第5話 心の中で

 それからも何度かあった席替えのたび、小林こばやしくんとは隣や斜めの前後になり、教室にいるあいだのほとんどを一緒に過ごしていた。

 好きな気持ちだけが加速していくのに伝えられないもどかしさと変な罪悪感が、ふとした瞬間に頭をよぎる。

 それでも、ただ近くにいたいと思ってしまう。


「あ、そうだ。これ、あげる」


 小林くんに差し出された紙を受けとると、そこには、わたしが好きなアニメのキャラが描かれていた。

 美術の課題以外の絵を見るのは初めてだけれど、凄く似ていてうまい。


「え? これ貰っていいの?」


「うん、いつもノート借りたりしてるから」


「すごくうまいね? 嬉しい! ありがとう」


 それからも何度もイラストを描いては、わたしにくれるのが純粋に嬉しかった。

 大切にファイリングして見返すたびに嬉しさを噛みしめていた。


 移動教室の前の休み時間になり、小林くんはわたしよりも早くクラスの男子たちと教室を出ていった。

 わたしも急いで教科書やノートの準備をしていると、前の席の椅子に同じクラスの加藤冴子かとうさえこが腰をおろした。


「ねえねえ」


「ん?」


 普段、あまり話すことのない子から話しかけられて戸惑う。

 ただ、加藤さんはいつも明るくて感じのいい子。


相葉あいばさんってさ、小林くんとつき合ってるの?」


「え……?」


 唐突にこんなことを聞かれるほど、仲良くないんだけど……。

 それよりも……つき合っていないし……。


「ううん。つき合ってないよ」


「なぁんだ、違うんだ? 凄く仲いいじゃん? つき合ってると思ったのに~」


「そんなことないよ……それに小林くん、彼女いるし……」


「えー? でもさ、相葉さん、小林くんのこと好きなんでしょ?」


 思いっきりバレてる……。

 凄く仲いいように周りから見えているなんて……恥ずかしさに耳が熱くなる。


「……好きなら、盗っちゃえばいいのに」


 ガタンと音を立てて立ちあがった加藤さんは、さっさと自分の席に戻り、教科書を持って出ていってしまった。

 それを目で追っていると、ドアのところで美也子みやこが待っているのが見えて、私も急いで教室を出た。


「今ね、加藤さんに『小林くんとつき合ってるの?』って聞かれた。つき合ってるわけないのにね」


「えっ? 違うの? 私も、私に内緒で二人はつき合ってるんだと思ってたよ?」


「なに言ってるの……小林くんに彼女がいるの、美也子も知ってるじゃん」


「そうだけどさ、いつも二人で楽しそうに話してるから」


「それに、もしつき合ってたとしたら……美也子には言うよ……」


 美也子にまでつき合っていると思われてるとは思わなかった。

 わたしが小林くんを好きなのは本当だけど、小林くんのほうは?

 みんなには、どう見えているんだろう?

 彼女を思うほど好かれてはいなくても、嫌われていないんじゃないかな?

 それで満足していたのに、人の気持ちは我がままで独りよがりで欲張りだと思う。

 心の隅にいた『こっちを向いて欲しい』が、いつの間にか気持ちの真ん中に近づいてきている。

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