第10話 『翠の団』

表通り。


様々な店舗……パン屋や靴屋、武具屋などが並ぶ中、広場へと俺は足を運んだ。


この世界には、なろうファンタジー的な「全世界で通用する商人ギルド!」みたいな、雑なオモシロ集団は存在しないのだが、ギルドはちゃんとある。


兄弟団って言ってな、福祉観念が薄いこの世界だと、業種毎に「兄弟」の「団体」となって、家族のようにお互い助け合う必要があるんだ。


例えば、怪我とかで働けなくなったら、国家から福祉費用なんてものは出ない。が、兄弟団が基金を集めていて、それから義援金的なものを出す。


まあ民間が福祉をやっていくアメリカンなスタイルという理解で良いだろう。


で、そうなると、兄弟団。


力関係があり、これが所謂、異世界ナーロッパにおける商人ギルドの「ランク制度」みたいなものだった。


例えば、毎週広場で開かれる「市場」がなくとも、常設で建物に店を構えているところ。


そういうのは、この街が始まって以来あるような古株にして、子孫に技術を継がせている「老舗」である。


城壁内に店を持っているのは、職人やら商人の中でもランクが高いのだ。


というか、ここみたいな都市はクソ閉鎖的だから、都市に長年住んでいるという身分証明があるのがデカいかな?


次にランクが高いのは、常設の屋台を持つ人。


常設の店は、領地に税金を定期的に払う必要があるからな。


最後が、行商人や屋台。


この市場が毎週開くんだが、ここが開くときのみに店を開くタイプの奴らだな。


こういう奴らは、税金の額が少なく済む。が、力が弱い傾向にある。まあ、市民権ない奴とかの、基盤がない奴らだしな。仕方あるまい。


そしてこいつらはもちろん、兄弟団も結成できていないようなアウトサイダーだから、立場は非常に弱かった。


阿漕な商売や舐めた真似をすれば、意外と武闘派な他の兄弟団に半殺しにされて追い出されるのだ。


で……、俺は?と言うと……。


「よう、メアリ婆さん。土産を持ってきたぜ」


「来たかい、小僧」


植物を扱う職種が集まった兄弟団、「翠の団」に所属している……。


「おいおい、小僧はないだろ?俺も兄弟団の一員で、親方だ」


「ふんっ!あたしゃまだ認めてないよ!確かに、アンタが発明した石鹸の利権はデカい。領主様が、特別に市民権を与えるのも分かる。だがね!この街は、あたしらの街さね!余所者がデカい顔するんじゃあないよっ!」


……しかし、こんなもの。


俺がチェンジリングなこともあるだろう。


俺は立場的には、例えるなら、中世のユダヤ人医師みたいなもん。


めんどくさいし胡散臭い余所者だけど、上手く使えば儲かるし、そもそも王侯貴族に仕えるのも不可能じゃないような存在……。


当然、警戒されたり、上手く操ろうと狙われたりもする。


身分も、チェンジリングとは言え流浪民上がりだから、見下されたりもする。


しかし、めげずにコミュニケーションを取ったり、技術や材料をいくらか融通してやることで、門前払いはされなくなってきた……。


「ああ、お婆ちゃん!駄目だよ、ドルーさんにそんな口の利き方!」


おっと、「翠の団」の顔役である、メアリ婆さんの孫……ラルフ君か。


相変わらず、気弱そうで華奢な少年だな。


「ドルーさんは、街唯一の『石鹸職人』で、うちの弟子にも石鹸の技術を教えてくれた、親方じゃないか!親方同士なら、立場は同じだよ!」


「うるさいよ、ラルフ!お前はなんだってそんな軟弱者なんだい!こう言うのはね、ガツンと強く当たってやらなきゃ、下の連中が不満を言い出すんだよ!」


「で、でも、ドルーさんの凄さはおばあちゃんも認めてるって、さっきはあんなに褒めてて……!」


「ラルフっ!……そこがお前の駄目なところだよ。良いかい?お前のその、人様と仲良くできる性格は、人としては褒められたものだ。だがね!組織の長ともなれば、嫌いでない人も嫌って見せなきゃならないことがある!よく考えるんだねっ!!!」


「う、は、はい……」


ああ、そうなんだよな。


こうして表向きには「嫌味な婆さん」をやっているメアリ婆さんも、本当はちゃんと俺の実力を認めている。


婆さんも熟練の薬師だからな、俺の医学知識と、魔法を使って作った、均一な質の上等医薬品の凄さはよく分かっている。


だが、婆さんのように、出自ではなく技術のみをフラットに見れる人は、残念ながら多くはない。


大半の職人は余所者に厳しいのだ。


なので、翠の団の職人達をまとめる立場にあるメアリ婆さんも、自分の内心がどうであれ、俺を嫌って見せなくちゃならないんだな。他の職人の為にも……。


「けどまあ俺は、婆さんにも他の職人達にも含むところはないから、フラットに接させてもらうがね」


しかし俺には関係のない話だ。


この街の住人として、職人としての義理は通すが、過度に謙るつもりはない。


そう言いつつ俺は、ラルフ君に手土産のフルーツパイを押し付けた。


「わ、美味しそう……!」


それと、乾燥した粉末状の薬草が入った陶器瓶も。


「……アスコルの葉かい」


婆さんが陶器瓶の蓋を開き、粉末を耳かきのような小さじで掬い見つめて、手の甲に乗せて検分し、言った。


アスコルの葉……。


この手のひらサイズの小瓶一つでも金貨が飛んでいくほどの、貴重な薬草だ。


南方のみに生える黄色い葉の単葉類で、薬効は月経不順などの不妊に効果がある。


その薬効から、特に権力者に好まれていて、金貨数枚のこの小瓶から作った薬は、少なくとも金貨三十枚には化けるだろう。


「『翠の団』の規約では、足りない薬品の材料は、団内で融通し合うことになっているだろ?確か最近は南方の戦争が長引いていて、アスコルの葉は手に入らなかったはずだ」


「……ちっ、ほら!」


お、金貨……、五枚?


かなり色をつけてくれたな?


本来は三枚ってところだぞ。


やはり、感謝してくれているんだろう。


「ありがとな、じゃあまた」


「ふんっ!二度と来るな!」




そうして、兄弟団に顔を出した後は、表通りの店を見て回る……。

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