30話「金と勲章と入場許可証」



「面を上げよ」



 そう言われたので、ゆっくりと顔を上げる。そこには、満足げな顔をした国王の姿があり、俺の顔を見ると大きく頷く。



 あれから、スタンピード……というよりも、アダマンタイトトータスという脅威から国を救ったということで、国王からの呼び出しがあった。



 まあ、あんなことを公衆の面前で行えば、呼び出されて当然だとは思う。しかも、国王直々の依頼を受けてスタンピードの対処を行っているため、とぼけたところでなんの意味もない。



 そして、謁見の間で貴族たちの好奇の目に晒されながら、俺は今国王からのお言葉を頂戴しているというわけである。



「というように、この者の手によってSランクのアダマンタイトトータスが倒され、国は救われたのです」


「あんな少年が?」


「なにかの間違いでは?」


「そうだ。きっと、卑怯な手を使ったに決まっておる」



 宰相の言葉に貴族たちは口々に感想を漏らす。そりゃあ、誰だって二十歳にもなってない顔に幼さが残る少年が、アダマンタイトトータスを倒したなんてすぐには信じられないだろう。



 むしろ、国王がその報告を受けてすぐにそれを信じ、こうして謁見の間に引っ張り出してきたことの方がおかしいとすら言える。おい、国の最高権力者よ。もっと、人を疑った方がいいと思うぞ?



 などと思っていると、国王の「静まれ」という言葉が響き渡る。そして、真剣な表情でなにやら演説が始まった。



「諸君らの言いたいことはわかる。だが、ここにいる彼がアダマンタイトトータスの脅威から我らを救ってくれたことは事実である。であるならば、国は彼に対しそれに見合う恩賞を与えなければならないと思うのだが、反対する者はおるか?」



 そう言い終わると、国王は貴族たちに鋭い視線を向ける。まるで「反対したらどうなるかわかってるだろうな? おお?」とでも言いたげな視線に貴族たちもなにも言えずにいた。



「どうやら、反対意見はないようだ。ということで、タクナイ少年。なにか望むものはないか?」


「いらないっていうのは駄目でしょうか?」


「それは言わないでくれ。余としても、国を救った英雄に恩賞を与えなければならない。でなければ、国を預かる国王としての示しがつかないのでな。どうだ? この際奮発して爵位と領地を与えても構わんぞ」


「いいえ、いりません」



 国王の発言に、貴族たちが目を剥いて過剰な反応を見せる。そりゃあ、まだ成人したばかりの小僧風情が自分たちと同じ立場になるなど、とても許せることではないだろう。



 俺としても、領地経営などというそんな面倒くさいことはやりたくないし、それは言わば手に職を就けるという行為に相当してしまう。



 無職を愛する人間にとってはとても許容できるものでないため、俺はこれを即座に否定する。それを聞いて、先ほどまで過剰な反応を見せていた貴族たちも安堵の表情を浮かべている。



「ふむ、なにか望みはないか?」


「では、今回の褒賞として金銭でお支払いしていただきたい」


「ほう、金か」



 こういうときは、面倒なことに首を突っ込まず、素直に金を要求しておくのが無難だ。世の中のすべてを金で解決できるとは言わんが、大抵のことは金さえあればなんとかなる。



 そんな意図を察したのか、国王がなにやら感心したような顔を浮かべながら、顎の下を手で撫でる仕草をする。



「あいわかった。此度の貴殿の働きに報い、我が国イストブルグ王国国王の名において、報奨金五千万ゼゼを与えるものとする!」


「有難き幸せ」


「……」



 国王の言葉に、貴族たちは驚きの表情を浮かべている。いくら国の危機を救ったからといって、ただの平民に五千万ゼゼという大金をくれてやることに抵抗がある様子だ。



 まあ、本来貴族というものは、国が危機に陥ればその身を挺して立ち向かうことを義務付けられた連中だ。それを誇りとして生きている人間が、なんの義務も持たない平民にその手柄を横から掻っ攫われたと思っても不思議はない。



 もっとも、この場にいるほとんどの貴族がそんな高尚な思いではなく、自分よりも目立っていることに対するただの妬みであることは明白なのだが……。



「それと、金銭だけでは箔がつかぬ。よって、タクナイハタラキに青龍一等勲章を授与する」


「……謹んでお受けいたします」



 そう宣言した国王の顔は、まるで悪戯に成功した少年のような無垢なものだった。だが、それをやられる側は堪ったものではない。



 あとで聞いた話だが、青龍一等勲章とはこの国イストブルグ王国における最高の名誉として与えられる勲章であり、それを授与された者は国賓扱いの待遇が約束されている。



 言わば、爵位と領地を持たない名誉貴族のような扱いであり、それを知った俺が頭を抱えたことは言うまでもない。



 こうして、公の場での国王との謁見は終了したが、当然これで帰してもらえるはずもなく、謁見終了後に国王の自室で会うこととなった。



「ご苦労であった。まさか、今回のスタンピードでSランクのアダマンタイトトータスが出るとは思わなんだ」


「もし、タクナイ君がいなかったと思うと、ゾッとしますね」


「……」



 国王とそしてなぜかシルヴァードがいた。そのことを聞いてみると、どうやら商業ギルドのギルドマスターという肩書の他に公爵という爵位を持っているという答えが返ってきた。



