17話「環境改善と潜入ミッション」



「まずは、換気だ。閉じている窓を全部開けてきてくれ」


「はい」



 料理の改善については、マルコに任せるとしてだ。次に俺が着目したのは、店の雰囲気についてだ。



 やはり、日本人としては食事をする店というのは、清潔感があると同時に明るい雰囲気がなければならないものであり、暗い雰囲気の中で食事をするというのは、あまり好ましくない。



 できるだけ店の雰囲気を明るくするために、締め切った窓を開けてくるようマリーに指示を出す。それだけでも多少は室内が明るくなるはずだ。



 あとは、清潔感だが今の店は天井の隅の方に蜘蛛の巣ができていたり、床をよく観察してみると、どういった理由でついたのかわからない汚れやシミが散見された。



「開けてきました」


「よし、次は店内の掃除だ。食事をするところは常に綺麗に保たねばならない。客が気持ちよく食事をしてもらえる環境を整えるのも店の人間の仕事だ」


「はあ」



 そう力説する俺の言っている意味がわからないのか、マリーが曖昧な返事をする。とにかく、今は店を綺麗にする必要があるということだけ言い聞かせ、二人で掃除を始めることにする。



 一体全体どうしてこうなってしまったのだろうかとも思わなくもないが、すべては俺の食生活改善のための布石である。俺の舌を満足させられる料理がないのなら、新たにそういった場所を作ってしまえばいい。



 多少強引だが、この文明力の低い世界で地球と同等レベルのものを望むならば、そのレベルを知っている人間がテコ入れしなければならない。



 それから、店は一時閉店にしてマリーと二人で店内の清掃を行った。普段からあまり掃除に力を入れていなかったということもあって、しっかりと掃除をしたことで普段綺麗になっていなかったところも綺麗になった。



「うっ、この汚れ。頑固で落ちない」



 当然ながら、飲食店ということもあって水を含ませたモップ程度で落ちない汚れも存在する。特に普段から力を入れて掃除をしていなかった場所については、汚れが固形化してちょっとやそっとの掃除ではびくともしない。



「俺がやろう。【ウォッシュウォーター】」



 頑固汚れには、強力な洗浄方法が必要となる。そこで元地球人として思いつくのは、高圧洗浄だ。水を勢いよく噴射することで洗浄力を向上させ、洗剤なしでも頑固な汚れを除去することが可能となる。



 そして、この世界では魔法という便利なものがあり、風魔法と水魔法の同時併用発動を行うことで、地球に存在していた高圧洗浄機と同じ効果のある魔法を再現することに成功した。



「わあ、頑固な汚れがこんな簡単に」


「水を勢いよく噴射すると、強力になる。自然界でも波に打ち付けられ続けた岩を削り取り、穴を開けてしまうことだってある。それだけ水というものは強いんだ」


「へえ」



 俺が魔法で床を綺麗にしてしまったことに驚いているマリーだったが、俺の講釈を聞くと感心した様子を見せる。



 地球には、水の勢いを利用してものを切ることができる水流カッターと呼ばれるものも存在していることからも、水というものには様々な用途がある。



 今回は頑固な汚れを除去するために使ったが、この魔法を人に向けて使えば、スプラッターな話であるが首を刎ねることも難しくはないだろう。



 もちろん、そんなSAN値が下がるような真似をするのは御免被るが、いずれ盗賊とかに出会ってしまうことを考えれば、そういった機会に恵まれる可能性は高いかもしれない。



 そんなわけで、一通り店の床を掃除し、店内の隅で営みをしていた蜘蛛たちを追放した結果、見違えるほど綺麗になった。



「うちの店ってこんなに綺麗だったんだ」


「これを常に保つことが重要なんだ。酒場ならともかく、ここは食事を出す店なんだから、清潔にしておく必要がある」



 それから、一通り綺麗になったことを確認した俺は、また店に来るとマリーに告げ、その日は帰った。



 二日後、再び店を訪れた俺は、マルコの進捗を確かめるべく、厨房へと向かう。



「調子はどうだ?」


「どれどれ」



 一応それらしいものが完成していたようで、試しに飲ませてもらったが、まだどこか物足りなさを感じた。



「なにかが足りないな」


「そうなんですよ。でも、そのなにかが、わからなくて」



 そうマルコに言われて改めて試作スープの味を見る。俺は料理人ではないが、うどんに合う出汁についてはある程度の知識があるため、ここは俺が頑張って答えを導き出すしかない。



