28話「勇者の動向」
~ Side 勇者 ~
「行ってきます!」
「おう、気をつけろよ!」
「アデル、必ず無事で帰ってきてね!」
村人たちに見送られ、勇者アデルは故郷の村を旅立った。あれから、数か月が経過しているが、アデルは仲間を見つけられずにいた。
勇者の仲間ともなれば、それなりの強さを持っている者か、旅の道中で役に立つような技術を持っている者に限られてくる。
前世の頃からそうだが、人一倍正義感の強いアデルは魔王討伐のために必要な能力を持つ人材を本気で探していたのだ。そう、“本気”で……。
「勇者様、ぜひ私を仲間に」
「どれどれ……あー、申し訳ないんだけど、君の能力じゃ僕のパーティーには相応しくない。ごめんね」
なんと、アデルは転生者特典で手に入れた鑑定のスキルを駆使し、有能な人材を見つけ出すべく動いていた。だが、本当に有能な人材を追い求め過ぎていたが故に、彼の眼鏡にかなう人材を見つけられずにいたのである。
非凡な才を持った人間がそこらじゅうにいるなどというご都合主義的な展開などあるはずもなく、村を旅立ってから彼の仲間になった人間は皆無であった。
「なぜだ。なぜ仲間が一人もできないんだ」
それは、仲間に求める理想が高すぎるからだという突っ込みが飛んでくるところだが、不幸にもそれを指摘する人間は彼の周りにはいない。
なぜ仲間ができないのかという悩みを抱えたまま数か月も一人で旅を続けているアデルだが、ここでようやく非凡なる才を持った人間が彼の目の前に現れた。
「おっ、あれなら僕のパーティーに相応しいかも」
たまたま立ち寄った冒険者ギルドで、なんの気なしに鑑定した男の能力を見たアデルは、そんな感想を漏らした。
アデルの眼鏡にかなった男は、百九十センチはあろうかという背の高い大斧を使う重戦士であり、まさに筋骨隆々とした鋼の肉体を持っていた。
銀色の短髪に鋭い黄色の瞳を持った男は、その視線だけで相手を威圧してしまいそうなほどの眼力だ。
「ちょっといいかい?」
「なんだ? 俺になにか用か?」
「僕はアデル。人々が言うところの勇者ってやつだ」
「……お前が勇者だと?」
アデルの自己紹介に訝しげな視線を向けてくる男だったが、そんなことは気にしないとばかりにアデルは言葉を続ける。
「実は、君に僕のパーティーに入ってもらいたくてね。どうだろう? 入ってくれない――」
「断る。俺は誰ともつるまねぇ。一人で十分だ」
「そこをなんとか頼むよ!」
アデルの頼みに、男が不機嫌そうな顔で断る。だが、それでもめげることなく彼は男を勧誘する。
「おい、ガイゼルに絡んでるのって勇者だろ?」
「まさか、【孤高の一匹オオカミ(ロンリーウルフ)のガイゼル】に突っ込んでいくとはな」
「そういう意味では勇気のある者、勇者だなおい」
他の冒険者たちの声が聞こえたアデルは、そこで初めて男の名を知る。
「ガイゼルというのか?」
「だったらなんだ?」
「なあ、頼む。仲間になってくれ!」
「しつこいぞ。いい加減にしろ」
「いきなりなにをするんだ?」
「……ほう」
あまりにしつこい勧誘に、ガイゼルは苛立ちを覚える。そのあまりのしつこさについ拳が出てしまったが、その攻撃をアデルがいとも簡単に避けたことで、多少なりとも戦う心得のある人間であると彼は認識を改めた。
「す、すいません。ギルド内での私闘はやめていただきたいのですが……」
「とにかくだ。俺は一人でいたいんだ。パーティーに入る件なら、断らせてもらう」
「あっ、ちょ」
取り付く島もないとばかりに、ガイゼルはその場を去って行った。だが、今までまともな仲間ができたことのないアデルにとって、その程度で諦めるはずもなく、決意を口にする。
「絶対におまえを仲間にしてみせるぞ。ガイゼル」
そんなこんなで、ここ数日冒険者ギルドの依頼を受け、ガイゼルの勧誘に何度か失敗したある日のこと、ちょっとした騒ぎが起こった。
「た、大変だ! 東の森でアーミーアントの群れが出た!!」
「な、なんだと!?」
「アーミーアント?」
突然ギルドにやってきた冒険者たちの話では、仲間と共に東の森を探索していると、突然アーミーアントの群れに襲われたらしい、その数は五十を超えるとのことで、ちょっとしたスタンピードのような状況だった。
このままでは全滅すると判断した冒険者たちは、すぐに撤退することを決意する。その判断が功を奏し、最悪の事態は免れたようだが、アーミーアントの群れの脅威はまだ去ってはいない。
「今から緊急依頼を出します。依頼の内容はアーミーアントの群れの排除です。報酬はアーミーアント一匹につき一万ゼゼを出させていただきます。腕に自信のある方は是非ご参加ください」
ギルド職員の声に周囲の冒険者は沸き立つ。通常依頼よりも破格の報酬にこれを稼ぎ時と見た冒険者たちが振るって参加を表明する。その中に、見覚えのある男の姿を認めたアデルは、その人物に話しかけた。
「ガイゼルも参加するのか?」
「ああ」
「なら、俺も参加するとしよう」
「……」
アデルの言葉を無視するように、手続きを済ませたガイゼルはすぐに現場へと向かった。同じく、参加の手続きを終わらせたアデルが後を追う。
