23話「国王との邂逅といきなりやってきたトラブル」



「ここでお待ちください。只今、陛下をお呼びいたします」



 王都散策中に女性を助けた数日後、俺はようやく国王との謁見が執り行われることになった。



 謁見といっても、片膝ついて「面を上げよ」などという御大層なものではなく、普通に応接室での謁見となった。



 まあ、面接のようなもので、俺がどういった人間かを確かめる目的だから、謁見の間とかでのあれこれをする必要がないということだろう。



 しばらく待っていると、ノックもなしに突如として二人の男が入ってきた。



 二人ともそれなりの身なりをしており、身分の高い人間であることが窺える。俺が立ち上がろうとしたその時、右手で制しながら「そのままで」と言われたので、浮かしかけた尻をソファーに戻した。



「わざわざコミエから来てもらってすまない。私がイストブルグ王国の現国王、ベルザード・カーマイン・テラ・イストブルグだ」


「初めまして、私はこの王都の商業ギルドのギルドマスターをやっているシルヴァードです」


「コミエの街からやってきました。拓内畑羅木と申します」



 二人ともいい感じに歳を取ったナイスミドルといった感じで、商業ギルドのギルドマスターに関しては鑑定した結果で年齢を知ったのだが、とても中年には見えないほど若々しい用紙をしていた。



 そんな感想を抱いていると、ギルドマスターと名乗ったシルヴァードからさっそく質問が飛んでくる。



「バザックから手紙で聞いているんだけど、本当に三つ目熊やウルグファングを一人で倒したのかい?」


「ここでそれを証明することは難しいですが、少なくともコミエの商業ギルドにはその時の記録が残っているはずです。問い合わせていただければ、それが証拠になるかと」


「では、特別な薬を作れるということだが、それはどうなのだ?」



 シルヴァードの問いに卒なく答えると、今度は国王から質問が飛んでくる。薬を作れることは本当なので、俺は事実のみを口にする。



「特別な薬というのがどういったものかわかりかねますが、少なくとも錬金術で薬を作る技術は持っております」


「熱を下げる解熱薬や腹痛に効果のある腹痛薬が作れると聞いているが?」


「それでしたら、問題なく作れます」



 俺がそう答えると、国王とシルヴァードが目を合わせて頷いた。なにやら、確認したかったことが終わったようで、今後についての話になった。



「タクナイ君、君が持つ能力は悪用されればとても危険なものだ。だから、国としては君を庇護するべきだと考えている」


「それは、俺を国に縛り付けるということでしょうか?」


「勘違いしないでほしい。庇護といっても君の自由は保障するし、国のために働かせるつもりもない。君の後ろに我々がいるということを他の連中に知らしめるだけだ。もちろん、君が狩ったモンスターや作った薬は喜んで買い取らせてもらうが、こちらからそれを強制的にさせることはない」



 なるほど、他の悪意ある人間に俺を利用されないための措置ということなのだろう。だが、彼らの言い分は一見すると俺のためを思った行動のように見えるが、その実は目の届くところに置いて他の連中とやらに悪用されないための名目上の監視だ。



 もちろん、ある一定の場所に閉じ込めたり、常に誰かが傍にいたりするわけではないが、俺の行動を秘密裏に見張る人間が出てくることは想像に難くない。



 さて、困ったぞ。俺が特殊な人間であることはなんとなく察しがついているだけに、第三者に見られたくない状況というのが起きる場合もある。



 しかし、ここで国の庇護を断ったところで、すでにこの国のトップである国王と商業ギルドのギルドマスターには俺の存在を知られてしまっている。おそらくだが、仮に俺が拒否したところで、彼らが俺を監視することはすでに決定事項となっているはずだ。



 であるならば、素直に彼らの提案を受け、今後起きる面倒事の処理を肩代わりしてもらった方が幾分建設的だ。



「なるほど、そういうことでしたら、俺としても断る理由はありません」


「そう言ってもらえると助かるよ」


「必ずや君を悪意ある連中から守ると約束しよう。我が国の名と私の名に懸けて」


「よろしくお願いします」



 まあ、やばくなったら他国に逃げれば問題ない。それくらいの実力はあると思うし、最悪魔法を連発すればなんとかなるはずだ。



 できることなら、そういう殺戮ムーブは取りたくはない。それこそ、魔王として国の敵になりかねない。



 俺は無職だ。わざわざ魔王や勇者になるのを断ってまで無職を選択した。それを棒に振るような真似だけは避けねばなるまい。



 こうして、国王との話がまとまりかけたその時、突如としてノックもなしに扉が勢い良く開かれる。そこに現れたのは、深手を負った兵士だった。



「も、申し上げます! 王都北東部にあるウッドストック大森林より、スタンピードが発生いたしました。現在、一万のモンスターがこの王都へ向けて侵攻中でございます」


「な、なんだと!」


「現在、王都警備軍並びに騎士団や冒険者たちの手で侵攻を食い止めておりますが、圧倒的なモンスターの数に、戦況は劣勢に立たされており、ます――うっ」


「おいっ、しっかりしろ!? 誰か、すぐにこの者を医務室へ」


「なにやら、慌ただしくなってきたようです。俺はこれで失礼させていただきますね」



 最後の力を振り絞って報告を終えた兵士が、力尽きてその場に倒れる。それを見たシルヴァードが、兵士を医務室に連れて行くように指示を出す。



 さて、なにやらお忙しいようなので、ここは帰った方がいいだろう。そう思い、その場をあとにしようとしたのだが、踵を返して歩き出そうとしたところで、俺の肩に手を置いて止められてしまう。