 改めて味わってみると、味については少し薄味な気がする。下味がしっかりとついていないのか、もともとこの世界のスープ自体が薄い味付けなのかはわからないが、これではスープがうどんに負けてしまう。



 どっしりとしたうどんを受け止めるだけの濃いめの味付けが必要であり、今のスープではその役目を果たせない。



「もう少し味を濃くすることはできるか?」


「やってみます」



 それからは、あーでもないこーでもないと意見を出し、いろいろと試行錯誤した結果、及第点となる味付けにはなった。



「どれどれ、ずずずず。もきゅ、もきゅ」



 改めてうどんと一緒に食べてみると、悪くはなくうどんとスープとで調和が取れた味に昇華していた。



「うん、これなら店に出しても問題ない」


「それにしても、このうどんという料理は本当にすごいです」



 ようやく完成したことにマルコも安堵の表情を浮かべており、疲れもどこかに吹っ飛んでしまっていた。



 料理が完成したことで、満足した俺はそのまま店をあとにする。かなりの労力を使ってしまったが、これでまともな飯が食べられるようになったことに俺は内心で喜んでいた。



 その後、完成したうどんを店に出したところ、徐々にであるが客足が戻ってきたようだ。これでめでたしめでたしといきたいところだが、そうは問屋が卸さないのはわかっている。



 なにかといえば、シャッキー商会の連中のことだ。このまま奴らが黙っているとは思えない。



 ここ数日は目立った動きはなく、一見すると諦めたかのように思える。だが、商人というものは損をするということがなによりも許せないことであり、それを放っておくことなどあり得ない人種であることを理解している。



 そして、一度しか見ていないが、シャッキーという男は金の匂いを嗅ぎ取ることに関してはかなりの才能を持っているのではないかと俺は思った。



 例え法律に触れるようなことをやっている人間がいたとしても、ある一定の利をもたらすものについて、御上は口が出しづらかったりする。シャッキーという商人は、そういう人間ではないかと考えたのだ。



“金で黙らせる”という言葉があるが、シャッキー商会のやっていることはまさにそれなのではないだろうか。そこのところ、どう思うかねワトソン君?



「いいところで邪魔されるのも癪だし。……消すか?」



 どうせあとになって店の営業を妨害してくることは目に見えている。だったら、今のうちから対処しておいた方が後手に回らずに済む。そう考えた俺は、秘密裏にシャッキー商会へと潜入することにしたのである。



「【トランスペアレント】」



 奴らのアジトであるシャッキー商会の場所を、道すがらに聞きながら向かっていたが、そのほとんどが悪評であった。



 なんでも、見目麗しい若い女を誘拐まがいに攫っては、自身が経営する娼館の娼婦として働かせ私腹を肥やしているらしい。しかも、娼婦に対してまともな給金も出さず、娼婦としての価値がなくなれば、まるで紙屑のようにぽいっと捨てられているようだ。



 ……ふーむ、これはかなりの悪徳商人のようだ。事なかれ主義の俺としては、そんな悪人と関わるのは本意ではない。だが、今回は俺の食生活の向上という重要なミッションの最中である。



 それ即ち、ミッション>悪徳商人と関わる厄介事という方程式が成り立つ。俺にとっては、厄介事よりも食生活の改善の方が何倍も大きな重大事項なのだ。



 というわけで、シャッキー商会にはこの場でご退場願うとしよう。



 そんな黑いことを考えつつ、俺は自身の姿を透明にする魔法を使用して姿を消す。そのまま堂々と入り口から侵入し、親玉がいるであろう執務室へと向かった。



 建物の中は暗い雰囲気に包まれており、中にいる人間もどこか暗くとてもではないがまともな職場とは思えないほどにブラック臭が漂っていた。



 そして、柄の悪い連中も何人か見かけており、まるで盗賊の巣窟のような場所と化している。



(どうやら、ここのようだな)



 建物の奥に行くと、廊下の突き当りに筋骨隆々な男が立っている部屋を発見する。おそらくはそこが商会長の執務室のようだ。



「失礼しました」



 どうやって中に侵入するのかと考えていたその時、部屋の中から従業員らしき女性が出てきた。これ幸いとばかりに、風魔法を使って突風を起こし、その隙をついて開いたドアの隙間から部屋へと侵入する。



 いきなりの突風に驚いている様子であったが、窓から入ってきた急な風とでも思ったらしく、何事もなかったかのように女性はドアを閉めてその場を離れて行った。



「ふむ、今の季節は風が強いな」



 などと独り言ちているのは、先日邂逅したシャッキーその人だ。


 

 相変わらず顔つきが悪徳商人のそれだが、どうやら商人らしく真面目に執務に取り組んでいるみたいで、失礼にも意外だと思ってしまった。



 こういう輩は、扇子片手に「笑いが止まらんのう」とか言ってそうなイメージがあったんだが、俺の勝手な思い違いのようだ。……越後屋?



