悪魔の修行はじめます!

やきいも

第1話

・・・・一体何故こうなってしまったのだろうか。

そんなことを考えながら、トリスは目の前を歩く怪しげな男を見つめる。

「おやおや」

美しい黒髪を揺らしながら男は振り返った。

ここは魔界。その名の通り、魔人や怪物、魔神など人ならざる者たちが住む場所だ。

「そんなにじっと見つめられると、照れてしまいますよぉ」

「別に見てねえけど」

「も~、照れちゃってぇ~」

「照れてねえし。お前に付いていけって言われたからだろ」

「あらあら」

「なんだよ」

ここまで雰囲気も話口調もたたえる笑顔ももうすべてが胡散臭いような奴にこれからの大切な生活を頼らなければならないなんて。

出会ったばかりだから詳しいことは何も知らない。

ほんとにこの人何者なんだ。

こんな人に預けられるなんて、俺は両親に見捨てられてしまったのだろうか。

・・・それとも、日頃の行いが悪かったのか。彼はそんなトリスの気も知らず、人様の顔をまじまじと見てにんまりとする。

「もしかして緊張してます?」

「してねえけど」

「ふーん?」

と言いながら彼はますます口角を上げた。

そして前を向いたのだが、まだ視線を感じる。どうやら目の端でこちらを見ているようだった。

しつこい奴だ。

「人間世界は初めてですかァ?」

「まあ」

「ほう、そうなんですね~。あの伯爵家のお家柄を持つ坊っちゃんとはいってもそんなに気軽に人間世界へ行き来はできないのですねぇ」

「・・・・・・・」

「ところで、坊っちゃんのことなんて呼べばいいんでしたっけ?」

「坊っちゃんってなんだよ。っていうか、それならさっき俺の親が言ってただろ」

「さっき?・・・あー、なんか言ってましたっけ。ああ確か、えーっと・・なんでした?」

「聞いてなかったのかよ」

「少しお腹が空いていたもので」

大丈夫かよ、コイツ。完全に人選ミスだろ。

男はへらへらと笑いながら、あまり目立たない古びたビルの前で立ち止まる。

ここから人間界へ行けるということだろうか。

「ここなのか?」

トリスは彼の左側に立った。

「ええ、その通りです」

そう言って、彼は出入り口である木製の扉に右手を差し出す。すると、扉はギィイイイと音を立てて右手が触れている部分から徐々に青く光り始めた。その青い光りはゆっくりと扉から視界全体へと広がっていく。

「どうなってるんだ?」

魔法を使っているのはトリスにも分かった。だが、彼が何をしようとしているのかはよく分からない。

「どうなってると思います?」

こんなところで質問返ししないでほしい。

徐々に視界が青い光りばかりになり、ますます何が起きているのか分からなくなっていく。

「まあ、見てからのお楽しみですねぇ」

そこでトリスの意識は途切れた。 




◇◇◇




『本日のニュースをお伝えします。昨夜・・』

「うわぁ・・・・」

次に眼を開いたときには、大きなモニターの見えるこの不思議な空間にいた。ガヤガヤと数えきれないほどの人間が右往左往と歩いている。見渡しても、見渡しても、本当に人間ばかり。おまけに高い建物がまわりを囲みきっている。思わず息が詰まってしまいそうだった。

「なんだよ、ここ・・」

トリスはあまり人間を見慣れていなかった。

住んでいた地域では、稀に来る旅人の中に極々稀に人間が紛れていたことがあった。

だが、その程度しか人間に出会う機会はなかった。

「どうですか、初の人間界は?」

「すげえな」

そうトリスが溜め息混じりに言うと、彼は満足そうに頷いた。そして、歩き始める。

「どこに行くんだ?」

「家ですよ」

家・・・・。トリスは彼の後を追った。

「ここから、近いのか?」

「・・・どうでしょう、まあそんなに遠くはないと思いますが」

ここで人混みに入ったのだが、かなりガヤガヤしていた。

「人、多いな・・」

はぐれてしまいそうなので、着いていく足のスピードを早める。

「魔界の市場に比べれば、まだ大人しいと思いますがね」

「あれと比べちゃだめだろ・・」

魔界の市場は魔界の各地(大抵都心部)で大体四が付く日に開かれる市場だ。魔物や魔人をはじめとする色んな種族が雑踏していて、いつも砂ぼこりが立っている。

「いやぁしかし、懐かしいですねぇ。先ほども魔界に足を踏み入れたのは久しぶりだったんですけど、もうあそこでは暮らせないです」

周りの騒音も気にせず、彼は歩く速度を変えることなくしみじみと言った。

「なんで?」

「内緒です」

「追放されるようなことしたとか?」

ふと思ったことを口に出すと、ずっと前を向いていた彼が勢いよく振り返った。

「違います!!失礼しちゃいますねえ!」

冗談だよ。

と思ったが、予想以上に大袈裟に否定するので逆に怪しくなってきた。

それはともかく、彼が勢いよく振り返るや否や大声を出したがために周りから注目を受けてしまう。まだ慣れていないし、恥ずかしいから目立ちたくないのだが。

「いや、だって・・・黒ずくめだし」

トリスは少しばかり口を尖らせながら答える。すると、彼は腕を組んで

「ハン、結構いますけどね。黒ずくめの人なんて」

言われてみれば確かにそうだ。

そう思いつつも、俺の意識はこの会話よりも頭の中で始まったここ数時間の回想に持っていかれていた。

もう事態がいきなり過ぎて何が何だかわからない。俺はどうすればいいんだ。

てか、何が起きてるんだ。

あわよくばこんな奴から逃げ出すための正当な理由を探すべく、自分自身の中でも情報を整理することにした。

とりあえず着いていっときゃいいだろ。


☆☆


「トリス、お前に会わせたい人がいる」

いきなりそう父が言ったのは、今からつい二時間前のことだった。

「え、俺ですか・・・」

トリスの家は魔界の中でもなかなか名の馳せた由緒のある家だった。そのため家門を汚さぬように厳しい教育を受ける。そしてそれらに耐えている優秀な兄弟たちが四人もおり、そんな中でどうあがいても並み程度の実力しかつかず、跡継ぎの座をいち早く諦めたトリスはいつも劣等感を抱いて生きていた。

「ああ、お前だ」

一体何の用だろうか。優秀な兄弟たちの中で、落ちこぼれてしまったトリスが父親に名を呼ばれることは滅多にない。

「早く荷物をまとめて、表へ出てきなさい」

荷物・・・・?

不思議に思いながらもトリスは白いハンドバッグに愛用している杖、ハンカチなどの必要最低限の物を入れて家の表へ出た。

表へ出ると、そこには母と父がいた。

「トリス」

落ちこぼれてしまったトリスに対しても優しく世話してくれた母がトリスの肩を持つ。

「お前は人間世界に行きたいと言っていたね」

母は寂しげにそう言った。この家は多くの者が悪魔になる家系だ。そんな中でやはりトリスも悪魔を目指していた。しかし悪魔になるには試験に受かる必要がある。

「そこで一人おまえの師を探したんだ。人間世界で生活をしている方でね」

「師・・・?」

「ああ。あの方ならおまえの行きたい道へ導いてくださるだろう」



そして今に至る。

いやいや、我ながら理解できない。

え、待てよ、俺はこの先どうなるんだ?!

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悪魔の修行はじめます! やきいも @yakiimo__dayoo

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