「なぜ、ついてくる?」
「それは誤解だ。目的地が一緒なんだから、同じ方向に進むことは自然の流れだ」
「……」
確かに、目的地は同じ東の森という場所だが、まるで後をつけられているかのような感覚になるのはなぜなのだろうかと、ガイゼルは言いようのない感想を抱く。
しかし、今は緊急を要することであり、細かいことはどうでもいいとばかりに臨時で出ていた馬車に飛び乗り、両名は東の森へと向かったのだった。
東の森に辿り着いた冒険者たちは、異様な雰囲気に包まれた光景を目撃する。それは、今にも森から溢れ出してきそうなほど大量のアーミーアントがいたのだ。
「なんだこれ?」
「百や二百ってレベルじゃねぇな。少なくとも五百はいるぜこりゃ」
「いや、千を超えるかもしれん」
「……ふっ」
二の足を踏む冒険者たちを尻目に、ガイゼルは背に担いでいた大斧を取り出すと、果敢にもアーミーアントの群れに攻めかかった。
アーミーアント単体の強さはそれほど強くはなく、精々がDランクそこそこといったところであり、Cランク冒険者であれば、難なく対処はできる。しかしながら、アーミーアントの恐ろしいところは、群れる習性を利用した数の暴力による攻撃だ。
もはや、スタンピードとといっても差し支えないほどの数が森から溢れ出ている状況であるが、それでもまだ対処は可能であり、ガイゼルは迷うことなく攻撃する。
(ほう、なかなかの腕だ。勇者を名乗るだけはあるということか)
そんな彼と並んで戦っているのは、アデルだった。ガイゼルはアデルに気づかれないようそれとなく横目で彼の戦う様子を見ていたが、そつのないしっかりとした動きができており、それなりの強さを持っていた。
アデルの軽い口調から勇者を自称するただの少年かと思っていたガイゼルだったが、相応の実力を持っていることに感嘆する。
そんな二人の勢いに呼応するように他の冒険者たちもアーミーアントを駆逐していき、戦況が彼らに傾こうとしたその時、突然森の奥から巨大ななにかが現れる。
「アーミークイーンだ!!」
「う、嘘だろ?」
「だから、こんなにいやがったのか!」
「くそが」
アーミークイーンとは、アーミーアントの雌の上位個体で、一匹存在することで千匹のアーミーアントを指揮できる能力を保有している。
つまりは、アーミークイーンを一匹見つけたら、最低でも千匹のアーミーアントがいるということになるのだ。冒険者たちが嘆くのも当然である。
「【クロススラッシュ】! な、なんだあのデカいのは!?」
「【大切断】! ……アーミークイーンか」
そして、アデルとガイゼルの二人もアーミークイーンの存在を視認し、口々に感想を漏らす。十数メートルはあろうかという巨体に二人とも圧倒され、ただアーミークイーンを見上げていた。
しかし、そのまま黙って見ているわけにもいかないため、二人とも戦う覚悟を決め、アーミークイーンに突撃していく。
「くっ、か、かたい!」
「全身鋼みてぇな固さだ。俺の斧が効かないとは」
そんなことを話している間に、アーミークイーンの反撃がくる。脚の薙ぎ払いは強力で、周辺の木々が根元から千切れ飛ぶ。
その風圧に味方の冒険者たちも吹き飛ばされ、少なくない負傷者を出してしまう。
このままでは、アーミークイーンの前に全滅の可能性も見えてきたところだったが、それを打開しようと動く二人の人影があった。
「そうはさせない。【ブレイブセイバー】!」
「今度はただの攻撃じゃねぇぞ。【螺旋剛撃】!」
「ギィェェェェェ」
アデルの飛ぶ斬撃が、そしてガイゼルの螺旋状になった風圧がアーミークイーンに襲い掛かる。その強力な攻撃にさすがのアーミークイーンも後退を余儀なくされる。
「今がチャンスだ。いくぞガイゼル!」
「ふん、俺に指図するな」
アデルの号令に、ぶっきらぼうに答えるガイゼルだったが、その動きは卓越した連携となっており、とても初めて共闘したとは思えないほどスムーズに動けていた。
まるで足りなかったパズルのピースのような、自分を補ってくれる存在のような感覚を二人とも感じ取っていた。
(さすがは僕の眼鏡にかなった相手だ。やはり僕のパーティーには、ガイゼルが必要だ)
(なんだこれは? 今までの動きとは数段上の動きができる。これが、連携というやつなのか?)
その後の展開は一方的であり、アデルが弱点の腹を切り裂き、ガイゼルがすべての足をぶった切ったことで、アーミークイーンは撃破された。
そして、残りのアーミーアントを片付け、ギルドに戻っていろいろな手続きが終わったところで、ガイゼルがアデルに声をかけてきた。
「おい、小僧」
「僕の名前はアデルだ」
「そんなことはどうでもいい。おまえ、パーティーに入ってくれる仲間を探してるって言ってたな」
「そうだけど」
「いいだろう。俺がそのパーティーに加わってやる」
「はっ、なに言ってるのさガイゼル? 君はもう僕のパーティーメンバーになることは決定事項だよ」
こうして、紆余曲折ののち、斧使いのガイゼルがアデルの新たな仲間になったのであった。
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