27話「制裁措置とその対象の末路」



【破滅の魔核】……モンスターの増殖するための魔核。

         魔族がスタンピードを起こすときに用いられるもので、発動するまでに多くの時を要する。




 な、なんですと……? じゃあなにか? 今回のスタンピードは、魔族が関わっててその原因があの魔核にあるってことか?



「これは、到底見過ごせんことだよな……ええ、おい?」



 誰にともなく俺は呪詛を呟く。つまり俺がこれだけ苦労させられたのは、魔族がスタンピードを起こしたからということになる。



 仮にスタンピードというものが雨や雪などといった自然現象的なものだったとすれば、仕方のないことだと思って俺は受け入れるつもりでいた。だが、それが誰かが意図的に起こしたものだとしたら、その誰かに制裁措置を加えねばなるまい……。



「ふむ、ちょうどいい。これを使うか」



 さてさて、制裁……つまりは裁きを与えようと思うのだが、どうしたものかと悩んでいたその時、ふとアダマンタイトトータスの死骸が目に飛び込んできた。



 神は言っている……この亀の甲羅を素材に裁きの槍を作れと。であるならば、やることは一つだ。



 俺は時空魔法を使いアダマンタイトトータスの甲羅の一部を切り取った。一部といっても、その大きさは一辺が四メートルの正方形という巨大なもので、重さも三百キロは下らない。



 切り取った素材をもとにして【錬金術】でそれを槍の形に形成する。あっという間に出来上がったそれは、まさに神の槍という表現が相応しい程に神々しい荘厳な雰囲気を醸し出していた。



「この俺の手を煩わせたこと、死んで後悔するがいい。 【裁きの槍(ハスタ・ユディキウム)】!!」



 俺の言葉に呼応した宙に浮くアダマンタイトの槍が、高速で回転する。ふーむ、確か北欧神話の神が持ってた槍があったな。なんて名前だったか……。



「ゲイボルグ。違うな。ミョルニルは槍じゃねぇし……。エクスカリバーは剣だな。ええい、もう名前なんてどうでもいい! かの罪人(つみびと)に裁きを与えよ!! ゴルゴンゾォォォォォォーラ!!」



 新たに神の槍が誕生した瞬間であった。神槍ゴルゴンゾーラ。



 拓内少年が言いたかったのは、もうおわかりだろうが北欧神話に登場するオーディンが持つとされる神槍グングニルなのだが、それがなぜかイタリアを代表する青カビを用いて作られるチーズの名前になってしまった。



 どことなく香ばしい匂いのしそうな名前だが、本人は至って真面目に口にしているあたりが、なんともシュールな光景である。



「貫けぇー!!」



 そんななんとも形容しがたい名前の槍だが、その威力は絶大であり瞬く間に魔核との距離を詰めた槍が魔核を貫かんと突進する。



 高速回転していることで圧倒的貫通力を持ったそれは、いとも容易く魔核を貫き、粉々に砕け散った。



 その勢いは留まることを知らず、主人である俺の手元に戻ることなくどこかへと飛んで行ってしまった。



 騒ぎを聞きつけてやってきたゴッザムたちに説明すると、なんとも言えない表情で呆れられたのは言うまでもない。



 そんなことよりも、一体あの槍はどこを目指して飛んで行ったのだろうか?



 まあ、とりあえずこれで国王の頼みも完了したことだし、宿に帰って寝るとしよう。



 このときの俺はそう考えていたのだが、どうやら俺のやったことがのちにとんでもない事態を招くことになることを、この時の俺は知る由もなかったのであった。








 ~ Side 魔王 ~



「ん、これは?」


「魔王様、いかがなされました?」



 アダマンタイトトータスが倒された同時期。魔王デルガザールは、アダマンタイトトータスの消失を感じ取った。



 なにかの間違いかと思い、今一度意識を集中させたが、アダマンタイトトータスの魔力が消失しているという事実は変わらない。それは、件のモンスターが何者かによって倒されたということを意味していた。



「スタンピードで発生したアダマンタイトトータスの魔力が消失した」


「そ、そんな馬鹿な。人間にあのモンスターを倒すことは不可能なはずです」


「だが、事実だ。アダマンタイトトータスは倒された」



 彼自身、それが本当なのかと半信半疑なところがある。しかし、魔王ほどの魔力感知に優れた者が、見誤ることはなく、やはりアダマンタイトトータスが倒されたという結果に至った。



「ヒューイ。確か、アダマンタイトトータスは、イストブルグ王国の王都を侵攻中だったな」


「はっ、そのはずでございます」


「……」



 ますます持って不可解であると、デルガザールは顎に手を当てながら思案に耽る。一体何者がアダマンタイトトータスを打倒したのか。そもそも、人間程度の存在にアダマンタイトトータスを打倒することが可能なのかという思考の堂々巡りが彼の頭の中で行われていた。



