16話「○○を作ってみた」
「ほう、これは」
テーブルに置かれたのは、深皿に入った料理だった。
一見するとスープだが、スープの具材としては今まで見たことのない具材が浮かんでいた。
「では、いただこう」
そう言うと、俺はスプーンでそれを掬う。そして、よく観察してみると、それは地球にいた頃にもあった具材であることに気づいた。
「パスタか」
「パスタがなにかはわかりません。いろいろと試してみたものです」
「なるほどな」
それはパスタのニョッキに近い形状をしており、使われている食材もおそらくは小麦だ。
パスタはスパゲッティなどの麺状のものもあれば、マカロニのように短いものも存在する。
「どれ、はむっ。もぐもぐ……」
なにはともあれ、口にしてみなければ美味いかどうかわからない。ものは試しとばかりに、俺はそのパスタもどきを食べてみた。
口に入れると、ぐにゃりとした触感と小麦の風味が口の中に広がり、それが絶妙なハーモニーを奏でて……はいなかった。
「不味い。これじゃあただの小麦粉の塊だ。それに多分だが、小麦粉を水でこねただけのものだろう。そして、致命的なのはスープが薄味すぎることだ。これでスープの味が濃ければまだ具材として成り立ったが、薄味すぎるが故に小麦の味がダイレクトに伝わってしまう」
「はあ、そうですか」
「ちょっと、厨房を借りるぞ」
そう言って、俺は席を立ち店主の返事を待たず厨房がある方へと歩き出す。
相変わらず薄暗い雰囲気だが、意外にも厨房は清掃が行き届いているらしく、それなりに清潔が保たれていた。
「とりあえず、今から言う材料を用意してくれ。小麦粉、塩、水だ」
「わ、わかりました」
戸惑う店主だったが、俺の指示したものを用意してくれる。そして、準備が整ったところで俺は店主にこう告げた。
「じゃあ、今からうどんというものを作ってもらう」
「うどん、ですか」
「そうだ。まずは水に塩を加えて食塩水というものを作る」
俺が作ろうとしているもの、それはうどんだ。うどんは日本人にとって欠かせない食べ物であり、昔から慣れ親しまれてきた食べ物でもある。
料理がからきしの俺だが、小学生の家庭科の授業でうどんの作り方を教わり、なぜか知らないがそれをいまだに覚えており、その記憶が役に立った。
「そして、適当な容器に小麦粉を入れる。大体これくらいだ」
「はあ」
「それから、さっき作った食塩水を回し入れながら手早く小麦粉をかき混ぜる。このとき、ダマができないように注意する」
俺の言われた通りに店主が手を動かしていく、最初は半信半疑であったが、料理のときは集中力が増すのか、次第に真剣な表情へと変化していく。
「ある程度混ざったら、生地を押さえつけながらまとめて、一つの塊にする」
「はい」
「生地がまとまったら、それを平らな場所に移して体重をかけながらこねていく。生地が平たくなったら、三つに折りたたんでまた同じようにこねる。これを二、三繰り返す」
「はい」
厨房に中年の料理人が少年の指示で料理をするという異様な状況が生み出されている。不思議な光景だが、今はそんなことはどうでもいい。
「よし、それくらいでいい。あとはこのまま三十分から一時間ほど寝かせる。このとき容器に入れて布を被せておくことを忘れずに」
しばらく待ち時間があるため、ここで一旦解散の運びとなった。その時間を利用して、俺は市場へと向かう。そして、必要な調味料やらなんやらを買い、肉屋にも寄ってあるものを入手する。
「待たせた。じゃあ続きといこう」
あとは簡単で軽く生地をこねなおし、適当な棒を麺棒の代用として生地を伸ばし、それを何度か繰り返す。このとき、打ち粉をすることを忘れないようにしなければならない。
そして、ある程度生地を伸ばしたらそれを三つ折りにして適当な太さに切っていけば完成である。
「できました」
「うん、それでいい。これが、うどんだ。じゃあ、次はつゆの方といきたいところだが、とりあえずうどんの味を確かめてみよう」
次に作るのは、うどんを食べるためのつゆの作製だ。本来なら、
