19話「お爺ちゃん錬金術師と動き出す思惑」



「ふしゅー、こんなもんかな」



 あれから、錬金術を使いまくっていろいろと試行錯誤した結果、様々な用途に使える薬を作製することに成功した。



 錬金術自体が紙に記載されている魔法陣を使うことで行われるため、特に難しいことがないというのもよかった。



 一体どんなものができたのか、その一覧がこちらである。はい、どーん。



 ・最下級ポーション



 ・下級ポーション



 ・中級ポーション



 ・最下級解毒ポーション



 ・下級解毒ポーション



 ・中級解毒ポーション



 ・最下級スタミナポーション



 ・下級スタミナポーション



 ・中級スタミナポーション



 ・解熱薬



 ・腹痛薬



 ・頭痛薬



 ・痒み止め薬



 ・咳止め薬



 ・消臭薬



 ・麻痺解除薬






 とまあ、こんな感じだ。



 いろいろと種類があるが、あまり材料がなかったため、それほど量は作れなかった。



 だが、その分錬金術について様々なことが判明し、それを一つ一つ試していった結果であるため、そこについては特に気にしていない。



〈スキル【魔力感知】のレベルが5に上がりました〉


〈スキル【錬金術】がレベル5に上がりました〉



 というわけで、錬金術のレベルも順調に上がっていき、調合が終わった瞬間レベル5になった。ただひたすら魔力を込め続けていただけだが、魔力感知のスキルも上がったようだ。



 錬金術を使っている間不思議だったのは、やはり薬の入れ物であるフラスコのような物体がどこから湧いているのかである。



 その光景はまさにファンタジーといった感想を抱かせるものだったが、それも最初だけであり、慣れてしまえば便利な仕様であると思うだけになってしまっていた。



 個人的に力を入れたのは、ポーションよりも特定の症状に効果を発揮するタイプの薬で、特に自信作は痒み止め薬だ。



 痒みと言っても様々な種類があり、虫刺されによるものやかぶれ、さらには水虫などの特定の病気に感染している相手にも効果を発揮する優れモノだ。そのうち、水虫に効く薬も作ろうかな。



 俺がこういうアイデアを出せたのも、地球に存在していたドラッグストアや様々な薬のお陰なのだが、そこは知識を十分に活かした結果と言っていいだろう。



「さて、結構粘ってしまったからな。今日はこれいくらいにしておこうか」



 気づけば外はすっかり暗くなっており、かなり集中して作業をしていたようだ。



 この時間では商業ギルドは開いているだろうが、お爺ちゃん錬金術師の店は閉まっているだろう。そう判断した俺は、食堂で遅めの夕飯を食べ、その日は大人しく休んだ。



 そして、朝になりお爺ちゃん錬金術師の店が開いている頃合いを見計らって、俺は再び店へとやってきた。



「たのもー!」


「なんじゃお主か、一体なんの用じゃ?」



 俺のいきなりの登場に冷静に突っ込むお爺ちゃん錬金術師だったが、特に気にせず本題を切り出す。



「これを作ったんだ。見てくれ」


「ほほう、随分とたくさん作ったもんじゃのー。どれどれ……」



 そう言いながら、お爺ちゃん錬金術師は一つ一つの薬を手に取り鑑定を行っている。その姿は真剣なものであり、先ほどの気の抜けた状態とは段違いだ。



 一通り鑑定が済むと、こちらをちらりと見たお爺ちゃん錬金術師が、真剣な表情は崩さずに問い掛けてきた。



「この薬、本当にお主が作ったというのか?」


「そうだが」


「……本当か?」


「じゃなかったら、どこから持ってきたっていうんだ?」


「……この薬のこと、誰かに話したか?」



 次第に鋭い視線になっていくお爺ちゃん錬金術師だったが、特に気にせずに誰にも話していないことを告げる。そして、静かな声でその理由を明かしてくれた。



「これほど用途に分かれた薬をわしは見たことがない。特に素晴らしいのは、この解熱・頭痛・腹痛それぞれに効果を発揮する薬じゃ。痛みに対して効果を発揮する薬はある。その代表例がポーションじゃが、特定の痛みに対してのみ効果を発揮する薬というものは、格自体が遥かに上なんじゃよ」


「な、なるほど」



 小難しい話だが、要はいろんな用途に用いられるポーションよりも、特定の症状に対して効果を発揮する専門の薬の方が珍しく効果の高い薬ということになるらしい。



「じゃからの坊主。これはあまり表に出さん方がいいシロモノじゃ。こんな薬を作れる人間だと知られたら、すぐに商人や貴族どもが群がってくるぞい。もし、表に出すのならそれら有象無象を跳ね除けるだけの後ろ盾を得んとな。そういう意味では、王族とかは便利じゃぞ?」


「まるで経験したことがある物言いだな」


「ほっほっほ、わしもこの歳じゃ。若い頃はいろいろとあったのよ」



 どうやら実体験を話していたらしく、お爺ちゃん錬金術師が遠い目をしていた。これは、聞かない方がいい雰囲気だな。



 もちろん、赤の他人の過去のことに首を突っ込むほど馬鹿な男ではない俺は、それ以上追及することはしなかったが、一体彼の過去になにがあったのかは気になるところだ。



「で、いくらになる?」


「そうさのう。全部ひっくるめて、二十万ゼゼでどうじゃ?」


「それでいい」



 特に買い叩かれることもなく、相場内の値段だったので、長く交渉することなくお爺ちゃん錬金術師の言った値段で買い取ってもらうことにする。



「爺さん、名前は」


「ほっほ、わしの名はグレリオスじゃ。これでも錬金術界隈では有名人なのじゃぞ」


「そうか、俺は拓内だ」



 いい加減お爺ちゃん錬金術師という呼び名ではあれだったため、俺は彼の名を聞いた。自分だけ相手の名を聞くのもなんだったので、ここで初めてお互いの名を知ることになった。



