13話「その後の顛末と三つの選択をした者たち」



「というわけだ」


「なるほど、どうりで弱いわけだ」



 あれから、応接室に案内された俺は、トロール……アントニオが元Aランク冒険者であるにもかかわらず、なぜ実力がなかったのかについての説明を受けた。



 なんでも、彼が所属していたパーティー自体がSランクのパーティーであり、それに引きずられる形でアントニオのランクも特例でAランクになっていたようなのだ。



 実力的には、ぎりぎりBランクの下位に届くかどうかでしかなかったのだが、他のメンバーの実力との兼ね合いで、前任の冒険者ギルドのギルドマスターが彼を独断でAランクに引き上げてしまったらしい。



「いやいや、そうは言うがねタクナイ君。それでも彼はBランクの実力は持っている。それを、ああもあっさりと倒してしまうとは……」


「たまたまだ」


「あの戦いをたまたまで片づけるのは、言い訳としては苦しいと思うのだがね」


「……」



 バザックの鋭い指摘に、俺は沈黙で答える。本人がたまたまだと言ったら、たまたまなのである。



「ところで、あのトロールが捕まったら、冒険者ギルドのギルドマスターはどうなるんだ?」


「ああ、そのことか。それなら問題はない。冒険者ギルドの本部も奴の素行の悪さはすでに調査済みだ。今回のことがなくとも、いずれギルドマスターの地位から引きずり下ろされていただろう」


「なるほど」


「すでに後任のギルドマスターも決まっている。あんなどうしようもない奴とは比べ物にならないほどにできた人物だ」


「はむはむ、そうか。なら、これで一件落着だな」



 お茶請けで出されたクッキーをまるでハムスターのようにはむはむしながら、バザックの話を聞く。うん、地球産のクッキーとはいかないまでも、悪くはない。



 それから、当初の目的であるウルフの素材の買い取りの話になった。状態が良くなにより一定数が揃っているということで、多少色を付けてもらうことになった。おそらくは、助けた礼のつもりなのだろう。



「というわけでだ。今回の査定額は、ウルフの素材三十三匹分、二十二万ゼゼほどでどうだろう?」


「内訳を聞いてもいいか?」



 少し気になったので、買い取り額の内訳を聞いてみると、すんなりと教えてくれた。



「まず、肉は一キロあたり四百五十ゼゼで十七万一千ゼゼだ。相場は五百だが、鮮度の関係でこの量を短期間に捌けるか問題があるため、相場よりも少し安い買い取り金となっている」



 これについては、食材である以上しかたのないことなので納得だ。俺が頷くと、バザックが続きを話し出す。



「そして、残りの牙と毛皮だが、低ランクのモンスターということでそれほど金額は高くない。牙が一つ二百五十ゼゼで毛皮が一枚につき四百ゼゼだ」


「なるほど」



 すべての買い取り金の合計は、しめて十九万二千四百五十ゼゼとなる。そこに色をつけて二十二万ゼゼということだろう。



「……これで、商人どもに一泡吹かせられるというものだ(ボソッ)」


「なにか言ったか?」


「いや、こちらの話だ。それでこの買い取り金で問題ないだろうか?」


「ああ、問題ない」


「なら、すぐに金を持って来させよう」



 それから、しばらく世間話をしながら金が用意できるのを待つ。その会話の流れで、俺が討伐したモンスターの話になった。



「それにしても、この短期間で三つ目熊やウルフファングなどという大型モンスターが出没するとは……。まさか、スタンピードの予兆ではないだろうな」


「なんだそのスタンピードというのは?」


「ん? タクナイ君は知らんのかね。スタンピードとは、なにかの要因によって引き起こされるモンスターの大量発生のことだ。大量発生するモンスターの大抵は低ランクのモンスターだが、いかんせんその数が多くてね。そしてなによりも、スタンピードによって発生したモンスターのほとんどが、人間の生活圏である街を襲うことがわかっているんだ。神話ではモンスターは人間の数を減らすために邪神によって作られた生物であるため、人間に対する敵愾心が強い。スタンピードが起こったとき、人間に対する本能が呼び覚まされるらしいんだ」