があればよかったのだが、残念ながらそんな便利な調味料はこの世界には存在しない。仮に存在していたとしても、ごく限られた一部の地域のみで流通しているだけだろう。
となってくればだ。つゆ自体を自作しなければならない。だが、つゆについてはかなりの時間がかかることが予想されたため、先にうどんの味を確かめるべく調理することにする。
調理といっても、特別な調理法があるわけでもなく、ただ沸騰した鍋にうどんを潜らせ茹でるだけである。
湯にうどんを潜らせること数分、茹で上がったうどんを鍋から取り出し、そのまま水にさらして熱を取る。熱が取れたら器に入れて完成である。
「できました」
「では、食べてみるとしよう。つゆがないから、今回は塩をかけて食べる」
ようやく完成したうどんだが、まだつゆができていない。そのため、今回は塩だけで食べることにする。
「どれどれ、ずずずずず。もきゅ、もきゅ」
「……」
口の中に入れると、もちもちとしたうどんの食感と小麦の風味が口の中に広がる。懐かしい味に浸っていたいところだが、俺が食べる様子を見守る二人の手前彼女らをそのまま無視するわけにもいかない。
「うん、悪くない。二人も食べてみるか?」
「いいのですか?」
「食べたいです」
美味しそうに食べる俺を見たからか、食べてみるか聞いたところ、二人とも試食したいという返事が返ってきた。本人たちの希望通り器にうどんを入れ、塩を振ってから手渡してやる。
「はむっ、はむっ」
「こ、これは……なんというか」
よく聞く話に、麺類をすすることができるのは東洋人くらいだと聞いたことがある。どうやらその説は間違っていないようで、俺のようにすすることができずにフォークを使って口の中に押し込むようにして食べていた。
「美味しいです」
「もっちりとした食感がなんとも言えないですね。作り方を知っていれば簡単にできるところも素晴らしい」
二人が初めて食べたうどんの感想は好感触だったようで、器に入れた分のうどんは瞬く間に二人の胃袋へと消えた。
「あとは、この麺に合うつゆ……スープができれば完成なんだが、俺は料理ができない。うどんに合うスープ作りは、あんたがやってもらうことになる」
こちらの世界にうどんが通用するか不安だったが、二人の反応から見てそれは杞憂に終わりそうだ。あとは、つゆを作るだけなのだが、残念ながら俺ができるのはうどんを作るところまでである。
「なにもかもお客さんの手を煩わせるわけにはいきません。このうどんに合うスープを作ってみせます!」
「一応、魚介系のスープが合うはずなんだが、市場には魚の類は置いてなかった」
残念ながら、俺が今拠点としている街コミエには、近くに海の類は存在していないらしい。河川くらいはあるだろうが、そこの川魚が市場で並ぶということはなく、冒険者などが川で魚を取って焼いて食べる程度である。
「一番近い海となると、隣国になりますね」
「なら、この辺りで取れる食材を使ったスープを作るしかない」
俺としては、出汁は魚介系のイメージが強い。特にうどんのつゆには、確実にかつお節が使われている。そのため、うどんのつゆ=魚介系という連想になるのだが、肝心の魚介系の食材がこの辺りでは取れないようだ。
「せめて、醬油があればな」
「醬油ですか」
「大豆という豆から作られる調味料なんだが、聞いたことないか?」
「さて、そういったものは聞かないですね。仮にそんな調味料があるのなら、お貴族様に買い占められてしまうでしょうし」
とにかく、今はうどんに合うつゆを作ることが急務であると店主に説明する。そういえば、まだ二人の名前を聞いていなかったな。
「こんな素晴らしい料理を教えていただいてありがとうございます。私は、マルコといいます」
「私はマリーです。今日は、本当に助けていただいてありがとうございました」
「拓内だ。連中のことについては気にしなくていい。それよりも、あんたは今すぐにスープ作りに入ってくれ。君はこっちへ」
そう言って、俺はもう一つの改革案を実行するために厨房をあとにした。
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