「ちょっと、待とうか」


「なにか?」


「聞いての通り、今王都は未曾有の危機に瀕している。こういう時は、力を合わせてその困難に立ち向かうべきではないかね?」


「……」



 口は微笑んでいるが、目は笑っていない。どうやら、猫の手も借りたいほどに切羽詰まっているらしい。そりゃあ、万の化け物が王都に迫っている時に、大型モンスターを単独で撃破できる人間が目の前にいるとなれば、そりゃあ見逃してはくれんだろう。



 だが、それって言い換えれば「お国のためにモンスターの群れに突っ込んで来い」と言っているようなものではないかね?



「先ほど、国が俺に対してなにかを強制することはないというお言葉をいただいたばかりなのですが?」


「それはそうなのだが」


「やめよシルヴァード」


「陛下」


「タクナイ少年の言う通り、我らが少年に対してなにかを強いることなどあってはならん。だが、今は急を要する状況であることもまた事実。であれば、タクナイ少年。少年の力を貸してはくれまいか? この通りだ」


「陛下!?」



 そう言うと、国王は俺に向かって頭を下げた。彼の行動に一番驚いたのはシルヴァードで、普段の端正な顔立ちからは想像できないほど驚愕の表情を浮かべていた。



(してやられたな)



 国王の行動に、俺は内心で歯噛みする。国王とはこの国の最高権力者であり、基本的に何物にも屈してはならないという矜持がある。それ故に、国王は簡単に誰かに頭を下げるなどということはせず、ものを頼むときも毅然とした態度と行動を心掛けているのだ。



 だというのに、なんの権力も持たず、ましてやただの庶民である俺に対し誠意を見せるためだけにその頭を垂れているのだ。



 国王の権力は絶対である。国王が黒と言えば、白いものでも黒として扱われるのが常であり、それが当然のこととして罷り通ってしまうのだ。それほどまでに国王が持つ権力というのは大きい。



 そして、現在進行形でその頭を下げさせている原因は俺であり、今目の前の男は国の危機に対処するという理由はあれども、俺ひとりのためだけに頭を下げているのである。



 そんなことをされてただの一般ピーポーである俺に断るという選択肢はなく、もはやそれはお願いという名の命令に等しいものであった。



 おっと、そろそろシルヴァードの鋭い視線が突き刺さり始めたので、なにか返事をしないといけないな。



「頭をお上げください。それでは、話ができません」


「君が力を貸すというまで頭を上げるつもりはない」


「わかりました。協力しますから、頭をお上げください」



 俺から言質を取ったことで、ようやく頭を上げてくれた国王だったが、このままでは俺の気が済まないので、苦言を呈しておくことにする。



「国王様、国を預かる人間がそう簡単に頭を下げてはいけません。あなた様は、この国にいるすべての人間の代表なのです。あなた様が背負っている国というものは、決して軽いものではない。そのこと、ゆめゆめお忘れなきよう」


「タクナイ少年は本当に少年か? 物言いがまるで宰相のようだ」


「よろしい、ですね? イストブルグ王国現国王、ベルザード・カーマイン・テラ・イストブルグ国王陛下」


「しょ、承知した」



 目を見開いて有無を言わせぬ俺の物言いに、気圧されながらも了承してくれた。俺の圧に負けたとも取れるが、百戦錬磨の腹黒い貴族を相手にしている国王が俺程度の圧に屈するわけがない。そう、そんなわけがないのだ。



「では、俺はどうすればよろしいですか? 指示をください」


「とりあえず、先ほどの兵士の話では、現在国軍警備隊の兵士や騎士団、冒険者などが連携してスタンピードで暴走したモンスターたちを食い止めている。君には、そこに参加してもらいたい」


「なるほど、要はモンスターを殲滅すれば良いのですね?」


「あ、ああ」


「わかりました。では、行ってきます」


「タクナイ君、これを持って行きなさい。通行許可の手形だ。これを見せれば、止められずに王都の門外に出られるだろう」


「ありがとうございます」



 そう礼を言って、拓内少年は部屋をあとにする。あとに残された国王は、静かになった部屋でぽつりと呟いた。



「シルヴァード公爵」


「はっ」


「実に興味深い少年だ。これから彼のことは、それとなく気にかけておいてくれ」


「御意」


「とにかく、今は急を要する。王都の守りを固めよ。モンスターの侵攻に備えるのだ! すぐに対策会議を開く。主だった貴族も招集せよ」


「承知しました」



 これが拓内少年と国王の初邂逅であったが、この時の国王は「あの有無を言わせぬ雰囲気は、怒ったときの宰相を彷彿とさせる」という感想をのちに零したと、彼に近しい者たちはそう証言したのであった。

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