第2話 辿り着いたところから始まる

クソ笑えるなおい。


あの爺さんと別れたその瞬間、俺の目の前が光に包まれて、気がついたら田舎の寒村の赤ちゃんになっていた!と言ったら信じるか?


いや、信じなくても良い。


人は自分が信じたいものをそれぞれ自由に信じれば良いんじゃね?ってのが俺のポリシー。


ただ、俺の主観としては、気がついたらド中世のヨーロッパ風ファンタジー世界にいきなりぶち込まれ、そこで面白おかしく生きてるってなもんだった。


面白おかしくは大分話を盛っているが、そうでもしないと辛過ぎるんでな。


常識的に考えて聞きたいか?


虐待同然の仕打ちを受けながら育ち、人買いに売られそうになったところを逃げて、その後村が戦禍に巻き込まれて皆殺しになった……みたいな話を。


笑えない話はしたくないね。


その辺を考えると、今でも地球の文明が恋しくて泣いちゃいそうになるが、まあ海外生活長いからあんまり気にしてないってのはある。


インドに行くと世界観変わるよ!みたいな、アホくさいバックパッカー的お言葉は割とマジ。日本って天国だなって思えるぞ!


……与太話はこの辺で。


そろそろ、獲物が来たからな。


「ブルルッ!!!」


「はああっ!」


俺は、右手に持った鉄杖で、こちらに頭突きをしてくる「ファングボア」の側頭部を思い切り叩いて、突進を逸らす!


「ブギイィ?!」


「そこだ!」


そこで、左手のショートソードを、首に突き刺して。


「プギギィ!!」


刃を、引いて、斬る!


「ギッ……」


哀れ、ボア……猪の首は半ばまで断ち切られ、喉口から血のあぶくを噴きつつ倒れる……。


そして俺は、こいつの死亡確認!をすると、周りを見回して誰もいないことを確認し……。


‎『שמור אותו קפוא(なんか良い感じに凍らせといて)』


……『魔法』で、その肉を冷やして、鮮度を保持した。




俺は、殺した猪を背負う。


ファングボア、つまりは牙イノシシ。そう言うとなんとなく強そうな魔獣に思えるが、デカいのは牙の部分で、身体の方は大型犬より一回り大きいくらいのもの。


重さ的には100kgと少しくらいが、この種の魔獣の平均らしい。まあ、地球日本の猪と同じだな。


それが大型の個体になってくると、通常個体の数倍くらい重くて二回りくらいデカいやつが出たという話も聞いたことがある。そうなってくるともう別種で、一等ヤバいキングボアなんてのは、全高3mにも達すると聞く。つまり、トラックくらいデカいイノシシだな、怖い怖い。