「ごふっ」



 しかし、そんな時間も長くは続かなかった。突如としてデルガザールの口から鮮血が滴り、自分がダメージを受けているということに気づいたからだ。



「ま、魔王様!?」


「狼狽えるな。どうやら、魔核が破壊されたらしい」


「魔核が……でございますか」


「これで確定したな。アダマンタイトトータスは何者かによって倒された。おそらく、魔核もその者がやったことだろう」



 スタンピードを起こした魔核は、代々魔王がその依代を務めることになる。というよりも、魔王になるための条件の一つに魔核を操ることができるというものがあり、当然デルガザールも魔核を操ることができる。



 魔核といっても、魔王の体の一部という認識であり、当然それを破壊されれば依代となっている魔王にダメージが入るのは、至極当然の話であった。



 魔核を破壊されたことで、アダマンタイトトータスがなにかしらの事故によって消失したのではなく、人為的な要因……つまりは何者かの手によって倒されたという可能性が高くなった。



 そして、魔核を破壊した者がそれを成したという可能性は高く、魔王は警戒を露わにする。



「とうとう、勇者が現れたか」


「そんなまさか。予言では、まだ数年の時がかかるはずです」


「だが、数年ということは、すでにこの世界に勇者が誕生しているということだ。勇者としてではなくとも頭角を現す可能性は十分にある」



 魔王である自分と互角の存在など、勇者しかいないとデルガザールは思っていた。例え彼がどれだけ聡明だったとしても、今回の一件に一人の無職の少年が関わっているなどという突拍子もない結論に至るなど不可能であった。



「賢者についてなにかわかったか?」


「いいえ、そちらも部下に情報を集めさせておりますが、依然として掴めておりません」


「ふむ」



 側近の報告に、デルガザールは再び顎に手を当てて思案する。しかし、詳細な情報がないのならば、それ以上考えたところで無駄である。



 そして、それ以上デルガザールに思案する暇はなかった。慌てた様子で、警戒に当たっていた部下が報告に現れたのだ。



「も、申し上げます!」


「なんだ騒々しい」


「げ、現在、この城に高速で接近する飛行物体を補足しました。接近までもう幾ばくもありません!」


「な、なんだとっ!?」


「勇者の攻撃か? ……どれ」



 狼狽える側近や部下に目もくれず。魔王は玉座から立ち上がり、バルコニーに出て外の様子を探る。



 報告してきた部下の言う通り、こちらに向かってくる巨大な魔力が確認できた。そして、その魔力との接触までもはや十数秒もないことをデルガザールは理解する。



「いいだろう。この魔王デルガザールが相手になってやる」



 そう言って、彼は体内にある魔力を高め戦闘態勢に入る。すると、すぐにこちらに向かってくるなにかが見えてくる。それが槍であることを確認したデルガザールは、城壁の一部を魔法で取り出すと、その城壁の塊を槍に向かって飛ばした。



 だが、その程度の攻撃では止まることはなく、大きな風穴を開けただけで、その勢いのままデルガザールへと向かってくる。



「ま、魔王様!」


「小賢しい! 受け止めてくれるわ!!」



 魔王の覚悟を感じ取ったかは知らないが、彼に向かって一直線に襲い掛かる。一方の魔王は、右腕を突き出し、その手首に左手を添えながら、シールドを展開する。



「ぐっ、こ、この槍の形状。どこかで……」



 至近距離まで槍が近づいたことで、デルガザールは初めて槍の見た目を視認する。かつて彼がサラリーマンだった頃、趣味で神話関連の話を調べていたことがある。



 その中で、神々が生み出したとされる武具についても調べており、今目の前にある槍に見覚えがあったのだ。



「こ、これはまさか。神槍グングニルか!? この世界にオーディンがいるとでもいうのか!!」



 グングニル、いいえゴルゴンゾーラです。



 槍の正体に気づいたデルガザールは、自身の持つ鑑定スキルを使い、槍を調べた。だが、その結果は彼の予想していたものとは大きく異なっていた。




【神槍(?)ゴルゴンゾーラ】……とある世界のとある神が持つとされる神槍を模した槍。

                材質はアダマンタイトを使っており、耐久性と貫通力に優れている。




「待てぇーい! 神槍(?)ってなんだ!? そして、なぜ名前がイタリアのチーズなんだぁぁぁぁぁぁああああああ!!」



 あまりにあまりな鑑定の結果に、デルガザールは我を忘れて叫び散らす。それほどまでに、目の前の槍という存在が異常に溢れたものだったのだ。



 しかし、名前は馬鹿げているものの、その性能はかなりのものであり、魔王であるデルガザールの動きを封じているという事実は変わらない。



 かくいうデルガザール本人も悪態を吐いてはいるが、槍の攻撃を防ぐだけで手一杯といった様子だ。



(くっ、こんなふざけた槍を寄こしてきたのはどこの馬鹿野郎だ? 勇者ではないな、勇者の武器は剣のはずだ。となると、賢者か? いや、賢者は魔法に秀でた存在だが、槍の扱いは不得手のはず。 となると、こいつを寄こした勇者でも賢者でもない存在がいるということか?)