 それはともかくとして、俺がなぜ危険を冒してまでシャッキー商会へ侵入したのか。その目的は二つある。



 ひとつは、目の上のたんこぶであるシャッキー本人をどうにかするということと、マルコが背負った借金の借用書を奪うことである。



 やってることはこちらが悪人だと指摘されても仕方がないが、もともと法外な利息を吹っかけてきており、法に触れるギリギリのことをやっているのはあちらさんである。正義は我にありだ。



「【スリープ】」


「な、なんだ? 急に眠く……なって……」



 さっそく俺は闇魔法を駆使してシャッキーを昏睡状態にする。これで邪魔者はいなくなったことでマルコの借用書を探しやすくなった。



「これじゃない。これも違う。というか、どんだけ悪事に手を染めてんだこいつは」



 借用書を探している過程でいろいろな悪事の証拠が出てきたため、念のために確保しておく。そして、ようやく目的のマルコの借用書を手に入れた俺は、部屋にあった借金返済完了書にマルコとシャッキーのサインを記載し、執務室に置いてあった承認印らしき判子を押して執務机の上に投げ置いた。



 サインはもちろん偽造であるが、他の書類に書かれていたシャッキーのサインをそのまま魔法でコピペしたものであるため、筆跡自体は本物である。ちなみに、マルコのサインも同じ方法で偽造した。



 さすがに借りたものを返さないというのはどうかと思うので、マルコの代わりに利息分を含んだ百二十万ゼゼの入った袋を置いておく。これでマルコが借りた金も返済完了である。



 傍から見れば、タダで借金を返済する正義の人のように映るかもしれないが、これも俺の戦略のうちである。



 一般市民にとって百万ゼゼというのは大金だろうが、地球で稼いだ金を持っている今の俺にとっては大した金額ではない。



 そして、マルコには今後俺の食生活の向上という重大な役目を担ってもらうのだ。たかが百万ゼゼ如きの借金で潰れてもらっては困るのだ。



「さて、あとはこいつのお仕置きだが……【ナイトメア】」



 俺は大口を開けて眠りこけるシャッキーに悪夢を見せる魔法を使った。すると、途端になにかにうなされる様子を見せる。



 これで俺の目的は達成したため、窓から脱出し、何事もなかったかのように歩き出した。





〈スキル【詠唱破棄】のレベルが4に上がりました〉


〈スキル【風魔法】のレベルが3に上がりました〉


〈スキル【光魔法】のレベルが2に上がりました〉


〈スキル【闇魔法】のレベルが2に上がりました〉





 おっと、今回の潜入ミッションでいろいろとレベルアップしたようだ。そういえば、ここ数日ステータスを確認していなかったので、このタイミングでステータスを確認しておくことにする。





【名前】:拓内畑羅木


【年齢】:十五歳


【性別】:男


【職業】:無職


【ステータス】



 レベル28



 体力:10500


 魔力:13000


 筋力:518


 耐久力:461


 精神力:524


 知力:659


 走力:483


 運命力:2136



【スキル】:鑑定Lv4、成長率上昇Lv3、健康Lv3、アイテムボックスLv7、異世界言語Lv2、


 魔力感知Lv4、無属性魔法Lv3、詠唱破棄Lv4、火魔法Lv2、水魔法Lv2、風魔法Lv3、


 土魔法Lv2、光魔法Lv2、闇魔法Lv2、時空魔法Lv1、回避Lv3、直感Lv3、錬金術Lv1、危険察知Lv3




 レベルは変化していないが、異世界言語がレベル2に上がっている。さすがにこれだけ喋っていれば、レベルも上がるか。



 他には、気づいたら鑑定をするようにしていたので、鑑定のスキルもレベル4に上がっている。



 個人的には時空魔法をどうするかだが、できれば転移魔法とか覚えられたら有難い。便利そうだしね。某国民的RPGにもあったル〇ラだル〇ラ。



 ステータスの確認が終わった俺は、密かに衛兵の詰め所にシャッキー商会で手に入れた悪事の証拠を匿名で投函した。あとは、彼らに任せるとしよう。



 こうして、一つの悪は人知れず滅び、街に平和が訪れたのであった。でめたしでめたしってな。

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