第3話 最後の安らぎの場

俺はアンドルーズ。


地球でたまたま出会ったジジイ(神)に酒を奢ったら、異世界に転生させられた系男子だ。


笑える話だが、二十五年も過ぎると諦めもつく。


魔法チートも貰えたことだし、生きるには困らないな。


だが、人間、「生きるのに困らない」程度の生活で生きていける奴は稀だ。


一日ニ玄米四合ト、味噌ト少シノ野菜ヲタベ、などと言うが、そんなもんだけで生活して何が楽しいんだ?


俺だって人間で、男だ。女を抱いて、良いものを食って、酒を飲んで暮らしたい。


マジックアイテム作りや魔法で遊んだりとか、そういう趣味も楽しみたいのだ。


かと言って、手にした魔法チートで暴れ回るのは嫌だった。


いや、転生した当初は、「この力でバリバリ成り上がって良い生活してやるぜ〜!」などと思っていたのは確かだよ?


けど、この世界で生きているうちに、そんな野望は消え失せたね。


俺ですら不覚を取ったら死ぬかもしれないレベルの強さの貴族騎士達をぶっ飛ばして成り上がり、貴族の仲間入りをしたとして。


素人の、貧農生まれの俺が、政治と暗闘の世界に身一つで飛び込んで上手くいくとは思えなかった。


それに、魔法で覗き見した貴族の生活は酷いもので、時には肉親同士で憎み合って殺し合い、権力争いをして。飯すら安心して食えない日々を一生過ごし、それを家族とも共有しなければならないのだ。


で、また仮定を重ねるが、貴族として仮にうまくいっても、国の運営に携わりまた暗闘が始まる訳だぞ?今度の相手は近隣の敵対国である。


核ミサイルみたいな魔法で国土ごと消し飛ばせって?


そんなことすれば、政治に明るくない俺でも、全世界が敵に回って連合を組まれることくらい分かるわ。


そうして世界の全てを敵に回して、全ての国を焼いて回る?馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。


そうじゃなきゃ、国を治める為に、信頼できない配下を使って、必死に頭を捻り続ける人生になる訳なんだが……。


果たして、それは楽しいだろうか?


最強の魔法の力は、世界の統治に使えるか?


そう考えた時に、俺は。


ほどほどに頑張ってそこそこの立場になり、静かに幸せに暮らすことが一番だな、と。


そう思うようになった……。




魔法チートの力は明らかに異端だった。


魔法とは、『力ある言葉』である『真語』を、魔力を込めて口にすれば、それに対応した現象を引き起こすというもの。


しかし、ただ力ある言葉の発音を真似すれば良いと言うものではない。


まず前提として、魔力操作……つまるところの身体強化ができていることと、言葉に魔力を乗せる魔技である『詠唱』が使える必要があり、その上で一つの単語を使いこなせるようになるのに、凡人なら十年はかかるのだ。


身体強化と詠唱を覚えるのに大体五年、単語一つを覚えるのに十年がかかるので、魔法使いはそれだけレアな人材なのだ。


単語?


単語というのは、まあ、例えば。


‎『אֵשׁ(火炎)』と唱えれば、目の前に炎の塊がパッと出る。


‎『אֵשׁ(火炎) לַחדוֹר(貫く)』と唱えれば、遠距離まで届く炎の矢が放たれる。


‎『אֵשׁ(火炎) לַחדוֹר(貫く) שְׁלוֹשָׁה(三つ)』ならば、炎の矢が三本まとめて飛び出す。


魔法ってのは、普通はこんな感じに使うらしいのだ。


決して、「なんか良い感じにやっといて」と適当に命じてなんとかなるとか、そんなことはない。……俺を除いて。


ただ、そんな魔法だが、限界はあった。


「地球の便利な道具を出してー」とか、「地球の美味しい作物を出してー」とか、そういうことはできない。


基本的に魔法はこの世界のみでの力だし、別世界への扉をこじ開けても、その世界が俺が生きた地球であるとは限らないし、と。問題が多過ぎるのだ。


並行世界とかなんだとか多過ぎて、俺の地球に帰れる確率はゼロに限りなく近いって訳だな。


あと次元を越えるとティンダロス的なタイムポリス妖魔的なアレが襲いかかってくるってのもある。一度それでガチバトルして三日かけて殺したが、もう二度とやりたくないです……。


と、まあ、もう色々と詰んでいるので、仕方なく俺は自分のやり方で自分の生活を良くしていくこととした。


まず、大前提として、この世界は汚い。


一応、下水道はあるらしく、糞便や生活排水をそこに流して、川などに捨てている。


しかし上水道は規模が小さめで、水を得るには井戸をよく使う。増水した時が怖いから、川の上流から水を取るための上水道は少なめにしているらしい。


銭湯だって、あると言えばある。


手だって洗うし、顔も拭く。


……だが、下水道は万年整備不良で詰まりがちだし、銭湯は水を入れ替えないで使い回すから汚いし、一般的に使われる井戸水も変な菌とか湧いてて汚ねえしでもう最悪なのだ。


元日本人として、衛生面と食生活に手は抜けねえ!


