31話「迷宮都市とキャロラインの目的」
「さてさて、今日ものんべんだらりな生活を送り――」
俺がそう言いかけたところで、突然ドアがノックされる。国王との謁見から適当な宿を取って数日は休養のため大人しくしていたのだが、そろそろ王都の散策でもと思ったところで、なにやら来客があった。
ドアを開けてみるとそこにいたのは、なぜかドヤ顔をしたキャロラインの姿であり、その顔でなにか嫌な予感を察知する。
「ここにいたのね」
「おやすみなさい」
「ちょ、ちょっと!? もう、昼よ昼。ドアを閉めないで!」
なんとか逃げようとドアを閉めようとしたが、両手をドアに差し込まれては閉めることができず、諦めて部屋の奥にあるベッドに腰を下ろす。
しばらく、部屋の内装に意識を取られていた彼女であったが、俺に視線を向けると、突如としてこんなことを言い放ったのである。
「ダンジョンに行くわよ」
「なにを言っているだ?」
「だから、ダンジョンよダンジョン」
「俺は冒険者じゃない。行きたくても、ダンジョンに入れないぞ」
「ふっ、ふーん。知ってるのよ。あなたが国王陛下からダンジョンの入場許可証をもらってることは」
「ちっ」
そう得意気な表情を浮かべる彼女に一瞬苛立ちを覚え、思わず舌打ちを漏らす俺だったが、そんな俺の反応などお構いなしとばかりに、彼女は再度口にする。
「すぐに準備をしてちょうだい。今から行くわよ?」
「なんだと? まだ朝食も食べてないんだが?」
「行くときに食べればいいわよ。それに、今は朝じゃなくて昼よ」
そんな俺のささやかなる抵抗も虚しく、まるで借りてきた猫のように首根っこを掴まれ、強制的に馬車へと連行されてしまった。ちくせう、俺は猫じゃねぇぞ、このヤロー。
そして、ダンジョンがある迷宮都市へと向かう途中で気になったので、キャロラインに聞いてみた。
「あんたギルドマスターだろ? コミエに戻らなくてもいいのか?」
「ギルドの運営は副ギルドマスターがなんとかやってくれているから、正直なところ私がいなくても問題ないのよね」
(それじゃあ、おまえの存在意義ってなんなんだよ? いても意味のない存在ってことじゃないか)
という思いが浮かんだが、俺は空気の読めると言われている元日本人であるからして、辛うじてその言葉を飲み込んだ。
いろいろと不満はあるものの、ダンジョン自体は一度足を運んでみたいと思っていた場所なので、特に嫌というわけではない。
そんなダンジョンだが、イストブルグ王国には現在ダンジョンが七か所あり、現在王都からもっとも近いダンジョンがある都市ラビリスへと向かっていた。
王都ほどではないが、ダンジョンから排出される素材によって潤っている都市であり、都市としては国内でも有数の場所であると聞いた。
その反面、一攫千金を夢見て荒くれ者が多く出入りしており、有数だが国内でも治安があまり良くないという話も聞こえてくるらしい。
「それで、なんで俺を誘ったんだ?」
馬車に揺られながら、ふと疑問に思ったことをキャロラインにぶつける。それは、なぜ彼女が俺をダンジョンに誘ったかということだ。
今までの言動から、俺を冒険者として組織に引き込みたいという思いがあることはなんとなく理解できる。しかし、それと今回の件に一体なんの関係があるのかというところまではわからなかったのだ。
「そ、それは……あー、あれよあれ」
「あれってなんだ?」
「あれよ。国を救った英雄様が、いつまでも宿に引きこもってちゃ体に悪いわ。だから、気分転換に誘ったのよ」
「……」
彼女の言葉に、俺は目を細めて疑いの視線を向ける。それは明らかに嘘が含まれており、なにか思惑があるのは間違いない。
「まあ、いいだろう。今は追及しないでおいてやる」
「な、なにもないわよ(あ、危なかった。もう少しで、バレるところだったわ)」
俺の言葉に安堵の表情を浮かべていたキャロラインだったが、その表情をするということはなにか隠し事があると言っているようなものだぞ?
