第15話 エルフの姫子

「………………」


「うおっ」


シオと狩りに行った次の日。


朝起きて、家の入り口のドアを開いたら、『青のほうき星』所属の魔法使いエルフ、マーゴットが出待ちしていた。


「えっ何?」


「……おはよう、ドルー」


「あぁうん、おはよう。今日もかわいいね、マーゴット」


「ん……」


んー?


「……あー、どうしたんだ?何か怒らせるようなことをしたか?」


「魔法」


魔法?


「シオに、知らない魔法、見せたって……」


あー……。


「言いふらしちゃってんの?」


「違う。シオと私、クランハウスで同じ部屋」


そういやそうか。


だからこの二人は仲が良いんだったな。


で、えーと、魔法。


「誰も知らない『真語』……、見たかった……」


そう言って、長耳をシナシナと垂れさせるしょんぼりエルフ娘。


あらまあ、かわいいこと。


「よし、じゃあ今日は魔法を教えてやる」


「本当……?嬉しい……!」


そんな訳で、マーゴットに魔法を教えることになった……。


で、家の中。


店の方は、相変わらずトリスが店番をしてくれているので、お茶でも飲みながら……なんて思ったが。


「見せて」


「え?」


「知らない真語、見たい」


と言われたので……。


ふむ、と一息。


まあ、もう五年の付き合いになるのか?


それならそろそろ、見せてやっても良いかね。


そう思って俺は……。


‎『חיבור תת-חלל, לגן הקוסם(庭園、門を開け)』


「庭園」に、案内することとした。




「ワァ……?!」


小さくてかわいい感じの奴になっているマーゴットの手を引き、移動する。


ここは「庭園」……。


大魔導師のみに許された、プライベート異空間である。


この空間は、広さは四十ヘクタールくらいで、太陽の代わりに巨大な青いクリスタルが浮かんでいて、それが光を発している。


魚類養殖用の泉、麦畑に果樹園、家畜小屋、そして作業台に薬草園と錬金台なんかがある、広々とした秘密基地だ。


「……こ、これは、て、『庭園』の術……?」


「ああ、そうだ」


「……貴方は、マーリーン?エールメス・トライアン?メル・キ・ゼーベク?それともヴィナ・モネン?」


全て、伝説に残る賢者や大魔導師の名前だな。


「どれでもない、俺は俺だ」


「……凄い。凄い、凄い!初めて見た!師匠も使えなかった、伝説の術!凄い!」


一頻り称賛を受けた後、俺は口を開いた。


「さて、見たことのない真語が知りたいんだったな?」


「あ、う、うん。知りたい、真語……!」


ふむ……。


「何を知りたい?」


「……?ドルーは、いくつ、真語を使える?」


ああ、そうか。


普通の魔法使いは、真語なんて、使えても数単語。


十単語以上使えるような魔法使いは、賢者だの魔導師だのと言って持て囃される……。


んー……。


どうしよっか?


何でもできます!と正直に言うのはマズい気もするが、実力は既にバレちゃってるからなあ……。


マーゴットは魔法使いだけあって、『見鬼』が使えるから、俺の膨大な魔力を見抜かれちゃっててさ。今でこそ、魔力を抑える術を手に入れたが、前までは垂れ流しだったらしい。


だからここで過小報告しても、マーゴットの信用を損ねるだけなんだよなあ。


うーん……。


「それは秘密だが、真語そのものはたくさん知ってるぞ。何か知りたいものとかある?」


「『修復』の真語は?」


『修復』、と来たか。


俺は実は、魔法の師など居らず、独学で、と言うかチートで頭の中に知識があるだけだから、この世界における真語のどれがどう貴重か?とか、そんなのは分からない。


事実、この街に来た頃は、魔法使いなら誰でもできるような魔技である、魔力を隠す「魔力閉じ」を俺は習得しておらず、マーゴットはそんな俺を一目見て「魔法使いだ」と見抜いた……。


誰よりも魔法使いとして優れているが、魔法使いのことはぶっちゃけなんにも知らんのだ!


しかし今更弟子入りなんて無理無理無理のかたつむり。そもそも魔法使いなんて偏屈な選ばれしインテリだから、いきなり弟子入りとか無理よ。


マーゴットだって、傍流とはいえエルフの王族に連なるやんごとねぇ身分であるからこそ、エルフの国の魔法使いに師事できたんだ。


俺、身分的には流浪のチェンジリングだからね?無理だってばよ。


だが……、マーゴットの様子を見るに、『修復』は知っててもセーフのようだな。


あまり、重要そうな論調というか、話し方ではない。


「ふむ、良いだろう。見せてやる……、おらっ!『לְתַקֵן(修復)』!」


そう言って俺は、手近なところにある木製椅子を蹴り壊してから、『修復』の真語を唱えた……。


みるみるうちに、折れた椅子の足が、時間が巻き戻るようにして繋がり、直っていく……。


「どうだ?」


俺がドヤ顔をすると。


「ドルー。それ、絶対の絶対に、人に見せちゃダメ」


「え?」


「『修復』は、失われた真語の中でも最も希少なもの。伝説の真語の一つ。知っているだけで問題がある」


えー……?


だってさあ、普通に知ってる?って聞いてくるから……、あ、いや、「知ってる?」だから、「使える?」ではなかったってこと?


あくまでも、存在を知っているか?みたいな話だったの?


やめてくれよそういうの……。

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