32話「初めてのダンジョン」
「さて、タクナイ君。ここがダンジョンの入り口よ」
キャロラインがギルドを訪れた翌日、適当な宿を取り今後の拠点を確保した俺は、彼女の案内で一度ダンジョンに潜ることとなった。
俺としては、迷宮都市などと言われている街の散策にお出掛けしたかったのだが、嫌に俺をダンジョンへと潜らせたがるキャロラインの押しに負け、様子見として浅い階層までならという条件でダンジョンにやってきたのだ。
ダンジョンの入り口は、大きなほら穴のような建築物内部にあり、そこには冒険者たちがこぞって列を成している。
一攫千金を夢見た連中がこうして日夜ダンジョンに挑んでいる光景に、どこかファンタジーチックな雰囲気を感じ、しばらくその光景を目に焼き付けていた。
「なにボーっとしてるのよ。受付カウンターはこっちよ」
キャロラインに促され、やってきたのは冒険者ギルドと似た感じの受付カウンターだった。どうやら、ここでダンジョンに潜るための手続きを行うらしい。
「いらっしゃいませ。ギルドカードのご提示をお願いします」
受付嬢の指示に従ってキャロラインはギルドカードを取り出す。現在の彼女の役職はギルドマスターだが、今回はいち冒険者としてダンジョンに潜るようで、提示したのはかつて冒険者として使っていたギルドカードのようだ。
「ま、まさかあなたは【バトルプリンセス】のキャロライン様では?」
「そうよ」
「お目にかかれて光栄です! 私は――」
「そういうのはいいから、早く手続きを終わらせてちょうだい」
感激する受付嬢をよそに、キャロラインは冷めた感じで言及する。
そして、受付嬢が騒いだことでキャロラインの存在が周囲に知れ、冒険者の声がこちらに届いてくる。
「バトルプリンセスって、確か冒険者を引退してどっかの冒険者ギルドの支部でギルドマスターやってたはずじゃ?」
「それがなんでこんなとこにいんだよ?」
「知らねぇよ。ただの気晴らしじゃねぇの?」
「まあ、ギルマスってなんか堅苦しそうだしな」
そんな声が聞こえてきたが、特に気にしても仕方がないので、俺の手続きを済ませる。
「ギルドカードのご提示をお願いします」
「ない。俺は冒険者じゃない」
「では、ご登録を――」
「必要ない。これで入れると聞いた」
冒険者登録させようとする受付嬢の言葉を遮るように、国王からもらったダンジョンの入場許可証を提示する。すると、目に見えて受付嬢が狼狽え始めた。
「こ、ここここここここ、これはぁぁぁぁぁああああああああ!! だ、だだだ、ダンジョンの入場許可証じゃないですか!? しかも、国王陛下直筆のサインまであるぅぅぅぅうううう――あいてっ」
「うるさい。さっさと手続きを済ませる」
「はい……」
あまりに騒ぐものだから、その脳天にチョップを落としてやると、静かになった。すぐに手続きを済ませるよう促すと、頭をさすりながらも手続きを行ってくれた。
手続きが完了すると、なにやらもの言いたげな視線を送ってくる受付嬢だったが、教育が行き届いているのか、特にこちらに踏み込んでくるような質問などは飛んでこなかった。
それから、移動しダンジョンへの入り口へと向かう。その道中、円形の幾何学模様が描かれた魔法陣のようなものがあった。キャロラインに聞いてみると、どうやら途中の階層から再挑戦することができる転移魔法陣とのことだ。
「どういう原理かはわからないんだけどね。これを使えば、踏み入ったことのある階層なら瞬時に行くことができるわ」
「なるほどな」
そういえば、まだ転移魔法に関しては研究したことはなかったな。覚えられるものならば、早い段階で覚えた方がいいかもしれない。転移魔法。
今回は俺がいるということで、一階層からのスタートとなる入り口へ向かった。特に列を作っているというわけではなく、見張りもいないフリーパスだったので、遠慮なく歩を進める。
「ここが一階層よ」
「ふーん」
そこに広がっていたのは、見渡す限りの大草原だった。とてもではないが、そこがダンジョン内だとは思えないほどの大自然が広がっており、これもダンジョンの為せる業というやつかと俺は内心で感嘆する。
ダンジョンは一階層ごとに出現するモンスターが異なり、階層が深くなれなるほど強いモンスターが出る仕様となっている。
そして、十階層毎に階層主と呼ばれるボス的な存在がいるらしく、その先の階層に進むためには、その階層主を倒さねばならないらしい。
「まあ、タクナイ君なら、五十階層まであっという間よ」
「今日はそこまで行かんけどな」
まるで、五十階層まで行けというようなキャロラインの物言いに、俺は適当に返事をする。
ちなみに、一階層の出現モンスターはファンタジーではお馴染みであるスライムで、特に脅威となるモンスターではないが、物理攻撃が効きにくいという特徴を持っている。