 貴族の位の中でも最高位である公爵なら、この場にいても不思議はない。そして、問題は俺が初めて会う人物がいた。



「ああ、そういえばサリティとは初対面だったな。タクナイ少年、この者はサリティといってこの国で宰相の職に就いている者だ」


「サリティと申します。以後お見知りおきを」


「こ、こちらこそ。拓内畑羅木です」


「まあ、些か堅いところはあるが、悪い人間ではないので仲良くしてやってほしい」


「陛下、私はお堅い人間ではございません。むしろ、陛下やそこにいるシルヴァード公爵が軽すぎるのではないかと。大体、あなた様は王太子の頃からなにも変わっておられな――」


「あー、というわけで改めて謁見ご苦労だった。君をここに呼んだのは報酬の話がしたくてな」



 この国の宰相であるサリティは、長身長髪の眼鏡をかけた美丈夫だ。水色の髪に冷たい印象を与える鋭い目は髪色と同じ水色をしている。まるで氷を思わせるほどに冷淡な印象だが、国王の言では悪い人間ではないというらしいので、覚えておくことにする。



 そして、説教が始まる気配を感じ取った国王が、俺を自室に呼んだ本題をぶつけてくる。報酬? もう五千万ゼゼと勲章をもらう約束をしたはずだが?



「報酬なら、謁見の時に言われたものをくれるのでは?」


「それは国を救った表向きの報酬だ。君は事前に我々の依頼を受け、それを遂行するために動いていた。ならば、謁見で提示した報酬とは別に依頼成功の報酬も支払う必要があるんだよ」



 どうやら、そういうことらしい。俺としては五千万ゼゼだけでも十分な報酬なのだが、それだけだと周囲の国々や自国の貴族たちから器の狭い国王として誹りを受けてしまうらしく、追加で青龍一等勲章を授与することになったのだ。



「本来なら、今回の報酬に加えて爵位と領地も与えてもいいのではという話になったのだが――」


「それはやめてください」


「とまあ、本人も望んでいないということと、貴族たちのやっかみが凄まじいことになると予想されたので、報奨金と勲章の授与のみという形に収まったんだ」



 シルヴァードの説明を遮る形で、爵位と領地の辞退を申し出る。いろいろと面倒な貴族になんてなりたくないし、仮になったところで前世ではニートだった人間に領地経営などできるはずもない。



 貴族に生まれたラノベの主人公なら、前世の知識を活かして領地経営ということもあるのだろうが、残念ながら今の俺はなんの権力も持たない無職なのだ。



「とりあえず、君の希望を聞こう。なにか欲しいものはないかね?」


「そうですね。少し待ってください。今考えます」



 さて、またなにかくれるということだが、そんなことをいきなり言われてもすぐには出てこない。



 ただでさえ国を救ったということで大金と勲章をもらうことになっているんだ。その上、一体なにを望めというのだ。……いや、待てよ。



「一つ、聞きたいのですが」


「なにかね」


「この国にダンジョンはありますか?」



 俺が思いついたこと……それは、ダンジョンへの入場許可証の発行だった。



 もしダンジョンというものが存在しているのならば、基本的にダンジョンへの入場は許可を得た者かその資格がある者に限られることになる。



 ダンジョンに入場する資格のある者というのは、冒険者であり、ダンジョンに潜るためには冒険者になる必要があるということになる。



 しかし、それでは無職という肩書を失ってしまうことになり、俺としては避けたいところだ。



 だが、ここで国王という存在がその悩みを解決してくれる。国の最高権力者としての権限は、中世ヨーロッパにおいては絶対のものであり、誰もその権威に逆らうことなどないといっても過言ではない。



 すなわち、今目の前にいる国王にダンジョンの入場許可証を発行してもらえば、すべて万事上手くいくという寸法なわけなのだ。



 しかも、国王の入場許可証ともなれば、仮にダンジョンに入場制限がかけられていたとしても、すべてフリーパスで通れるだろう。それだけ、国王という存在は絶対なのだ。



「というわけで、ダンジョンの入場許可証をください」


「なにがというわけかはわからんが、そんなものでよければいくらでも許可しよう」



 こうして、冒険者にならなければ立ち入ることのできないダンジョンの入場許可証を手に入れることに俺は成功した。これこそまさに国王様様といったところだろう。



 その後、ダンジョンについて二人から詳しい話を聞いたり、今後の予定などを聞かれたりしたが、その会話でメインとなる拠点の話になった。



「よければ、こちらで屋敷を用意させてもらうが」


「結構です。特定の場所に居を置きたくないので」



 国王の申し出を俺は丁重に断る。俺はニートだが、決して引きこもりではない。無論アウトドア派でもないが、必要とあれば外に出ることにあまり抵抗はない。



 前世ではほぼ家の中で用事が完結していたため、外に出る必要性を見い出せなかっただけである。……嘘じゃないぞ?



 まあ、とにかくだ。特定の場所に拠点を置いてしまうと、そこの管理もしなきゃならないし、なによりも、その拠点に帰ってこなければならないという強迫観念のようなものが生まれてしまう。



 しかも、国王の提案ともなれば、俺という規格外な存在を取り込みたいという思惑は当然の如くあるだろうし、あまり王族と親しくなることは得策ではない。



 そういうわけで、国王の提案を断った俺は、すぐにその場を辞去した。これ以上この場に留まっていてはまた妙な提案をされかねないと思ったからである。



 なにはともあれ、これにて一連のスタンピード事件についてはこれで解決である。

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