18話「錬金術再び」
うどんが完成してから、数日が経過する。マルコの店の客足は、徐々にではあるが増えているようだ。
あれから、シャッキー商会の悪事の証拠を手に入れた衛兵の動きは素早く、翌日にはシャッキー商会に捜索が行われた。
普通ならば衛兵たちの捜査の手から逃れようと抵抗を見せるところであるが、シャッキー本人が昏睡状態で商会を動かせる人間が不在という理由から、問題なく捜査が行われた。
そしたら、悪事の証拠が出るわ出るわで、もはや言い逃れできないレベルの証拠が山積みになったらしい。軽いものだと娼婦の給料未払いから、重いものは禁制の品を扱っていたという証拠まで出てきてこれは完全に黒だという結論となり、本人は意識がないまま牢屋に連行されたようだ。
明確な証拠はなかったが、証拠の裏付けで該当する人間に証言を求めに行ったところ、何人かは行方がわからない状態となっており、おそらくは殺されたかどこか遠くへ連行された可能性が高いということで、その点についても罪に加えられた。
結果としてシャッキーが昏睡状態から目覚めたときには捜査のすべてが終了しており、あとは罪状を決めるという段階まで進んでいた。
当然シャッキーは罪を否定したが、証拠がすべて揃った状態であり、言い逃れはできない。結局、有罪が確定し、彼は処刑される運びとなった。
シャッキーの処刑を決定付けたのはどうやら禁制品を取り扱っていたというものであり、かつてその禁制品によって国が傾きかけた歴史があり、国内はおろか他国でもその品を取り扱うことは御法度とされていたのだ。
なにはともあれ、マルコとマリーの親子を苦しめていたシャッキーはお上の手によって裁かれ、また一つ悪が滅びたのであった。
ん? 俺がやったことが犯罪だって? 住居侵入? 文書偽造? 強制的に眠らせるという名の傷害罪? 証拠はあるのかね?
相手を罪に問いたければ、犯罪行為に及んだという明確な証拠が必要だ。だからこそ、シャッキーは言い逃れができずに処刑されることになった。
逆を言えば、明確な証拠さえなければ罪に問うことはできないのだ。これこそ、完全犯罪である。
地球では、監視カメラや指紋、あるいはDNA鑑定などといった科学を用いた捜査によって完全犯罪というものができないようになっていた。
もちろん、すべての罪を百パーセント明るみにできていたかといえばその限りではないが、それでもかなりの精度だったことは間違いないだろう。
まあ、とにかくだ。俺には罪もない一般人を救うという大義名分があり、相手にはそれがなかった。そして、罪人に対して犯罪まがいなことをするというのは、場合によっては正当化されるということだ。
人を殺そうとする人間は、その殺そうとする人間に殺されても文句は言えない理論と同じである。
そんなことよりも、今は現状の把握が重要なことだとは思わないかね?
さっきも言ったが、店を改善したことで、徐々に客足は増えてきている。これで俺の食生活の向上という壮大な野望が一歩前進したというわけだ。
とりあえず、店についてはマルコとマリーの二人に引き続き頑張ってもらうとしてだ。俺は俺のやるべきことをやるとしよう。
「もう一度、錬金術に挑戦してみるか」
現在、俺が力を入れているのは不労所得の確保である。今までやってきたモンスターを狩ってその素材を商業ギルドに卸すというやり方には不満がある。
まず、モンスターを狩るという行為をしなければならないということだ。これは俺が理想として掲げる不労所得とは言い難く、ただ純粋な労働となってしまっている。
最小限の作業で最大限の利益を得る。これが必須であり、肉体を酷使するなどもってのほかなのだ。要は、働いたら負けというやつだ。
そして、現時点でその最小限の作業という条件を満たしているのが錬金術であると俺は考える。だからこそ、今一度挑戦する価値がある。
だが、錬金術で薬を作って売るという行為にしたって、素材の確保と調合、さらにはできあがった薬の売却という工程が存在しており、完全なる不労所得とは言えない。
それでも、モンスターを狩るという重労働よりは遥かにマシであり、特に命の危険がないという点では優れているはずだ。
「問題はなにを作るかということだな。前は一般的なポーションを作ったが、低級のポーションだと素材の入手は簡単だけど、その分大量に作らないと儲けは出ない。となってくると、汎用性の高い薬ではなく、特定の症状にピンポイントで効力を発揮するタイプの薬がいいと見た」
そういう結論を出した俺は、さっそく街へと繰り出す。その目的は、薬を作る材料の確保である。
「いらっしゃい。おお、お主はあのときの坊やか」
「薬の素材がほしい。一通り売ってくれ」