まあ、今はダンジョンに向かっている道中だから、彼女がなにを企んでいるかは特に問題ではない。
どうせロクでもないことではあるとは思うものの、いざとなったら逃亡すればいいだけの話だし、彼女が企んでいるとしても、それは冒険者ギルド関連に限定されるため、冒険者ギルドに近づかなければいいだけの話である。
そんなこんなで、馬車に揺られること数日、ダンジョンがあるとされる迷宮都市ラビリスに到着する。
俺としてはすぐに宿を探して拠点を確保したかったが、キャロラインがその前に冒険者ギルドに寄りたいと言ってきたため、仕方なくラビリスの冒険者ギルドへと向かった。
一体彼女がなにを企んでいるのか、それを知ることもできるかもしれないし、なにも知らずに放置している方がまずい可能性も考慮した上での選択である。
「おう、久しぶりだな。で、そいつがおまえさん推薦の冒険者か?」
「「そうよ(違う)」」
冒険者ギルドに入ると、そこには大柄のスキンヘッドの男が話し掛けてきた。どうやら、キャロラインの目的に関係する人物らしい。
とりあえず、冒険者ではないので、キャロラインの肯定に被せるよう、彼の言葉を俺は否定する。
「……なるほどな。まあ、とりあえず詳しいことは奥で話そうや」
「そうね。タクナイ君、悪いんだけど、ちょっと待っててくれるかしら」
「わかった」
そう言って、キャロラインは男と一緒にギルドの奥へと消えていった。
一体どんな話をするのか、気になるところではあるが、今はこの暇な時間をどう潰すかが大事だ。
そう思い、俺はギルド内を見回しながら、大人しく彼女が戻ってくるのを待つのだった。
~ Side キャロライン ~
「で、なんの冗談だ?」
「冗談って?」
「俺が質問してるんだ。質問に質問で返すなよ。あんな坊主が次のSランク冒険者候補だってのか?」
拓内と別れたキャロラインは、大柄の男の自室へと案内される。そして、部屋に入るなり開口一番彼から詰め寄られることとなった。
彼の名は、バスター。ここ迷宮都市ラビリスの冒険者ギルドのギルドマスターで、キャロラインと同じく元Sランク冒険者である。
そもそも、Sランクを持つ冒険者は世界から見ても両手の指で数えられるくらいしかおらず、この二人を入れても十人に届かないくらいである。
現在、現役で活動しているSランク冒険者は六人おり、この数は多い方ではあるのだが、求められる依頼の難易度と数を考えれば、決して多くはない人数である。
だからこそ、冒険者ギルドの上層部は早急な戦力の確保として新たなSランク冒険者を求めており、現在それに向けて動いていた。
キャロラインの動きもその一つであり、彼女の目的は拓内をSランク冒険者として迎え入れることであった。
しかしながら、本人が冒険者に対して忌諱する態度を取っているため、彼女の動きは徒労に終わってしまう可能性が高いのだが、果たして本人はそれを理解しているのだろうかと言わざるを得ない。
ちなみに、Sランク冒険者の認定にはいろいろと満たさなければならない条件がある。その一つが各支部のギルドマスター三人以上の推薦である。
現時点でコミエ支部のキャロラインに王都本部のゴッザムの推薦は獲得しており、残すところあと一人の推薦だけとなっている。
「その通りよ」
「気でも狂ったのか? あんなちび助がSランクの実力を持っているわけがないだろう?」
「あの子が単独でアダマンタイトトータスを倒したと言っても、同じことが言えるのかしら?」
「……なに?」
キャロラインの言葉に、バスターの目の色が変わる。それほどまでにアダマンタイトトータスとは強大な存在なのだ。
どれくらい強大なのかと言えば、キャロラインとゴッザム、それにここにいるバスターの三人がかりで戦っても倒すことは不可能に近く、精々が進行方向を変える程度のことしかできない。
それほどまでに強大なアダマンタイトトータスをたったの一人で倒してしまったという事実に、バスターは眉を寄せざるを得ない。
「嘘じゃ、ないんだな?」
「嘘だったら、私とゴッザムの二人が推薦なんて出すと思う?」
「だから、質問に質問で返すな」
いつになく真剣なキャロラインの表情を見て、あの少年がアダマンタイトトータスを倒したことが真実であることをバスターは理解する。
だが、仮にそれが本当だったとしても、それだけでSランクの肩書を与えることはできない。そのためには、もう一つ条件を満たす必要がある。
それは、等級が二等級以上のダンジョンに潜り、特定の階層を踏破するというものである。
ダンジョンは難易度によって等級分けされており、一番下は五等級で、最高難易度とされる一番上は一等級となっている。
Sランクになるための条件は、二等級ダンジョンを二つ以上踏破または一等級ダンジョンを五十階層以上踏破することである。
つまり、キャロラインが積極的に拓内をラビリスに誘ったのも、この条件を満たさせる狙いがあるからである。
「おまえの目的はわかった。だが、もう一つの条件を満たさせる場合、おまえさんは助力できんぞ?」
「問題ないわ。あの子なら、私がいなくても簡単に条件を満たすもの」
「言ってくれるな。ここラビリスのダンジョン等級は一等級だ。いくらアダマンタイトトータスを倒したからといって、そう簡単に五十階層まで辿り着けはしないぞ」
「まあ、そう言ってられるのも今のうちよ」
「ふん、いいだろう。もしあの坊主が五十階層に辿り着けたなら、俺もあの坊主をSランクに推薦してやる」
「話が早くて助かるわ」
こうして、キャロラインの狙いである拓内をSランク冒険者にするという計画が着々と進んでいくのであった。果たして、彼はこの計画を阻止することができるのだろうか?
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