12話「冒険者ギルドのギルドマスター」




 翌日の朝、肉屋で解体してもらったウルフの素材を売りに行くため、俺は再び商業ギルドを訪れた。



 すると、なぜか前に来たときよりもギルド内にいる商人たちの人数が増えていることに気づく。



「来た」


「あれが、例の少年ですか」


「そうです。彼が【大物狩り(ジャイアントキリング)】の少年です」



 などという話が聞こえてくる。おいおい、大物狩りって一体誰のことだ? まさか、俺じゃあないよな?



「これはタクナイ様! 本日はどういったご用件でしょうか?」



 さっそく受付カウンターに行くと、受付嬢が快く迎え入れてくれる。どうやら、前々回、前回と大物を持ち込んだことでVIP待遇に昇格したらしい。



「昨日持ってきたウルフファングと戦ったときにウルフも何匹か狩ったんだが、今日はその素材を買い取ってもらいに来た」


「はあ、ウルフですか」



 俺の言葉に、受付嬢が明らかにがっかりした雰囲気になる。いやいやいや、そうそう毎日大型モンスターを持ってこられるわけないでしょ。漫画や小説じゃないんだから……。



 俺と受付嬢の会話を盗み聞きしていた商人たちも「なんだウルフか」と落胆の声を上げていた。一体俺をなんだと思っているのだろうか? 一度真正面からの話し合いが必要な気がする。



 そんな俺の心情を読み取ったのか、ひとつ咳ばらいをすると、受付嬢が必要な情報を聞いてくる。



「数はいかほどでしょう?」


「ええと、肉が三百八十キロほどで毛皮が頭以外の全身丸ごと三十三枚に牙も同じく三十三匹分だ」


「……すみません。もう一度おっしゃっていただいてもよろしいですか?」



 にっこりと笑顔を張り付けたまま、受付嬢が聞き返してくる。どうやら、俺の言ったことが聞こえなかったというわけではなく、言った内容が信じられなかったといったところか。



 だから、もう一度同じ内容を復唱してやると「少々お待ちください。ただいま責任者を呼んでまいります」と言ってギルドの裏手に走って行った。



「聞きましたか?」


「今回は期待外れかと思いましたが、儲けられそうですね」


「飲食店を運営している私としては、肉が欲しいところですな」



 などと、待っている間商人たちが今回のウルフの素材についての利益について頭の中でそろばんを叩いているらしい。



「またお前さんか。それで、今日はウルフの素材を大量に持ってきてくれたと聞いたが?」


「ああ、買い取りと頼み――」


「邪魔するぜ」



 しばらく待っていると、そこに商業ギルドのギルドマスターであるバザックがやってくる。俺が再び彼に説明しようとしたところで、それを遮られるように商業ギルドに来客があった。



「アントニオ……」


「え? 猪木?」



 バザックが口にした名前に往年のプロレスラーを思い出し、思わず振り返る。しかし、そこにいたのはあの大人物ではなく、彼とは似ても似つかぬ巨漢の大男であった。



「誰?」


「冒険者ギルドのギルドマスター、アントニオだ。元Aランク冒険者で、かつては【巨漢(ビッグウォリアー)のアントニオ】としてその名を馳せていた男だ」


「へぇ」



 特に興味のなかった俺は、バザックの説明におざなりな返事をする。その間にも、のしのしという効果音が似合うほどにアントニオがこちらに迫ってくる。



 そして、ニタニタという顔を張り付けながら、俺を見ろしながら口を開いた。



「おまえが最近大物のモンスターばかり狩ってる小僧か?」


「アントニオ。いきなりやってきてなんだその態度は!」


「うるせぇ! 金稼ぎしか能のねぇ奴は黙ってろ!! おい、小僧。冒険者ギルドに入らねぇか? おまえほどの腕がありゃあ、すぐに高ランクの冒険者になれるぞ」


「断る」



 どうやら、アントニオの目的は俺を冒険者ギルドに勧誘することだったらしく、高圧的な態度で俺を勧誘する。



 しかし、残念ながら俺の目標は定職に就いて安定した収入を得ることではない。働かなくても勝手にお金が入ってくる不労所得を獲得し、日々をゆったりまったりと過ごしたいというものだ。



 人はそれを怠惰と呼ぶようだが、働かずに安定した収入を得られるのであれば、それに越したことはないだろうし、そんな魔法のような手段があるのなら誰でもそうしているだろう。



