14話「新しいギルドマスター」
「そこの少年、止まりなさい」
「……」
商業ギルドでの一件から数日が経過し、俺は街をふらふらと歩いていた。あれから、定期的に森に出たりポーションを作ってみたりラジバ……いや、なんでもない。
とにかく、マイペースに自分のやりたいことだけと過ごしていたが、どうやら運命は俺に平穏を与え続けてはくれないようだ。
とまあ、哲学的なことを考えいたのだが、そんな俺に背後から声をかけてくる人間がいた。ワンチャン俺じゃないことを期待して、そのまま無視して歩いていたのだが、どうやら声をかけてきた相手は俺らしく、再び声が上がる。
「止まりなさいって言ってるじゃない。そこの君だよ君」
「……」
「むぅ、君だよ!」
「え? 俺?」
もしかしたら、俺じゃない誰かも自分のことだと気づかないで歩いていることに賭けてそのままその場から退散しようとしたのだが、最終的に声を掛けてきた人物に肩を掴まれ、無理矢理振り返させられてしまった。
そうなるとさすがに俺じゃないと否定するのは難しく、仕方なく対応することにした。しかし、振り返った先にいたのは、妙齢の美女であった。
よくある金髪碧眼の美女というものだが、実際にそれが目の前に現れるとなんとなく「実在していたのか」という気分になり、感慨深い気持ちになってくる。
端正な顔立ち、均整の取れた体つき、そしてメロンのように大きな乳房、なにもかもが完璧な姿の絶世の美女がそこにいた。
「そうよ。さっきから声をかけてるじゃない」
「で、俺になんの用だ」
「私の名前はキャロライン。【戦乙女(バトルプリンセス)のキャロライン】って言えばわかるかしら?」
「なんだその恥ずかしい通り名は?」
「恥ずかしくないわよ! これでも元Sランク冒険者として結構有名なんだから!!」
俺の冷ややかな感想に抗議の声を上げるキャロラインであるが、俺からすればどう考えても恥ずかしい通り名である。
しかしながら、周囲の彼女に対する反応は好意的なものが多く、彼女の言っていることが間違っていないことを証明していた。
「で? そのバンドルプリンさんが一体俺になんの用なんだ? 俺はこれでも忙しい身(自分の人生を謳歌するのに)なのだがね?」
「バトルプリンセスよ! こほん、私が新しく赴任した冒険者ギルドのギルドマスターよ」
「ほう、あんたがねぇ」
そう言われて、俺はキャロラインを頭のつま先から足の先まで舐めるように見る。このとき、さり気なく彼女の形のいいおっぱいに視線が吸い寄せられそうになったが、なんとか耐えた。
だが、仮に彼女がアントニオの代わりに冒険者ギルドのギルドマスターをやるのだとして、なぜ俺に接触してくるんだ?
そんな俺の疑問に答えるように、次の彼女の言葉が解決してくれた。
「というわけで、君も冒険者登録をしない?」
「はあ?」
「聞いたけど、君冒険者ギルドにも商業ギルドにも登録してないって話じゃない。理由はわからないけど、それは損だと思うわよ」
ふん、なにを言うかと思えば、この俺に定職に就けというのか? この究極完全体ヒキニートのこの俺様に。
だが、損という言葉を聞いて実際なにが損なのかを確かめたくなった俺は、彼女にこう切り返した。
「その損とは一体なんだ? 説明してくれ」
「まず、冒険者ギルドに登録すれば、狩ってきたモンスターの買い取りができるわ」
「それは、商業ギルドで間に合ってる」
「それに、それに準ずる依頼があれば追加報酬も出るし」
「モンスターを買い取った金で十分だな。わざわざギルドに登録する必要性を感じない」
それから、なんとか俺を冒険者ギルドに取り込もうといろいろなメリットを提示してきたキャロラインであったが、その度に俺があーだこーだと反論し、ひとつひとつ彼女の主張を潰していった。
そして、彼女の言い分がなくなったところで、俺はここぞとばかりに反撃に出た。
「じゃあ今度は俺の番だな」
「え?」
「あんたは冒険者ギルドに登録した場合の利点を提示した。だが、交渉事において重要なのは利点だけではなく、欠点も提示しなければならない。その欠点を今から教えてやる」
「欠点?」
「まず、冒険者ギルドに登録をすると、当たり前だが最低ランクの駆け出し冒険者からスタートする。そうなった場合、先輩を自称するチンピラ冒険者から絡まれ、指導と称して殴る蹴るなどの暴行をされた挙句、指導料として金を盗られる」