以前世話になったお爺ちゃん錬金術師のもとを訪ねた俺は、開口一番薬の素材を要求する。特に嫌な顔一つせずお爺ちゃん錬金術師は言われた通りのものをカウンターの前へと並べていく。
「さてさて、これがこの辺りで取れる普通の素材じゃが、こっちの薬草だけは特別でな。結構値が張る」
「いくらだ?」
「そうさのう。今の時期からして、これ一束で五万ゼゼといったところじゃの」
「なるほど」
一応だが、鑑定を使って調べてみたが、お爺ちゃん錬金術師の見立ては正しく、相場は四万五千から六万の間という結果が返ってきた。
問題なのは薬の材料が高価であることではなく、投資した金額を回収できるかどうかである。
「それで構わない」
「ほっほ、そうか。なら全部で七万五千ゼゼじゃ」
特に問題ない値段だったので、素直に支払いに応じる。素材の入った袋を受け取り、軽い挨拶をして俺は店を出た。
これで素材は手に入れた。あとはこれを使って薬を調合するだけである。
「というわけで、宿に帰還」
目的の素材を手に入れた俺は、すぐさま宿へと戻る。できれば調合しているところを見られたくないので、人目のない宿の部屋で調合することにしたのだ。
さっそく調合を開始しようと思ったが、その前に以前購入した錬金術のハウツー本の中に、今回の目的である薬のレシピがないかどうか確認する。
「ふむ、該当する記述はないか」
しかし、そういった記述はなく手がかりのないまま手探りでの作業となるが、それも苦にはならない。
地球では、ただ部屋に引きこもって食っちゃ寝を繰り返すニート生活をしていたわけではなく、日々ネットゲームやパソコンでできるゲームを遊ぶこともあった。その中には、こういった薬を調合してそれを販売するという経営シミュレーションゲームもやったことがあり、レシピもヒントも何もなく持っている素材を組み合わせて自分でレシピを見つけるという仕様だった。
今回もそれと同じであり、レシピがないのならばどういった調合でどんなものができるのかを一つ一つ確認していくだけである。
下手をすればゴミができあがる可能性もあり、せっかくの素材を無駄することになるかもしれないが、そこは勉強料として納得するしかない。
「まずは購入した素材の確認だな」
どういったものを調合するにしても、どんな素材なのかを確認する必要がある。そう思った俺は、お爺ちゃん錬金術師の店で手に入れてきた素材を持ち帰ってきた袋から取り出す。
ちなみに、素材の入った袋は持ち運びが面倒だったので途中でアイテムボックスに収納した。
部屋に備え付けられたテーブルに薬の素材となる薬草やキノコ類、あるいはなにかの生き物の牙や謎の粉末や液体といった一見するとヤバそうなものも含まれていたが、それをすべて鑑定して詳細を確認した。それが以下となる。
・ポムポム草(主に回復ポーションの材料になる薬草)
・スクラ草(すり潰して傷口に塗ると、傷の治りが早くなる。主に回復ポーションの材料になる薬草)
・アブド草(煎じて飲むことで腹痛を軽減する効果がある。腹痛の薬の材料として使われる)
・イッチー草(すり潰して患部に塗ることで、痒みを抑えられる効果がある)
・デトク草(解毒効果のある薬草。解毒以外にも解熱薬や胃薬の材料としても使える)
・ポイゾナル草(一般的に知られている毒草。口にしてしまうと、腹痛や下痢などの症状を引き起こす)
・オウダーハーブ(主に臭い消しに使われるハーブ。たまにだが、料理に使われることもある)
・リィーン草(薬の効果をそれなりに高める効果がある。今の時期は希少で値が高騰している)
・メディスンラットの尻尾(ネズミ型モンスターの尻尾。薬の効果を僅かに高める効果がある。様々な薬の媒体として使用される汎用性の高い素材。リィーン草の代替品としてもよく知られる)
・パラライズマッシュルーム(口にすると麻痺状態となる茸。解毒効果のある薬草と組み合わせることで、麻痺を治す薬ができる)
・キャロットドールの粉末(にんじんの姿をした人形型のモンスターを粉末にしたもの。ちょっとした滋養強壮効果がある)
・ジェルスライムの体液(薬をジェル状にする際に用いられる素材)
「ふむ、いろいろあるな。というか、鑑定が有用すぎる」
先の情報はすべて一つ一つ鑑定をかけた結果なのだが、これだけでもどんな使用用途があるのかを知ることができた。
〈スキル【鑑定】のレベルが5に上がりました〉
うん、まあそうなるよね。ここまでいろんな場面で鑑定を使ってるし、逆にここまでレベルが上がらなかったことの方が不思議だ。
とりあえず、レベルアップは横に置いておいて、今は錬金術である。というわけで、いろいろと試してみることにした。
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