そんな訳で俺は、たまたま出会った同僚が貴族の庶子だと言うので、そいつにあるものを売りつけたのである。




昼。


アンドルーズの薬品店の壁掛け看板をひっくり返し、「開店」にする。


そうして一時間もしないうちに……。


「すみませーん!」


客がやって来た。


客……若い女はこう言った。


「『固形石鹸』を五つください!」


と……。


俺は、手のひらサイズの『固形石鹸』を棚から取り出して言った。


「一万五千リドだよ」


「はい!」


女から、白銅貨を十五枚受け取り、代わりに石鹸を渡してやる。


「わあっ!これが噂の、固形の石鹸ね!わざわざ二つ隣の村から来た甲斐があったわ!」


「五個で足りるのか?」


「村の子達からお金を預かって、代表として来てるんだけどね?まだ、固形の石鹸なんてないって信じない子が多いのよ〜!だから今日はお試しね!この石鹸の使い心地をみんなが知れば、もっと買うから!」


「十個以上の注文は、大通りの商店街の卸売店でしてくれよ?うちは小売りしかやってないんだ」


「ええ、分かったわ」


すると女は、その石鹸を麻袋に包んで、手に持った籠に入れ、去っていった。


……そう、俺が目立ちたくないと思いつつも世に放った目立つ製品。それが、『固形石鹸』なのである!


衛生観念!こればっかりはどうしても、耐え難かったのだ……。


例えこうして、固形石鹸の開発者として目立って、この若さで広い店付き一軒家を街の中に持つようになっても……、これだけはどうしても必要だった。


後悔はしていない。




そして夜。


目立ちたくないだのなんだのと言っている俺だが、もう一つだけ、例え目立ったとしても耐え難い難点がある。


それが風呂だ。


公衆浴場はあまりにも汚いって話はしたと思う。


インキン持ちとかでも普通に入ってくるし、そもそも湯が勿体無いからって湯の張り替えをあんまりしないんだよな。


まあ、薪代が高いので仕方ないのだが。


あ、石油石炭ガスはまだ見つかってないから薪しか選択肢はないぞ。


ボイラーとか、ローマ浴場みたいな熱を無駄にしないシステムとかもないから、湯沸かし場(大体はキッチン)で沸かした湯を風呂にぶちまけて、水で割る感じ。ご家庭ではな。


銭湯みたいな大規模な風呂屋では、パン屋のパン焼き釜の廃熱を利用して沸かしているそうだ。


魔法の道具で湯を沸かす?


アホ吐かせ、超貴重なマジックアイテムをそんなしょーもない用途に使うかよ。


マジックアイテムはそもそも、絶対数が少な過ぎて金を積んでも手に入らないんだぞ?


用途は専ら武具か、貴人の防護の為の護符か……。


そもそも論として、マジックアイテムは起動のために魔力を流す必要があるから、魔力が使えない大多数の人間は使えないからな。


必然的に、魔力操作ができる戦士階級の武具になることが殆どなんだよ。


風呂の湯を沸かす為のマジックアイテムなんて持っているのは馬鹿野郎だ。


「アンドルーズ様、お風呂が沸きましたよ」


そして俺は馬鹿野郎なのである。


……そう、作ったのだ。


風呂の湯を薪を使わずに沸かすマジックアイテムを。


わざわざ、『魔窟』を一つ、一人で!誰にもバレないように遠い異国の地で!こっそりと攻略して!作ったんだよ!


……と言っても、そんな大したものじゃない。


網に包まれた鉄棒が、ボタンを押すと赤熱する。それだけのものだ。


これを水に沈めて、スイッチを入れて温める訳だな。しかも、魔力を俺がチャージしておける電池式にしてあるから、俺以外でもスイッチを押せばお湯が沸かせる!すごい!


風呂は、本当は檜がいいんだけど、檜という植物がこの辺りにはないっぽいので石タイル。


排水口を下水道に繋げて、給水は地下水だ。


この地下水の汲み上げも実はマジックアイテムをこっそり使っているのだが、夜な夜なこっそり地面に埋めたのでバレてないはず……。


まあポンプ兼フィルターみたいなのだな。


地下水を楽に汲み上げるのだ。


そんな訳なので、うちの中では水道が通っているぞ!


同じ理由でトイレも良い感じだ。おまるは嫌なので、臭いの出ないS字配管を作って使っている。


うん、本当にね。


衛生面はね、妥協できなくてね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る