11話「ウルフの解体」
「まさか、ウルフファングがあれだけの金になるとはな。Cランクは伊達じゃないってことか」
ウルフファングの買い取り後、商業ギルドからとある場所に移動していた。あれから、商人が俺に直接依頼を出そうと詰め寄ってくるのをギルド職員たちが必死に止める一幕があり、いろいろとひと悶着あったが、俺がギルドに登録していないということで、その場はなんとか収拾させた。
もちろん、そのあとで商業ギルドに登録しないかという勧誘を受けたが、丁重にお断りした。俺が目指すのはニートであって商人ではないのだ。
その代わりといってはなんだが、今度はちゃんと名乗った。これで俺の名前がギルドに知られることになるが、まあヤバくなったら次の街へ逃走すればいいだけの話なので、問題ない。その点もニートの良いところである。
とまあ、そんなことはさておいてだ。今俺が向かっているのがどこなのかといえば、肉屋である。
というのも、あれからウルフファングの買い取りは無事に終わったとさっき言ったが、まだ俺のアイテムボックスには眠っているものがある。そう、ウルフたちである。
話を聞いてみたが、どうやらウルフは牙や毛皮や肉など有用性のある素材が取れるのだが、ギルドでの買い取りとなると死骸丸ごとでの買い取りではなく、素材そのものの買い取りになってしまうと告げられたのだ。
つまり、ウルフを買い取ってもらうには、ウルフを解体し、それらの素材に加工してからギルドに持ち込まなければならないということだ。
しかしながら、当然だが俺にウルフを解体する技術などあるはずもなく、どこかウルフを解体できるところはないかと聞いてみると、先ほどの肉屋を紹介されたのだ。
最初は冒険者ギルドを紹介されたのだが、ギルドに登録していないことを告げると、次点としてその肉屋が候補にあがった。
その際にいろいろと話を聞いてみたのだが、冒険者ギルドはギルド登録をすればモンスターの死骸や素材の買い取りはもちろんのこと、ギルドに併設されている解体場も利用することができるというメリットが存在するらしい。
だが、メリットにはデメリットも存在するのは当然で、非常事態が起きた際に出される緊急依頼に強制参加させられるらしい。拒否すれば、最悪の場合冒険者資格を剥奪され、二度と冒険者ギルドに登録できなくなってしまうようだ。
まあ、俺は元から冒険者をやるつもりはない。だから、問題はないのだが、バザックから一応注意しろと忠告をもらった。
なんでも、冒険者ギルドのギルドマスターは強引な人間のようで、有能な人物をあの手この手を使ってギルドに所属させているらしい。
そんなこんなで目的地に向かって歩くこと数十分、肉屋に到着した。
「いらっしゃい、なんの肉が欲しい?」
「いや、肉じゃなくて解体を頼みたいんだけど」
「なら、裏へ回んな」
肉屋には解体された肉が所狭しと並んでいた。一見するとなんの肉かはわからなかったが、おそらくはなんらかのモンスターの肉なのだろうことは想像に難くない。
特に肉には興味がないので、すぐにウルフの解体を頼むと、店の裏手へと案内される。そこはある程度のスペースが確保されており、解体する場所としてそこを使っているらしい。
所々に血がこびり付いて酸化したような黑いシミがあり、あまり長居したいと思えるような場所ではない。
「ところで坊主。解体するもんはどこだ?」
「ああ、ここだ」
「なるほど、アイテムボックス持ちだったか」
肉屋の店主に聞かれたため、俺は一匹だけウルフを取り出す。俺がアイテムボックス持ちだったことに関心を示すが、すぐ解体の話になった。
「一匹だけか?」
「あと三十匹くらいいるけど」
「はあ!? そんなにか。うーん、とりあえずあっちに全部出しといてくれ」
そう言われたので、指示された場所にウルフたちを取り出す。最初は半信半疑だった肉屋の店主も、積み重なっていくウルフの死骸を見て「本当に三十匹あんのかよ」とぼやいていた。
「とりあえず、この量だとそれなりに時間がかかる。今日の夕方以降になっちまうが、構わねぇか?」
「ああ、問題ない。じゃあ、時間になったら取りに来るから、あとはよろくし頼む」
店主の返事を待たずに、俺は解体場をあとにする。一秒でもこんなところにいたくなかったからだ。
適当に時間を潰し、空が茜色に染まる頃合いを見計らって俺は再び肉屋を訪れる。
「おう、お前さんか。出来とるぞ」
俺の姿を見た店主がすぐに反応し、解体場へと赴く。そこには、大量の牙と毛皮、それに肉が置かれていた。
「とりあえず、三十三匹で解体の手数料だが、一匹につき五十ゼゼだから……えーと」
「千六百五十ゼゼだな」
「ははっ、計算が早いな。ところで、ものは相談なんだが、ウルフの肉をいくつか買い取らせてくれないか? 買い取りは、一キロにつき五百ゼゼ、三十キロほどほしい。いくらになる?」
「一万五百ゼゼだ。解体の手数料を引くと、一万三千三百五十ゼゼになる」
「んなら、ちょっくら待っててくれ。金を払う」
多少強引な交渉だったが、目の前にある肉の量はどう見ても一人が消費するには多すぎる。