「そ、それは」
俺の説明にキャロラインはたじろぐ。俺の言っていることが事実である証拠だ。
「そして、ギルドの職員にも問題があり、特定の冒険者に対するあからさまな贔屓が散見され、最悪の場合依頼の報酬や素材の買い取り金が職員によっては上下することもある」
「ぐ」
「それに加えて、これは先に挙げたチンピラ冒険者との兼ね合いもあるが、依頼は冒険者の間で取り合いになることもあり、先にこちらが依頼を受けていたにもかかわらず、あとからやってきて「先に依頼を受けたのは俺たちだ」と言ってくる場合もある」
「……」
「そして、なによりも「冒険者は自由だ」と言っておきながら、スタンピードなどの緊急事態が起きた場合、ギルドが出す緊急依頼を強制的に受けさせられることもまた欠点だ。そして緊急依頼を受けなかった場合、ランク降格やギルドでの査定評価が下がり、次のランクに上がりにくくなるなどのペナルティがあり、最悪の場合ギルドからの除名処分もあり得る。まだまだあるが、聞くか?」
「いえ、もう十分よ」
「少なくとも、俺を冒険者にしたいのなら、あんたは俺の言ったギルドの欠点を改善しなければならない。この欠点は、この世に存在するすべての冒険者ギルドで改善されなければならず、そうならない以上、俺が冒険者になることは絶対にない。わかったか?」
「……」
俺がダメ押しで止めを刺すと、キャロラインは肩を落としてとぼとぼと帰って行った。どうやら、俺の指摘した欠点を改善することはできないと判断したらしい。
そもそも冒険者ギルドとは、まともな職に就けない荒くれどもが定職に就くための最後の拠り所としている側面があり、どうしてもガラの悪い連中が集まってくる場所だ。
そして、冒険者ギルドがなければ盗賊に身を落としていた人間も少なくなく、どうしても荒事が日常茶飯事になってしまう部分がある。
キャロラインが大人しく引いたのは、そういった冒険者ギルドが抱える解決するのが困難な根の深い問題を俺が指摘したからであり、彼女が理解していながらもずっと目を逸らしてきた問題でもあるのだ。
誰だって最初は見習いから始まり、下積み時代を経て一人前となる。おそらくだが、俺が指摘したことを彼女自身が経験したことがあるのではないかと俺は思う。
どちらにせよ、そういった欠点を抱えている以上、俺が冒険者になることはないし、何よりもニートを自称する俺としては、冒険者に欠点がある以前に「働いたら負け」という感覚がある。そのため、冒険者ギルドにかかわらず定職に就くことはないのである。
だからこそ、この世界で働かなくてもいいようなまさに魔法のようなお金が発生する錬金術である不労所得を得ようと模索中なのだ。
地球にいた頃はそういったもの(株)があったので問題はなかった。しかし、この世界には働かなくてもお金が入ってくるシステムというものがない。
「待てよ。俺がなにかの商品のアイデアか実物を作って販売することを提案して、その商品が売れれば一個売れるごとにいくら入ってくるという話くらいはあるのでは?」
不労所得について考えていると、この世界でも実現可能な内容がふと頭に浮かぶ。だが、すぐに冷静になって考えてみると、現実問題難しいという話に至る。
理由としては、まず恒久的に安定した利益を出し続けることのできる商品の提示だ。いくつかは候補としてすぐ思いつくものがあるが、それは地球で受け入れられている商品であって、この世界でも同じように受け入れられるとは限らない。
第二にそういった商品を提示したことで、被るであろう面倒事の対処である。いくら不労所得を得ようとも、それをチャラにするほどの厄介事を抱えてしまっては意味がない。
権力者に目を付けられたり、新たな商品の提供を求められたり、甘い汁を吸おうと揉み手ですり寄ってくる者も出てくるのは想像に難くない。
多くを望むことは我が儘だとは思うが、少なくとも下手に目立つことだけは避けねばならない。……ん? もう大型モンスターの納品で目立ってるって? それはそれ、これはこれだ。
「……腹が減った。飯にするか」
ちょうどそのタイミングで小腹が空いた俺は、ある場所を目指して歩き始めた。
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