「じゃあ、また素材を仕入れに来るからその時はよろしく頼む」


「また来るのじゃ」



 そう言って、俺はお爺ちゃん錬金術師ことグレリオスの店をあとにしたのであった。








 ~ Side グレリオス ~



「行ったかの」



 拓内畑羅木がグレリオスの店を去ってすぐのこと、カウンターに並べられた彼の調合した薬を見てグレリオスは年甲斐にもなく興奮していた。



「それにしても、なんちゅうもんを持ってくるんじゃ。これなんぞ見たこともないぞい」



 そう言って、グレリオスは拓内が持ってきた薬の一つである解熱薬を手に取る。彼にとってその薬はまさに値千金にも匹敵するほどの価値があった。



 そもそも、この世界での錬金術師たちの仕事は薬草から錬金術を使って薬を調合するというものなのだが、大抵の錬金術師が調合する薬というものはポーションを指す言葉として認識されている。



 魔力の質によってできあがるポーションの質に差が生じるものの、基本的にはそれほど大きな差異はない。しかし、今回拓内が持ってきた薬は常軌を逸していた。



 この世界では怪我や病気を治癒するために使用する薬はポーションであり、特定の症状にピンポイントで効かせる薬というのは珍しい部類に入る。



 むしろ、一流の錬金術師や薬師であれば素材の組み合わせでそういった薬を生み出すことは決して不可能ではないのだが、門外不出の秘術として扱われることは間違いなく、その秘術によって生み出されたであろう薬がグレリオスの目の前に無造作に存在している。



「これは、扱いを間違えるととんでもないことになるぞい」



 かつて王宮に勤めていたグレリオスにとって、その長年の経験からあの少年がこれから騒動に巻き込まれることを危惧したため、この情報を共有する相手が必要であると感じ、彼はすぐさま少年の持ってきた薬を自身のアイテムボックスへと仕舞い込み、すぐさまある場所へと向かった。



「ほっほ、」


「これは、グレリオス様。すぐにギルドマスターを呼んでまいります」



 商業ギルドを訪れたグレリオスは、すぐにギルドマスターとの接触を試みた。すぐに彼の来訪の知らせを受けたバザックがやってきて、驚いた様子で口を開く。



「まさか、グレリオス様直々にギルドにお越しいただけるとは。使いを出していただければ、すぐに迎えに上がりましたのに」


「そんな回りくどいことをするよりも、直接向かった方が手っ取り早いじゃろう」


「かつて筆頭錬金術師としてその手腕を振るっておられたお方なのです。ある程度の礼節は当然のことかと」


「そんな世辞など、どうでもよい。今日来た用件はこれじゃ」



 あからさまなおべっかを口にするバザックを一蹴し、グレリオスはアイテムボックスから拓内の薬を取り出す。すると、途端に商人の顔になったバザックはそれらの薬を見てそれがどういった薬なのかをすぐに理解する。



「この薬は、あなた様がお作りになられたのですか?」


「いいや、それならここへ持ってきたりはせん。この薬は、ある少年が持ってきたものじゃ」


「少年、ですか」


「そうじゃ。確か、名はタクナイとか言うておったの」


「……」



 偶然にもバザックはその少年の名を知っていた。いや、名を知っているばかりかどういった人物であるかという人となりもなんとなくだが把握していた。



 しかし、もしかすると万が一同姓同名という可能性もあり、バザックはグレリオスに件の少年の容姿を尋ねた。



「グレリオス様、その少年の風貌は茶色い短髪に青い瞳で背丈はこれくらいでしょうか?」


「おお、そうじゃそうじゃ。なんじゃ、知っておるのか?」


「実は……」



 バザックはグレリオスに拓内が自ら大型モンスターを狩猟し納品するお得意様であること、前ギルドマスターであるアントニオを鎧袖一触で倒したことを告げる。



 彼の話を興味深そうに聞きながら、なにかを考えるように顎鬚を撫でつける。



「お主の話とわしの知る少年の話を総合するとじゃ。かの少年は高ランクの大型モンスターを狩猟できる実力があり、錬金術も現役の宮廷錬金術師でも敵わないほどの腕前を有しておることになる」


「もし、それが事実なら……」


「とんでもない怪物じゃの」


「怪物ですか」


「言葉の綾じゃ。どちらか片方の才を持つ者は珍しくはない。じゃが、狩猟と錬金術の両方の才がある者となってくると、わしが知る人間の中にはおらなんだな」


「それほどまでの人物……ということですか?」



 バザックの問いにグレリオスはゆっくりと頷く。そして、これからあの少年の周りで起こるであろう騒動について言及する。



「これを周囲の者たちが知れば、あの坊主を取り込もうと商人や貴族どもが躍起になるじゃろう。それは、避けねばならぬ」


「わかっております。私はこれから商業ギルド本部のギルドマスターに手紙を書きます。商業ギルドの総力を挙げて、彼を守ってみせましょう」


「ほっほ、商業ギルドが後ろ盾となるか。彼奴等との間で戦争が起こるぞい」


「覚悟の上です」


「……あいわかった。わしも、あのお方に手紙を出そう。この国においてそれ以上の後ろ盾はあるまいて」



 こうして、二人の思惑が交差する中、拓内にとって面倒なことに巻き込まれてしまうことをまだ彼は知る由もなかった。

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