そんなバケモンなんだ。そりゃあ、「魔力」による「身体強化」がない地球じゃ、剣なんかで仕留められんだろうな。


逆に言えば、星の全て宇宙の全てに「エーテル力」……、魔力が満ちているこの世界ならば、できる奴は素手でグリズリーをも殴り殺せるが。


そんなことを思いつつ森を抜けて、俺は街へと戻ってきた。


「ミッドフォード」の街である。


「おお、先生。戻ってきたか」


街の衛兵。砲弾状の鉄兜を被り、煮しめた革の鎧を着た中年。


ハードレザーに、鉄板でできた胸当てや、プレートが縫い付けられた手甲をつけ、狭い市街地でも振り回しやすいショートソードを腰に帯び、ラウンドシールドを片手に持つ男。


それが、5メートルほどの高さの石壁の前、鉄門のところに立ち、俺に声をかけてくる。


「ただいま」


俺は手を挙げて挨拶を返す。


挨拶はこういう狭いコミュニティでは実際大事。


「また肉を獲ってきたのか?」


「ああ、折角『狩猟権』があるんだからな」


「いや、だから、『ストライダー』は狩猟権目当てでやるもんじゃねえだろ……?」


「でも実際、ストライダー以外が森に入って勝手に魔獣狩りなんてしたら、密猟で捕まるからなあ」


「あんた、ちゃんと名の通った薬師様なんだろ?肉なんて買えば良いだろうに」


「自分で狩るのが一番新鮮で清潔なんだよ。獣脂や肝は薬の材料にもなるし、薬草採取のついででもあるな」


「よく分かんねえなあ、先生は……。あ、通って良いぜ」


「ん、失礼するよ」


門前の衛兵と世間話をしてから、猪を背負ってそのまま街に入る。


踏み固められた土の道を歩き、商店街に差し掛かった辺りで少し道を外れ……。


人通りが少ない路地の、広めの庭がある店舗兼家。


「アンドルーズの薬品店」「固形石鹸あり〼」の二枚看板が立った、この煉瓦の家が俺の住処である。


「おーい、帰ったぞー」


「あっ、アンドルーズ様!お帰りなさい!」


俺が声をかけると、家の戸が開き、小さな影が飛びついてくる。


それは、ぞっとするような青ざめた色の髪をした、小さな少女だった。


「ただいま、トリス」


「はいっ、アンドルーズ様!」


トリス。


トリスティア。


俺にそう呼ばれて、俺が与えた名であるそれを噛み締めるように聞いた彼女は。


羊、あるいは山羊のような双角が生えた、『魔族』の少女なのだった。


ある日、奴隷として売られているのを買い取った、俺の所有物だ。


……いや、正確には奴隷ではないんだが。


正確に言えば、この世界には社会のリソースがそこまで多くないから、奴隷という高級な家畜はそこまで流通しておらず、魔族のような被差別階級がたまたま人攫いに捕まってたから金で解決したという話になる。


「あ、アンドルーズ様、ボアを狩って来たんですね?」


「ああ。秋口だからな、森の獲物もそろそろ旨くなってきているはずだ」


俺はそう言いながら、リュックと武器をトリスに預けて、ナイフを掴んで庭に行く。


トリスは、俺の隣で武器や使った道具を乾布で拭いてから、整備用の油を塗ってくれていた。


一方で俺は、ナイフを使って猪を解体する。


使えない内臓は、殺した後すぐに取り出して、その場に埋めて来たので処理の必要はないが、1.2メートルはある獣の皮を剥いで肉を切り分けるのは、結構な重労働なのだ。


最初、この世界に来たばかりの頃は、こんな程度の作業にも何度も失敗をしたものだった。


だが、もう二十五年も過ぎたのだから、良い加減慣れたと言うもの。


昼の少し前までにパパッと捌いて、肉を切り分けた俺は、肉をそれぞれ燻製や干し肉、塩漬けなどにして保存した。


で、一番美味しいところは、新鮮なうちにワイン煮にしよう。


フライパンで表面を焼いてから、その油でみじん切りにした玉ねぎとセロリ、そしてニンニクを炒めて香りを出す。


それを、肉に裏漉ししたトマトと赤ワインをぶちこんで、塩と胡椒と砂糖を適量。


あらかじめ作ってある乾燥フォン……まあつまりは顆粒コンソメ的な物体を入れて、じっくり煮込み。


パンを焼いて。


完成だ。


作り置きの瓶詰めから酢漬けの野菜を添えて、ワイン煮込みをいただく。


野生味の強い猪肉を、ワインで煮込んでスパイスで香り付け。


こうすればまあ、現代人である俺でもまあまあ食える味にはなる。


「美味しいです、アンドルーズ様!」


「そうね」


そうして俺は、今日は保存食作りに精を出して、一日を終える。


夜には、トリスと一緒に風呂に入って、トリスを抱きしめながら床に入った。




転生。


悪くはないが、まあ、こんなものだろう。

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魔法チートで異世界スローライフ 〜修行なしで魔法を使えるってよく考えたらチートだよな?〜 飴と無知@ハードオン @HARD_ON

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