第2話
「はぁーい、ここが愛しの我が家ですよーん」
そう言って奴が立ち止まったのは、片田舎のこじんまりとした一軒家だった。
ここに来るまでに通った街は高い建物がぎゅうぎゅうでたくさんの人間がいた。
そこに比べると、この辺りは建物が小さく、おまけにちらほらしている。
人っ子一人も通っていないような寂しいところに、魔界でもよく見られるような赤い煉瓦造りの一軒家があった。
「ここ?」
「はい」
彼は左右対称に微笑んで頷く。
「人間界にもこんな辺鄙なとこあるんだな。どこでも建物高いのかと思ってたわ」
「勉強不足ですねえ、見習い君。むしろこういうところのほうが多いんですよ。都市だらけでも困りますってー」
彼は眉毛をやたら下げてみせた。
なかなか煽り性能の高い表情だ。
とりあえずスルーしておくことにする。
「見栄えは都市部に比べればしょぼいかもしれませんが、ここはここで良い所があるんですよ」
そう聞いて、トリスはそのほぼ一面の田んぼの中にちらほらとだだっ広い家々が広がる風景を眺めた。良い所か。あまりピンとこない。
「良い所?」
トリスが問うと、彼は家の前の門を開きながら振り返り、少し考え込む素振りを見せた。
「人が少ない所とかですね」
「そこって良い所なのか・・?」
「私たちにとっては良い所だと思いますよぉ。万一悪魔だとバレても、噂話さえ制御すれば万事解決ですし」
噂話の制御・・・。何するんだろ。
何処かでトンビの鳴き声が空高く響き渡る。
「ではでは、入りましょうかぁ」
「・・おう」
彼の後ろからトリスも家の敷地へと入る。敷地内には白い煉瓦の道があり、それに沿って小洒落たランプや怪しげな飾りが飾られている。初めて見るような植物が育てられていたりもした。よくよく見ると、魔界の植物じゃねえか。これ。
「そういえばお前ってさ」
「はーい?」
深緑の色をした大きく重厚な扉に金の鍵が通される。
「なんでわざわざ人間界に住んでるんだ?」
実際人間界に住む悪魔はとても少ない。人間界にて人間と契約を結んだり、弄ぶことを趣味としている者は一定数いる。しかし、その連中ですら人間世界には住みたがらない。
何故かというと、魔法を使うための道具や体内魔力を維持するための食物が魔界に比べ圧倒的に不足しているためだ。
そもそもわざわざ人間界に住み着くメリットはないし、そんなことする奴はいるわけないとトリスは聞いたことすらあった。
でも今それが目の前にいる。
何か理由があるのだろうか。それともよほどの変わり者か。
「ん~、何ででしょうねぇ?」
気の抜けた返事。
圧倒的に後者な気がする。
扉が開かれた。黒い服によく映える白さをした長い指が反るようにドアノブを回す。ジェスチャーで入るように促された。
「誤魔化すなよー」
「じゃあ逆に、見習い君はどうして人間世界に興味を持っていたんです?」
「・・・それは」
誰もやっていないことをやってみたい。
でも正直自分でもどうしてそう思ったのかという根源は分からない。優秀な兄弟と比べられてしまう環境から単に逃げ出したかったからなのか、違う世界への憧れなのか。
「きっと私と君は似てるんだと思います」
そう言って彼は微笑み、そして悲しげに続けた。
「私はただ魔界での生活が合わなかったのですよ」
「悪魔なのに?」
「ええ。そうなんです」
わりとアンティーク調な感じの玄関と魔女の家なんかでありそうな廊下に入る。
「そんなことってあるんだな」
トリスがそう言うと、彼はにやりと笑う。
「あれ?見習い君もそうじゃないんですか?」
「え?俺も?」
「てっきりそうなのかと思ってましたけど」
「そんなことねーよ」
つい反射的に否定してしまった。
しかし、心の奥底では否定しきれない自分がいる。
悔しい。
だが、素性も知らない今日会ったばかりのこんな胡散臭い奴に素直な気持ちを打ち明けられるほどトリスは子供ではない。というか、こんな奴と一緒だなんていい迷惑だ。俺のプライドにかけて認められない。
「なんかすごくピリピリしてますねえ。かわいらしい」
謎に微笑まれる。解せない。
「もっと肩の力抜いてくださいな。今日からここが我が家なんですからぁ」
長い黒髪を掻き分けて彼は言う。なんなんだ。
全然落ち着かないんだが。
というか、よくよく考えたら俺はこの男のことを何も知らない。使う魔法の種類はおろか、名前すら。
名前は聞いといたほうがいいよな・・。
トリスは人付き合いがあまり得意ではない方だ。
どうやって人と近づけばいいのかわからない。ましてや名前の聞き方なんて。気まずすぎる。
でもこれから一緒に生活をする、親が選んでくれた師なのだ。一応は。
結論はわかっている。名前くらいは知っておくのが筋というものなのだろう。
問題はどうやって聞き出すかだ・・・。
悪魔の修行はじめます! やきいも @yakiimo__dayoo
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