第2話 浮き沈みする

「ねー、ずっと楽しそうに話してるじゃん。なんの話?」


 チャイムが鳴って休み時間になると、後ろの席から美也子みやこがやってきた。

 ずっとじゃあないかも知れないけれど、話しているところを見られていたのが恥ずかしい。


「なんかね、色んな話をしてたよ。小林こばやしくん、バイク好きなんだって」


「そうなんだー? カッコイイもんね、見てるとだけど」


早瀬はやせも見てるだけ派なのか?」


「だって大きいバイク乗るの怖いじゃん? 原付ならいいけどさー、私、人、轢いちゃいそう」


 ケラケラ笑って答える美也子にわたしも同意すると、小林くんは苦笑して返してきた。

 ちゃんと乗れば、そんなに危なくないよと言うけれど、わたしは自分が運転したときに、事故に遭うイメージしか持てない。


 それからわたしたちは、休み時間になると良く一緒に話をした。

 小林くんの後ろの席にいる川口かわぐちくんは、仲の良いグループのところへ行ってしまうから、美也子がその席を借りる形で。


「小林ってさ、どこ中だったの?」


「俺は水原北中みずはらきたちゅう


「水原北中って、水原駅?」


「んー……水原と川端かわばたのあいだくらい?」


 わたしたちの高校は凄く辺ぴな場所の川沿いにあって、最寄りの浅瀬あさせ駅からバスで三十分ほどかかる。

 わたしと美也子は地元の上川瀬かみかわせ駅から電車で五駅。学校までは一時間ほどかかっていた。

 小林くんの出身中学がある水原駅は、浅瀬駅まで三駅だから、わたしたちより近い。


「じゃあ、朝はバスなの? 小林くんと会ったことないよね?」


 いつも同じ時間のバスに乗るけれど、小林くんと一緒になったことはなかった。


「俺、最初の一週間で萎えて、チャリ通にしてるから」


 浅瀬駅の一つ手前の鹿野しかの駅に駐輪場を借りて通学しているという。

 わたしと美也子は思わず互いの顔をみた。


「バスさ、混むもんね? チャリ通もアリ?」


「うん、そのほうがいい気がする」


 バスは学校の生徒たちだけでなく、近隣の企業に通う通勤者たちでぎゅうぎゅう詰めになる。

 吊革に掴まる余裕もないほどで、揺れるたびに右へ左へと流れるようによろめくし、足を踏まれるしで、学校に着くころには疲れ切ってしまう。


「水原北から来てる人、多いの?」


「五人だけど、みんな違うクラス。そっちは?」


「私と悠里ゆうりだけ」


「少なっ。ここ、地元中ばっかだよな」


「だって七中まであるじゃん? 水原北も少ないけど、ほかも少ないもんね?」


「うん、最初の自己紹介のとき、ほかの地区のヤツら少ししかいなかった」


「ところでさー、小林って彼女いるの?」


 美也子は一瞬、わたしに目を向けてから、小林くんにそう聞いた。

 小林くんの表情が今までよりも柔らかい笑顔になった。


「いるよ」


 あ……。

 そうなんだ?

 彼女、いるんだ?


「へぇ、そうなんだ? ねねね、どんな人? 見てみたい!」


「えー……じゃあ、明日、卒アル持ってくるよ」


 二人のやり取りを眺めながら、酷く痛む胸に触れることもできず、そこに早くふたをしなければと思った。

 ほんの数日、話すのが楽しかっただけなのに、わたしは小林くんを好きになっている。

 ちょろい女。

 まだ傷は浅いんだから、いくらでも諦めようはあるじゃない?


 ……でも……ね。


 彼女はこの学校にいないんだし、楽しく話すくらいなら、いいんじゃないかな?

 駄目かな?

 どうする?

 わたしはどうしたい?


「そうだ、相葉あいばさー、さっきの授業、ノート取った?」


「うん」


「やった。ちょっと写させてよ」


「字、うまくないけどいい?」


「俺よりうまいでしょ。全然平気」


 ニコニコと差し出す手に、ノートを渡す。


「次の授業のときに写しちゃうからさ、ちょっと貸しておいて」


「いいけど、次の授業でそれ写してたら、次の授業のノート取れないじゃん」


「あ、そっか。でもいいや。そしたら次の授業のノートも写させてよ」


「それじゃあ追いつかなくなるよ! もー……ノート貸して。私が次の授業の分、二冊書くから」


「ホントに!? 助かるー! 相葉、ありがとうな」


 こんなやり取りだけで、十分満足じゃない?

 仲良くできるなら……彼女がいても、好きを隠していたら、いいよね?


 トントンと指先がわたしの背中に触れた。

 振り返ると、美也子が笑いながら唇を動かした。


『よかったね』


 わたしは緩みそうになる口もとをキュッと引き締めて、小さくうなずいた。

 好きだと思った気持ちは、美也子にはすぐにバレてしまった。

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