 冷静になって状況を整理するデルガザール。そして、彼の脳裏にある存在の言葉がフラッシュバックする。



『ああ、そうそう。勇者と賢者以外にも、一人変わった存在がいるんですけど、まああの子のことは気にしなくていいですよ。 ……え? 何者かですって? ……うーん、君たちの世界でいうところの無職……平たく言うと、ニートってやつですよ』



 デルガザールが転生する際、提示された選択肢の詳細を知りたかった彼は、拓内同様に責任者の要請を行った。その時に現れた天使に拓内の存在を仄めかされていたのだ。



 そして、デルガザールがそれを思い出すと、まるでパズルの足りなかったピースがかちりと嵌るような感覚に陥る。



 勇者でもなく賢者でもなく、魔王と同等の力を与えられた存在……もはや、彼の中でそれ以外の答えは思い浮かばなかった。



「これを寄こした人間が、無職のニートだというのか!? なぜニートが魔王と敵対する? ってか、ゴルゴンゾーラってなんだよ!? もっとマシな名前があっただろうが!!」



 突っ込むところはそこしかないのかと思わなくもないが、生命の危機に瀕している彼にそんな余裕はなかった。それほどまでに、この槍は強力過ぎたのだ。



「ま、まずい。貫かれ――」



 デルガザールが展開したシールドにひびが入る。このままでは体を槍で貫かれると感じた彼は、咄嗟に体を捻って槍の猛攻を回避する。



 紙一重でその攻撃を躱したかにみえたが、ぎりぎりのところで腕に掠ってしまい、そこから鮮血が滴り落ちる。



「魔王様!」



 なんとか、回避したかに思えたが、まるで意志を持っているかのように迂回して再び魔王に迫ってきた。どうやら、魔核を使用した者の魔力に反応してホーミングのような機能が設定されており、対象に攻撃が命中するまでずっと追いかけてくる仕様のようだ。



 側近がデルガザールを心配する声を上げるが、それに応えてやれるほど今の彼に余裕はない。



「おのれ! この魔王デルガザールをここまで怒らせるとは。【魔力開放】!」



 魔王の切り札的能力の一つ【魔力開放】を使用する。これにより、デルガザールの能力は何倍にも膨れ上がる。



「この一撃にすべてを賭ける。砕け散れ! 【ヘルズビックバン】!!」



 迂回してさらに追撃しようとしてくる槍に対し、魔王は全力の攻撃を放った。その構えは、七つの球を集めると願いが叶う漫画に登場する野菜の名前を模したどこぞの王子が使っていたギャリック的なものと酷似していたが、それを指摘する者がその場にはいない。



 デルガザールの両手から放たれる魔力の奔流と、神槍(?)ゴルゴンゾーラが正面衝突する。一瞬その力は拮抗しているように思えたが、徐々に槍が押し始め、デルガザールは追い込まれていく。



「くそが! これでどうだぁぁぁぁぁああああああああ!!」



 すべての魔力を解き放つ覚悟で、デルガザールが全力を解き放つ。それに応えるようにヘルズビックバンの光線が巨大化し、再び拮抗状態に入る。



 しばらく、それが続いたが先に音を上げたのはゴルゴンゾーラであった。



 デルガザールの圧倒的な魔力放出により、それに耐えられなくなったゴルゴンゾーラの本体に徐々に亀裂のようなものが入る。そして、その亀裂が槍全体にまで及ぶと、とうとう耐えられなくなったゴルゴンゾーラはガラス細工のようにパリンという音と共に砕け散った。



 そして、行き場を失ったヘルズビックバンが空中へと飛翔していき、名前の通りとうとう爆発する。



「ぐっ」



 そのあまりに巨大な爆発は、数百メートル離れているデルガザールたちにも影響を与え、凄まじい爆風に耐えるように腕で顔を庇った。



「終わったか……うっ」


「魔王様! ご無事ですか!?」


「さっきの戦闘を見てわからんのか!? 無事なわけ……なかろっ、ぐっ」


「いかん。急ぎ魔王様を医務室へ運ぶのだ!!」



 こうして、拓内のあずかり知らぬところで、彼の放った神槍(?)ゴルゴンゾーラと魔王デルガザールの熾烈な戦いは、魔王の辛勝という形で幕を閉じた。



 拓内の“自分を煩わせた相手に対する制裁措置”という当初の目的は十分に達成でき、このあとデルガザールは十日ほど死の境を彷徨うことになるのだが、それはまた別のお話である。

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