第4話 夕焼け

 週に一度ある選択授業に、わたしも小林こばやしくんも美術を選択していた。

 今は油絵で静物画を描いている。

 わたしは風景画は好きだけれど、静物画は苦手。

 テーブルに置かれた果物が、どう見ても絵に描いたようにしか見えないから。

 まあ……絵に描いているんだから仕方ないんだけど、うまい人は本物のように見えるのが凄い。


「あっ、相葉あいば! ちょっとちょっと!」


 この日、美術室へ来ると、小林くんが教室の奥で同じクラスの男子たちと手招きをしていた。


「なに?」


「ちょっとこれ、凄いから見てみ?」


 大きなサイズのキャンパスが並んだ中の一枚に、数人が集まっている。

 その後ろに立って覗いてみると、夕暮れ時の空を描いた作品があった。


「わ……なにこれ? ホントに凄い……」


 高台から見た街並みは薄っすらとオレンジ色に染まった屋根を光らせ、青と朱色が混じった空には微かに金色を含んだうろこ雲が浮かんでいた。

 手前に学校の屋上が見えているから、きっと裏山から見下ろした景色なんだろう。


「ね? 凄いよね? これマジでヤバい。絶対、相葉も凄いって言うと思った」


「これ、どうしたの?」


「先生が美術部の人たちが残していった作品、見ていいっていうから見てたら出てきた」


「へぇ……」


 この絵を描いた人はもう卒業しているらしい。

 何枚もの絵が置かれている中で、この風景画は飛びぬけてうまいと思える。

 夕暮れ時の言いようのない切なさが、見ているだけで込み上げてくるのに、泣きそうになるくらいの美しさに胸が熱くなる。

 絵を描くことが好きだからか、うまい絵を見るとこんな絵を描きたいと思ってしまう。


「こんな絵……いつか描きたいな」


「俺も」


 そう言う小林くんの横顔がやけに真面目な表情に見えて、わたしはドキリとした。

 まるで本当に夕焼け空の下に立って、見えている景色を描きたいと言っているように感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る