヒラタケなどのキノコを炒める。


そして、塩茹でしたパスタの茹で汁を投入。持ち込んだ出汁醤油で味をつけ、パスタに絡める。


別で茹でていた山菜を和えて……、和風パスタ(山仕様)だ。


で、釣ったヤマメは捌いて串に刺し、塩焼きにする。


「うわ〜、いいねぇ!」


早速、その辺にある木々を削って作った箸を使って、食べ始めるウィリアム。


……箸、使えるんだ。


などと思いながら、俺もパスタを一口。


あー……、うめぇ……!


「山菜の苦味が良い味出してるよね、パスタの穀物の甘さが活きてるって言うか……」


「いや、油吸ったキノコがうめえよこれは。山ネギで香り付けすんの、行けるかなー?と思ったけど行けたわなー」


「山ネギね、砕いた松の実と刻んで、油を混ぜてソースにすると美味しんだよ〜?」


「あー、ジェノベーゼ的な?それもパスタに合いそうだよなぁ」


「んっ、魚も美味いねこりゃ。酒が欲しくなるよ……」


「まあ俺は飲むけども」


「えっ?!山でよく飲めるねぇ……。おじさんは感覚鈍るのヤダから、山じゃ絶対飲めないよ」


「俺は魔力量には自信があるからな。最悪、『剛力』の魔技で脚を強化してジャンプしながら移動すれば、そうそう道には迷わんよ」


「良いなぁ、おじさんは立場はそれなりだけど、実力はそんなんでもないからさあ……」


「またまたぁ〜!」




そして、飯を食い終わり、食器を川で洗っていると……。


『グオオオオッ!』


「おや」


向こう岸にクマが出た。


「あー、ありゃ魔獣だねえ」


「そうなのか?俺は動物と魔獣の見分けがつかんが」


「腰で分かるよ?熊はねえ、向かってきてもすぐ退いてー、また向かって退いてと繰り返すんだよ。動物は戦いたがらないからねえ、こっちを驚かせて縄張りから追い出そうとする訳だよ。でも、魔獣は違う、真っ直ぐ殺しにくる」


「はえー」


「あ、あれ、もらって良い?」


「良いよ」


瞬間、人間離れした速さで矢がつがえられ、放たれる。


魔技、その中でも特に高等な、『徹し』……。


それ即ち、触れた物質の魔力強化。


その『徹し』を、手から離れる矢に込める、一等難しい技を容易く成功させたウィリアム。


矢は……、俺の目の前で立ち上がり、爪を振り下ろそうと前脚を上げた、熊型の魔獣の胸を穿った。


『ガッ……?!』


当たった矢は貫通し、その魔獣の首、頚椎の中枢神経に、人の瞳ほどの大きさの穴を空けた。


即死である。


「いやぁ、達人だねえ」


「へへ、そうでしょ?おじさん、獣を狩るのは得意なんだよねぇ……。あ、でも」


「でも?」


「は、運ぶのはちょっと苦手かなあ……?手伝ってもらったり……、してもらっちゃったり……?」


ンモー。


「こいつ、肉食えるゥ?」

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