「さあ、さっそく来たわよ。頑張ってタクナイ君!」
「俺が戦うのか? まあいいけど」
当然ながら、特に苦戦することもなく一撃でスライムを撃破することに成功する。アダマンタイトトータスと比べれば、実につまらない戦いだ。
まあ、Sランクの最強モンスターと最低ランクの最弱モンスターを比べること自体がナンセンスだが、とにかく苦戦することなくダンジョンを進んでいく。
ちなみに、モンスターからはたまに魔石とモンスター由来の素材がドロップする仕組みとなっているらしく、すでにいくつかの魔石と瓶に入って出てくるスライムの体液やスライムの核などといったアイテムが入手できている。
しばらくダンジョンを進んでいると、下の階層に降りるための入り口を発見する。それは下り坂のような緩やかなスロープとなっていて、どうやらそこから次の階層に移動できるようだ。
スロープを下っていくと、その途中に踊り場のような開けた場所があり、そこに青白く光る石碑とすぐそばに地上で見た魔法陣を発見する。
「これは?」
「転移魔法陣ね。この石に手を触れておけば、次からはここから再スタートができる仕組みになってるわ」
「どういう原理だ?」
「さあ、よくわからないわ。でも、そういうものだと思って私は利用してる」
どうやら、仕組み自体は解明されておらず、そういうものだということで使っているらしい。理屈がわかってないものを使うのは少々怖いが、郷に入りては郷に従えという言葉もある通り、ここは大人しく石碑に触れておくことにする。
俺が手を触れた瞬間、一瞬だけ光が強くなった。どうやら、これで登録が完了したらしい。
「二階層ね」
「特に変わった様子はないな」
二階層も一階層と同じく大草原が広がっている。だが、出現するモンスターに少々変化があり、スライムの他にホーンラビットがちらほらと混じっているようだ。
ホーンラビットの素材は角と皮で、キャロライン曰く値段はスライムの素材よりもちょっとだけ高値で買い取ってくれるらしい。
まあ、特に問題はなく進んでいき、すぐに三階層に降りる入り口に到達する。
「なあ、もう戻ってもいいんじゃないか?」
「あら、まだいいじゃない。せっかく来たんだから、もうちょっと進んでみましょうよ」
「じゃあ、次の階層で最後な」
キャロラインに念を押し、俺たちは三階層へとやってくる。三階層も今までと同じく大草原が広がっているが、いつもと違うのは、モンスターたちが複数匹まとまって行動していることだ。
どうやら、ダンジョンの攻略難易度を上げるため、一定数の群れを形成しているようだ。
「無駄無駄無駄無駄ぁぁぁぁぁああああああああ」
だが、その程度の浅知恵では、この俺の猛攻を止めることなどできんのだよ。
当然、苦戦することなく進んでいき、とうとう四階層への入り口が見えてくる。
「さて、今日はこのくらいにしておこうか」
「……まだ、行けると思うだけどな」
「さっきからなんなんだ一体? まるで俺にこのダンジョンを攻略させたがっているようだな」
「そ、そそそ、そんなこと、な、ない、わよ」
「……」
明らかに、俺の言葉を聞いて動揺を見せるキャロライン。訝しむように俺がジト目を送ってやると、まるでその視線から逃れるように歩み出す。
「よく考えたら、無理は禁物だったわ。君の言う通り、今日はここまでにしましょ」
そして、先ほどの言動とは打って変わって、ごまかすかのように早々にダンジョンアタックを切り上げようと先に歩き出す。ますますもって、怪しいことこの上ない。
一体なにを企んでいるのか、その詳細はわからないまでも、彼女が動いているということは、大方俺を冒険者にするための勧誘行為なのだろうが、残念ながら俺は冒険者になる気はさらさらない。
「……まだ、それ以外にもなにかありそうだな」
ただ純粋に俺を冒険者にしたいだけならば、ダンジョンへ連れてくる必要性はなく、近隣の森などでモンスターの討伐などをやればいいだけの話だ。だというのに、彼女は敢えて俺をこの場所へと連れてきた節がある。
もしかすると、ただ俺を冒険者にしたいだけではなく、なにか特別な役職などを与えるためにここへと連れてきたのかもしれない。その役職を与える条件を満たすには、ダンジョンが関係しているとかかもしれないな。
「Sランク冒険者の資格とかか? いやあ、さすがにそれはできすぎか?」
それ以上は明確な答えが出ず、この話は一旦保留とした。まあ、Sランクだろうがなんだろうが、俺がそれを受け入れることはないだろうがな。
のちに、その予想が当たっていることを知るのだが、当然そのあとどうなったかは言うまでもない。
そんなことを考えながら、初めてのダンジョン攻略は特になんの波乱もなく終わった。
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