ウルフの総重量が平均すると五十から六十キログラムで、そのうち食肉可能な部分が十二から十三キログラム程度ある。つまりは、俺の手元には四百キロ近い肉の塊があることになる。とてもではないが、一人で食べきれる量ではない。
店主もそれを理解しているらしく、だからこそ肉屋で引き取ると言ってくれたのだ。だが、肉屋でも引き取ることができる量に限界がある。それが三十キロということなのだろう。
「ほらよ。受け取れ」
「んっ」
肉屋から差し出された金を受け取る。これで取引が完了したのだが、問題は残った肉と素材の運搬法である。
俺をこの世界に送り出してくれたAngelからもらったチートの数々は、特別仕様であるとは聞いている。しかし、未だレベルの低いアイテムボックスでこの大荷物を運ぶことができるかと問われれば、わからないというのが正直なところだ。
「どうするよこれ? 坊主のアイテムボックスに入りきるか?」
「やってみる」
ものは試しとばかりに、俺は肉塊をアイテムボックスへと収納する。しかし、二百キロを超えたところで、どうやらいっぱいになってしまったらしく、それ以上収納することができなかった。
「どうやら、これ以上は入れられないようだ」
「じゃあ、明日また取りに来るか?」
「うーん、そうするかな。……あっ、いや、ちょっと待ってくれ。あの手が使えるかもしれん。ちょっと、試してみる。【取り出し】」
店主にそう告げ、俺は一度収納したウルフの肉すべてを取り出した。
「【収納】」
そして、再び肉を収納する。それを何度か繰り返していると、俺が待っていた情報が告げられた。
〈スキル【アイテムボックス】のレベルが3に上がりました〉
よし、思った通りだ。どういうことかというと、自主的なスキルのレベル上げを行ったのである。
例えば、腕立て伏せをすれば、腕の筋肉が鍛えられる。腹筋をすればお腹の筋肉が鍛えられるといったように、スキルにもある特定の行動を取ることでそれが熟練度として溜まっていき、一定数を超えるとレベルアップするのではないかと俺は考えた。
根拠としては、今までレベルの上がったスキルはそのスキルに関連する行動を取っており、具体的に【火魔法】と【水魔法】を比較するとよくわかる。
この世界に来てから火魔法を使ったことは、火魔法を覚えようとして使った一度だけであり、水魔法は三つ目熊やウルフファングと戦った時に何度か使用している。
俺の理論が正しければ、使用頻度の低い火魔法は未だレベル1であるのに対し、水魔法はレベル2となっている。そのことからも、火魔法と水魔法を比較したとき、水魔法の方がレベル2になるための要素である熟練度や経験値といった類のものを多く獲得していたということになるのではないだろうか。でなければ、レベルに差が出るはずがない。
そして、アイテムボックスの熟練度として適切な行動は、やはりものを出し入れするという行為ではないかと予想したのだ。
先ほどアイテムボックスのレベルが上がったことを考えれば、俺の予想通りとなるのだが……。
「【取り出し】、【収納】、【取り出し】、【収納】、【取り出し】……」
レベルが上がったことで、収納できる容量が増えたらしく、さっきよりも多くの肉を収納できるようになった。
ということはだ。収納できる量が増えたことで、レベルアップに必要な経験値が増えたことになる。それがもたらす結果は……。
〈スキル【アイテムボックス】のレベルが4に上がりました〉
ですよねー。そりゃあそうなっちゃいますよねー。
しばらく、ウルフの肉を使ってアイテムボックスのレベル上げを行った。店主からは「なにをやってるんだこいつは?」という訝しい目で見られたが、そんな目など気にすることなく、俺はアイテムボックスの出し入れを行った。その結果がこれである。
〈スキル【アイテムボックス】のレベルが7に上がりました〉
うーん、なかなかいい感じになった。アイテムボックスのレベルが5を超えたあたりで、すべての肉塊を収納できるようになったが、さらにレベルを上げるため、出し入れ作業を続行した。
その結果、アイテムボックスのレベルを7まで上げることに成功したのである。
個人的にはどこまでレベルアップするのか検証したいところだったが、レベル5に上がったところでレベルアップに必要な出し入れ回数がかなりのものになってしまった。そのため、そのあたりで検証をやめた。
時間帯的にも外が暗くなり始めており、これ以上続けていては店主にも迷惑がかかりそうだったため、そこは空気を読んだ形になる。俺は、空気の読める子なのだ。
もっとも、用が済んだのに店の解体場でひたすらアイテムボックスにものを入れたり出したりする人間という時点で迷惑がかかっていたかもしれないが、そこはご愛嬌である。
「世話になった」
「おう、もう気が済んだのか?」
「ああ、お陰様でな」
最後に店主に礼と挨拶をして、俺は肉屋をあとにした。
余談だが、帰り際に「次からはそういうのはどこか他所でやってくれ」と小言をもらったのは言うまでもない。
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