「ふーん、スタンピードね」



 なんか、妙なフラグを踏み抜いた気がするのは俺だけだろうか? こりゃあ、面倒に巻き込まれないようにすぐにこの街から逃げた方がいいかもしれない。



 などと考えつつ、ウルフの買い取り金を受け取った俺は、意気揚々と商業ギルドをあとにしたのであった。















 ~ Side 魔王 ~



 拓内畑羅木が転生する十数年前からある躍動が始まっていた。



 その圧倒的な力を持った存在は、まるで本能に突き動かされるようにある行動を取り始める。その行動とは……。



「此度のスタンピードはどうか」


「はっ、数は申し分ありません。人間どもにも多くの被害がでることでしょう」



 そう部下が締めくくると、それは大きく頷いた。彼の名は、デルガザール。畑羅木が転生することになる世界の魔王である。



 しかしながら、彼の前世もまた地球の日本のとある上流企業に務めていたサラリーマンであった。



(まさか、異世界に生まれ変わっても人の仕分けをすることになるとはな……)



 デルガザールの前世だったサラリーマン時代、彼は人事部に配属されており、その仕事は能力のない人間を解雇する所謂リストラ切りであった。



 リストラされた社員の中には、彼に恨みを持つ者も少なくなく、事あるごとに自分のクビを撤回する要求をされる日々を送っていた。



 幸いにして、彼の人を見る目は確かであり、今までクビにした人間はなにかしらの問題を抱えている社員が多く、その社員たちを一掃したことで、会社の業績が目に見えて右肩上がりになっていた。



 そして、そんな日々を送っていたある日、通勤途中だった彼に不幸が訪れる。なんと、いきなり彼に向かってトラックが突っ込んできたのである。



 ブレーキをかけることなく轢かれた彼は即死で、運転手は彼がくクビにしたある男だった。



 突如として人生を奪われた彼だったが、捨てる神あれば拾う神ありなどという言葉もあるように、彼には転生のチャンスが与えられた。



 魔王・勇者・賢者の中で彼が選択したのは魔王であり、前世と同じく生きとし生けるものの選別を行うことにしたのである。



「ところで、勇者や賢者についての情報はどうか」


「はっ、未だ情報は入らないとのことです」


「で、あるか」



 デルガザールは、転生する際に選択肢を提示されたとき、ある可能性を考えた。それは三つの選択肢があるということは、自分が選ばなかった残り二つの選択肢を選んだ人間がいるという可能性だ。



 自身が魔王という役割(ロール)を行うからには、当然対抗馬となる存在である勇者と賢者が邪魔をしてくるのは必定だ。それを見越して、彼は部下に勇者と賢者の情報を長きに渡って探らせていたのである。



「まあいい。いずれそれらの存在は、我ら魔族にとって障害となる敵だ。そのことを徹底周知させよ」


「はっ」



 こうして、魔王の選択肢を選んだ男の人類選定という名の侵攻を続けていったのである。








 ~ Side 勇者 ~



「はっ」


「おぉー、さすがはアデルだ。村一番の剣士様は伊達じゃねぇな」



 そう絶賛する彼の友人である若い村人の目の前に、根元から切られた巨木があった。それを成したのは、一人の青年であり、言わずもがなのちの勇者アデルである。



 魔王の出現から十数年後、とある村にアデルという男の子が誕生する。それが、のちの勇者アデルである。



 彼の前世は元日本代表候補の剣道選手であり、日本の剣道を背負って立つとまで言われた存在であった。しかし、彼にある不幸な事故によって彼の日本代表の夢は潰えた。



 それは、彼がコンビニを利用しようと立ち寄った際、たむろしていた不良どもに絡まれ、喧嘩になったときに起こった。ある不良がコンビニの側にあったバス停の時刻表を持ち上げ、それを彼に振り下ろしたのだ。



 咄嗟に右腕で受け止めたため、最悪の事態にはならなかったが、それが原因で右の筋を痛めてしまったのだ。



 当然そんな状態で剣道などできるはずもなく、彼の日本代表の道は閉ざされてしまった。



 それを悲観してなのかはたまたそれ以外の理由なのかは定かではないが、最近姿を見せないことを不審に思った友人が彼のマンションを訪ねたところ、天井から首を吊ってぶら下がっている彼の変わり果てた姿を見ることになってしまった。