「断る? はんっ、おまえに拒否権などはない! これは決定事項だ!!」


「いい加減にしろアントニオ!! これ以上の狼藉を働くのなら、こちらにも考えがあるぞ?」


「ほう、どうするってんだ?」


「……冒険者ギルドの本部にこのことを告発する。もともと、おまえの素行の悪さは有名だからな。本部もすぐに動いてくれるだろう」


「そんなことを俺様が許すと思ってるのか? ええ、バザック」



 そう言うが早いか、アントニオがバザックに迫っていく。至近距離まで到達したアントニオの拳がバザックに直撃するかに思えた刹那。その拳は俺の手によって止められた。



 自分の拳を止められたことに一瞬戸惑いを見せるアントニオであったが、すぐにニヤつかせた顔を浮かべ挑発的な言葉を放つ。



「タクナイ君」


「なんだ小僧? 俺様の邪魔をする気か?」


「逆だ」


「なんだと?」


「俺がおまえの邪魔をしてるんじゃない。おまえが俺の邪魔をしているんだ」


「はっ、上等だ! まずはてめぇから血祭りにあげてやるぜ!!」



 まさに一触即発の光景であったが、先に動いたのはアントニオだった。先ほどよりも数段勢いのある拳を突き出してきたアントニオであったが、ただの直線的な攻撃が俺に当たるはずもなく、難なく回避する。



 この程度の攻撃であれば、まだウルフファングの方が強かった。本当にこいつ元Aランク冒険者なのか?



 相手の攻撃を不審に思った俺は、一度アントニオの能力を調べるため鑑定してみた。その結果がこれだ。ワンツースリー。





【名前】:アントニオ


【年齢】:四十一歳


【性別】:男


【職業】:冒険者ギルドギルドマスター


【ステータス】



 レベル36



 体力:7000


 魔力:1000


 筋力:258


 耐久力:211


 精神力:174


 知力:189


 走力:153


 運命力:66



【スキル】:怪力Lv3、鋼体Lv3、タフネス向上Lv2





 え? なにこれ? これが本当に元Aランク冒険者の実力なのか? 全然大したことないんだが。



 スキルの関係なのか体力は高いようだが、それ以外がまったくといっていいほど振るっていない。まるでハリボテだ。



 俺が奴のステータスにどぎまぎしている間も、猛烈に攻撃を仕掛けてくるアントニオであったが、当然ステータス的に格上である俺の敵ではないため、頭の中で考え事をしながら奴の攻撃を回避する余裕さえある。



「すごい」


「あのギルドマスターの攻撃をこうも容易く避けるとは」


「さすがは【大物狩り】だ。やはり体格の大きな相手との戦いに慣れている」



 おいおい、それはこのおっさんに失礼だろう。まあ、見た目の醜さで言えばトロール的ななにかだと言えなくもないが、一応言葉を喋っているあたり人間であることは確かだ。まあ、ぎりぎりだがな。……おや、俺の方が失礼だったかな?



「まさか、これほどとは」


「これなら三つ目熊やウルフファングを狩って来れるのにも頷けます」



 そして、バザックといつの間にか彼の隣にいたガジェットがそんな感想を漏らしている。まあ、そいつらは偶然作戦が上手くいって倒せただけで、実力じゃないんだけどな。



 そんなこんなでアントニオの攻撃を避け続けることしばらく。どうやら、体力が尽き始めているらしく、ぜえぜえと肩で息をする姿が見受けられる。うん、あの息絶対に臭いだろ。



「はあ、はあ、てめぇ! いい加減ちょこまか逃げてないで、正々堂々戦いやがれ!!」


「いきなり襲い掛かってきたのはそっちだろう」


「うるせえ!」


「まあ、おまえの意見にも一理ある。では、ここから反撃といこうか。【ブラインド】」



 そろそろ、奴の攻撃を避けるのにも飽きてきた。そろそろ決着をつけるべく、俺は行動に移る。まずは、相手の視界を奪うべく、闇属性の【ブラインド】という魔法を使う。



「うわっ、なんだ!? 前が見えない!」


「【フレイム】、【ウォーター】、【ブロウニードル】、【サンドウインド】」


「あちちちちち、冷たいっ、いてててててて、ケツになんか刺さった、ぺっ、ぺっ、砂が口の中に」



 俺は相手を殺してしまわないよう最大限の手加減をしつつ、魔法でアントニオを翻弄する。視界を奪われ、右も左もわからない状態での魔法攻撃に対処できず、ただいいようにやられている。



