20話「国の上層部に拓内の存在を知られる」
~ Side シルヴァード ~
「ギルドマスター、コミエ支部のギルドマスターバザックから速達便が届いております」
「バザックから? なにかあったのか?」
グレリオスがバザックと会見してしばらくしたある日のこと、王都にある商業ギルド本部にとある一通の手紙が届いた。ご丁寧にも、速達便で届けられたそれは受取人本人のみが直接手紙を開けることができる魔法による細工がされていた。
それほどまでに重要な案件なのかとシルヴァードは訝し気な表情を浮かべる。
彼こそ、王都の商業ギルドのギルドマスターであり、国内にあるすべての商業ギルドの頂点に立つ男だ。
その手腕はとても優秀で他に類を見ない商才の持ち主であり、商いという一点において彼以上の存在は皆無と断言できるほどである。
年の頃は三十代後半の中年だが、すらっとしたう上背と甘いマスクは未だに若々しい見た目を有しており、既婚者であるにもかかわらず独身女性から絶大な人気を誇っている有名人でもある。
うなじにかかる程度の金髪にまるで宝石をはめ込んだかのような青い瞳を持ち、その瞳に魅入られた者は彼の虜となってしまう魔性の色を含んでいる。まさに美魔女ならぬ魔美丈夫である。
バザックからの手紙を受け取ったシルヴァードは、さっそく手紙に魔力を込めて開封する。そこには、季節の挨拶などの本題に入る前の常套句が記載されており、これをすぐに読み飛ばす。そして、本題となるところから読み始めた。
『……さて、ここからが本題なのですが、ある日うちのギルドにひょっこりと現れた少年がおりまして。
その少年は、Dランクの三つ目熊やCランクのウルフファングを単独で狩ってこれるのです。
その程度であれば高ランク冒険者の中にもいるにはいるので珍しくはあるものの、決して存在しないわけではありません。
問題は、その少年が錬金術にも精通しており、秘匿するべきである秘術を使い珍しい薬を生み出せることにあります。
このことは、コミエの街で隠居されておられる元筆頭錬金術師であられたグレリオス様からの証言で判明したのですが、かの御仁曰く特定の症状に対して効果を発揮する薬だそうです。
具体的には、熱を下げる解熱薬や腹痛を治す腹痛薬など、汎用性の高いもののようです。
ちなみに、少年が作った薬の買い取りを申し出ましたが、すげなく断られました。
以上の点から鑑みて、私は彼を商業ギルドの最重要顧客リストに入れるべき人物だと判断し、こうしてあなたにその旨をお伝えするべく手紙を出させていただきました。
今後予想される厄介事から彼を守るべく、何卒ご検討のほどをよろしくお願いいたします』
「ふうー」
手紙を読み終えたシルヴァードは、座っていた椅子の背もたれに体を預けて一つ息を吐く。新たな厄介事の到来に、どうしたものかと思案している様子だ。
バザックの言っていることが仮に本当だとすれば、その少年が持つ価値というのは計り知れなく、最重要顧客リストへ加えるべきだという彼の判断は理解できないでもない。
しかしながら、本当にそんなとんでもない人間が実在しているのかという疑念が消えることはなく、いくら商業ギルド本部のギルドマスターといえども即断できない案件であった。
「陛下にもお伝えするべき案件だな」
そう言って、席を立ったシルヴァードは、職員に城に行くとだけ伝え、商業ギルドを出た。
彼の名はシルヴァード・フォン・ラインブルグ。ラインブルグ公爵家の当主であり、国内のものの流通をすべて掌握するやり手の豪商でもあった。
~ Side ベルザード ~
「グレリオスから火急の知らせだと?」
そう言いながら、とある一通の手紙が彼のもとへともたらされる。
彼の名はベルザード・カーマイン・テラ・イストブルグ。拓内が降り立った国……イストブルグ王国の現国王である。
四十代前半の精悍な顔つきの男であり、顎に蓄えられた髭はワイルドでシルヴァードとは別のベクトルで女性の目を引き付ける美丈夫である。
艶やかな銀の短髪にまるで鷹のように鋭い緑の瞳は、すべてを見通すかのような威圧感を放っている。
以前王宮で働いていたグレリオスから突然手紙が届いたことになにやら厄介事の予感を覚えつつも、ベルザードは手紙の封を開け恐る恐る読み始める。
そこには定型文である季節の挨拶が綴られており、彼は早々にそれを読み飛ばし、本題となっている部分から改めて目を通す。
『……とまあ堅苦しい挨拶はこれくらいにして、本題に移りますじゃ。
知っての通り、今わしはコミエという街でしがない錬金術師として余生を過ごしておるのですが、そこである少年と出会いました。
その少年は秘匿するべき秘術の使い手であり、特定の症状に効果のある薬を生み出すことのできるようなのです。
このままなにも知らないまま厄介事に巻き込まれていく彼を放っておくのは忍びなく、ひとまずはコミエの商業ギルドのギルドマスターに相談を持ちかけたところ、衝撃の事実が判明したのですじゃ。
なんと、その少年は薬の作製だけなくモンスターの狩猟にも精通しておるらしく、聞いた話ではDランクの三つ目熊やCランクのウルフファングを単独で狩ってこれる実力を持っておるようなのです。
以上の点から鑑みて、彼を国の庇護……ひいては陛下の後ろ盾が必要なのではないかと判断し、こうしてお知らせした次第にございます。
何卒、かの少年に陛下の庇護をお与えくださいますようご検討いただければ幸いにございます』
「ふうー」
手紙を読み終えると、ベルザードは座っていた背もたれに体を深く預ける。その反応は奇しくもシルヴァードが見せた行動と同じものになってしまった。
それだけ、もたらされた情報が突拍子もないものであり、元筆頭錬金術師であるグレリオスの言であっても簡単には信じられないものであった。
「コミエで一体なにが起きているというのだ。……いや、それよりも今はこの少年についてシルヴァードと話し合わねばなるまい」
グレリオスの手紙にギルドマスターと相談したという記述から、今回の一件がシルヴァードにも伝わっているだろうと予想したベルザードは、近々彼も交えて件の少年についての対応を考えようと判断する。
「陛下、ラインブルグ公爵がお見えになっております。いかがいたしましょう?」
そして、彼の予想は見事に的を射た結果となり、その日のうちにシルヴァードが訪ねてきた。
「用件は聞いているか?」
「ただ、例の件についてとだけしか……」
「わかった。会おう」
しばらくして執務室にやってきたシルヴァードと正面に対峙する。
「陛下、いきなりの訪問誠に申し訳ございません」
「問題ない。例の件とは、コミエにいる少年のことだろう?」
「やはり、陛下にも知らせがありましたか」
「ああ、グレリオスが手紙を寄こした」
「グレリオス殿が。なるほど」
それから、件の少年についての処遇をどうするべきか検討に入る。
「此度の件、シルヴァード公爵はどう考えている?」
「仮にバザックの言葉通りの少年であるならば、私は庇護すべきかと思います。高ランクの大型モンスターの狩猟に秘術の薬を生み出せる存在ともなれば、厄介事は避けられません。であるならば、我々が後ろ盾となり少年の自由を保障することは必要なことかと」
「であるか。余も同意見だが、まずはその少年がどういった少年なのかを知る必要がある。我々が後ろ盾になるに相応しい人間なのかを知りたい」
「かしこまりました。ただちに手配いたします」
こうして、拓内の知らないところで彼の王都招集の王命が出されることになり、彼の周囲が慌ただしくなり始めるのであった。
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