 自らの命を絶つほどに悔いがあった彼だが、そんな彼にも救いの手を差し伸べる存在がいた。そして、正義感の強い彼が選択したのは勇者であった。



 いずれは魔王と戦うことになる運命と知りながらも、世のため人のために正義の道を突き進む姿に彼は子供の頃から憧れを持っていのだ。



「アデル」


「父さん?」



 そんな青年アデルのもとにある日父から呼び出された。そして、衝撃の事実を知らされることとなる。



「アデルよ。驚かないで聞いてほしい。おまえは、勇者なのだ」


「あ、うん。そうなんだー」


「……あまり驚いていないようだな」



 それはそうである。今回の転生は彼の意思で行われており、しかも自分自身が勇者として生きる道を選択しているのだ。そんな人間に今更「おまえは勇者だ」と言われても精々「うん、知ってた」と返されるだけである。



「とにかく、おまえも十五になった。これから、魔王を討つべく仲間を集める旅に出ろ」


「わかった」



 こうして、魔王討伐のため勇者アデルの旅が始まったのである。









 ~ Side 賢者 ~



「火よ、我がもとに集い敵を討て【ファイヤーボール】! ふむ、これでも発動するみたいね。他にはどんな発動方法があるのかしら」



 そう口にするのは、賢者を選択したフラメールである。彼女もまた魔王の彼や勇者の彼と同じく、転生のチャンスを与えられた人間の一人であった。



 彼女の前世はプロゲーマーであり、日々技術向上として様々なゲームを実践していた。そのストイックさは時に過激さを増し、二十四時間の中で睡眠が三時間、それ以外の食事や排泄などといった最低限のこと以外はすべてゲームに充てていたのである。



 未だ二十代と若かった彼女だが、そんな無茶な生活を続けて無事で済むはずもなく、その反動はすぐに訪れた。



 いつものようにゲームのモニターに集中していた彼女であったが、胸に激しい痛みを感じる。



 睡眠時間を削り、眠気をエナジードリンクでごまかす不摂生な生活を送っていれば体にガタが来るのは自明の理であり、心臓発作に見舞われた。カフェイン過剰摂取による急性心筋梗塞である。



 もともと一人暮らしだった彼女の急病に気づける者などおらず、連絡が取れないことを不審に思った家族が彼女を見つけたときには、すでに彼女が死んでから一週間も経ったあとであったという。



 魔王の事故、勇者の自殺のどちらでもなく、不摂生による急病というなんとも特殊な死に方であった彼女だが、彼女が転生時に選んだのは賢者であった。



 もともと、現実でも魔法が使えたらなという思いがあった彼女が、魔法の専門家とされる賢者を選ぶことは必然であったのかもしれない。



 そして、今度は急な病で死ぬことのないように、彼女は多少無理の利く体を願った。今度こそ完璧な自分を目指すためという身勝手なものであったが、その願いはかなえられたのである。



 あれから、彼女が転生して五十年以上が経過しているが、その姿は未だ二十代前半という若さを保っており、その姿が老いる様子はない。



 それを利用して彼女は魔法に関するトライアンドエラーを繰り返し、賢者と呼ばれるに相応しい魔法の使い手にまでなっていた。



「そういえば、そろそろ勇者が旅に出る頃とか言ってたわね。転生の条件が勇者を導けとかあるし、そろそろ私も動かなきゃならないわね」



 自身においてずぼらな彼女ではあるが、他人のことでは多少の配慮ができるらしく、転生の条件を律儀にも守ろうとしていた。



 こうして、賢者を選択したフラメールもまた、魔王と勇者の戦いに関わることになるのだが、そんな最中、とある無職の男がこの世界にやってくることになるということを魔王も勇者も賢者も誰も知る由もなかったのであった。



 というよりも、一応天使からそのことを聞かされているのだが、誰もそのことを覚えている者などいなかったのである。

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