「これでとどめだ。【ロックレガース】からの延髄蹴り!」


「ぐべらばっ」



 最後の仕上げとばかりに、脛部分に岩を纏わせる魔法を使い、そのままアントニオの背後に回り込む。無防備になっている奴の後頭部に、渾身の一撃を見舞ってやった。



 いきなりの衝撃に襲われたアントニオの体が吹き飛び、そのまま裏庭へと叩き出される。そこにはうつ伏せに倒れ込んで身じろぎひとつしない奴の姿があった。



「元気ですかぁー! 元気があればなんでもできる。バカヤロー!!」



 などと例の人物の名言を口にするも、周囲の反応は明らかに「いやいや、元気じゃなくしたのおまえだろ!!」という心の声が漏れ出ていた。



 そんな状況の中、俺の中でいろいろと状況が変化していた。まずはこれを見てほしい。



〈拓内畑羅木のレベルが28に上がりました〉


〈スキル【成長率上昇】のレベルが3に上がりました〉


〈スキル【健康】のレベルが3に上がりました〉


〈スキル【魔力感知】のレベルが4に上がりました〉


〈スキル【詠唱破棄】のレベルが3に上がりました〉


〈スキル【火魔法】のレベルが2に上がりました〉


〈スキル【回避】のレベルが3に上がりました〉


〈スキル【直感】のレベルが3に上がりました〉


〈スキル【危険察知】のレベルが3に上がりました〉




 ……うーん、やっぱそうなるのね。



 アントニオと戦う前からなんとなく察していたが、どうやら人間と戦ってもレベルは上がるらしい。



 まあ、モンスターと人間とで戦った時に得られる経験値が違うというのは道理に合わないから、こうなるのは理解できるのだが……。まあ、ひとまずは鑑定しておくか。





【名前】:拓内畑羅木


【年齢】:十五歳


【性別】:男


【職業】:無職


【ステータス】



 レベル28



 体力:10500


 魔力:13000


 筋力:518


 耐久力:461


 精神力:524


 知力:659


 走力:483


 運命力:2136



【スキル】:鑑定Lv3、成長率上昇Lv3、健康Lv3、アイテムボックスLv7、異世界言語Lv1、


 魔力感知Lv4、無属性魔法Lv3、詠唱破棄Lv3、火魔法Lv2、水魔法Lv2、風魔法Lv2、


 土魔法Lv2、光魔法Lv1、闇魔法Lv1、時空魔法Lv1、回避Lv3、直感Lv3、錬金術Lv1、危険察知Lv3




 感想があるとすれば、圧巻の一言だな。体力と魔力が一万の大台に乗った。否、この場合乗ってしまったと言うべきなのだろうか?



 そして、謎なのは結構喋っているのに【異世界言語】のレベルが上がらないということだ。成長率が上昇しているにもかかわらず上がらないということは、レベルが上がるのにかなりの経験値が必要ということなのだろう。



 そんな感想を抱いていると、なにやら商人たちの会話が聞こえてくる。



「なんで、顎がしゃくれてるんでしょう?」


「さあ、彼の出身地特有の挨拶では?」


「相手を殴り倒して「元気ですか?」と顎をしゃくらせながら叫ぶ挨拶って……」



 などといった具合に、俺とアントニオとの勝負を見ていた商人たちが、そんなことを口にする。彼らの意見はもっともなものであり、とてもではないが反論できない。



 本家はビンタをお見舞いするのだが、どうやら今回はやりすぎてしまったらしい。



「ま、まあ、とにかくだ。タクナイ君、助けてくれてありがとう。あのままでは、私は彼に殴り倒されていただろう」


「自分のためにやったことだ。気にするな」



 それから、商業ギルドで暴れたということでアントニオは兵士に連行されていった。俺も詳しい事情を説明するため詰め所に連れて行かれそうになったが、そこは商業ギルドのギルドマスターという権限を持ったバザックが間に入ってくれ、面倒なことに巻き込まれずに済んだ。



 こうして、中年トロールとの戦い……もとい、冒険者ギルドのギルドマスターアントニオとの戦いは、俺の圧勝で幕を閉じた。

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