10話「決着、そして大騒ぎ」



「ガアアアア」



 迫りくるウルフファングに、俺は覚悟を決める。体内の魔力を高め、その肉体を強化し襲い来る衝撃に備えた。



 すぐにウルフファングの爪攻撃が俺の肩に直撃する。しかし、魔力を高めたことでその防御力が向上し、爪が肩に食い込むだけにとどまっていた。



「ここだぁー! 【ストーンウォール】!!」



 肩の激痛に耐えつつ、俺はウルフファングを囲むようにストーンウォールを展開する。その目的は逃げられないようにすることで、これで準備が整った。



「これで終わりだぁー! 【ピラーストーン】! そして、必殺のウォーターシャワぁぁぁぁぁぁあああああ!!」



 俺はウルフファングの爪を弾き飛ばし、そのまま奴の顔面へと接近する。それに対処するべく、ウルフファングも口を大きく開き、そのまま俺を噛み砕こうとした。



 だが、そうは問屋が卸さないとばかりに、ウルフファングの口の中に石柱を出現させる魔法【ピラーストーン】を唱え、口を閉じれないようにする。そして、ここが正気とばかりに先ほど使おうとしたウォーターシャワーによる溺死作戦を決行したのである。



 初手で使ったウォーターシャワーは残念ながら避けられて不発に終わってしまったが、退路を断って口を閉じられない状態にしてしまえば、その限りではない。



 地上で活動している生物のほとんどは肺呼吸に頼っている。もちろん、地上でも肺呼吸を行わない生物……例えば昆虫類なども存在するが、獣系統の生き物はほぼほぼ肺による呼吸で生命を維持している。



 そして、そんな生物相手に肺を水でいっぱいにすればどうなるのか? それ即ち、死である。



「ゴボボボボボ」


「オラオラオラオラオrrrrrぁー、もっと飲めや!」



 巻き舌になりながらも、俺の手から放たれた水がウルフファングの口に吸い込まれていく。その水は瞬く間に胃をいっぱいにし、行き場を失った水が次に到達する場所は肺である。



「水から始まる一気のコール、このまま飲まなきゃ悔いがのこーる」



 どこかで聞いたことのあるフレーズを口にする。どうやら、形勢が逆転したことで心に余裕が出てきたようだ。



 ウルフファングも最後の抵抗とばかりに口の中の石柱をどうにかしようとするも、身動きが取れない状態かつ体内に水を流し込まれている非常事態に冷静な対処ができないでいた。



 そして、放たれた水が肺すべてを満たすと、俺は石柱を砕き、今度はウルフファングの口を閉じさせる。



「おら、最後まで味わえ!」



 そう言いながら、ウルフファングの口部分を抑え込み、水を吐き出させないようにする。ウルフファングも酸素を求めて抵抗を試みるも、口を抑え込まれているため上手く水を吐き出せない様子だ。



 なんとか俺を振りほどこうと顔を振るも、ここで手を離せば反撃されることは想像に難くない。俺とて命懸けなのだ。この死のロデオ、最後まで付き合おうじゃないか。



 激しく暴れるウルフファングであったが、徐々にその力が抜けて行くのを感じる。そして、とうとう力尽きたウルフファングの体が地面に横たわる。



「はあ、はあ、はあ、はあ」


「……」



 手を離すと、そこには舌をだらんと出した物言わぬ死骸となったウルフファングの姿があった。その口からは、今更ながら大量の水が流れ出しており、ようやくウルフファングの体内から放出された。



「勝った、のか?」



 生き残ることに必死だったため、状況をすぐに飲み込めずにいた俺だったが、告知がきたことで現実に引き戻される。






〈拓内畑羅木のレベルが20に上がりました〉


〈スキル【鑑定】のレベルが3に上がりました〉


〈スキル【成長率上昇】のレベルが2に上がりました〉


〈スキル【健康】のレベルが2に上がりました〉


〈スキル【魔力感知】のレベルが3に上がりました〉


〈スキル【無属性魔法】のレベルが3に上がりました〉


〈スキル【詠唱破棄】のレベルが2に上がりました〉


〈スキル【水魔法】のレベルが2に上がりました〉


〈スキル【土魔法】のレベルが2に上がりました〉


〈スキル【回避】のレベルが2に上がりました〉


〈スキル【直感】のレベルが2に上がりました〉


〈スキル【危険察知】のレベルが2に上がりました〉






 おおう、さすがに死闘を繰り広げただけあって、レベルアップが激しい。改めてステータス確認してみると、こんな感じになっていた。





【名前】:拓内畑羅木


【年齢】:十五歳


【性別】:男


【職業】:無職


【ステータス】



 レベル20



 体力:6200


 魔力:7100


 筋力:358


 耐久力:311


 精神力:344


 知力:459


 走力:333


 運命力:1466



【スキル】:鑑定Lv3、成長率上昇Lv2、健康Lv2、アイテムボックスLv1、異世界言語Lv1、


 魔力感知Lv3、無属性魔法Lv3、詠唱破棄Lv2、火魔法Lv1、水魔法Lv2、風魔法Lv2、


 土魔法Lv2、光魔法Lv1、闇魔法Lv1、時空魔法Lv1、回避Lv2、直感Lv2、錬金術Lv1、危険察知Lv2





 ……うん、ツヨクナリマシタネー。シャロスの森に来る前と後では大違いだなー。



「どうしてこうなった?」



 確かに、俺の望みはレベルを上げて強くなることであった。その目的は達成されたと言っていい。だが、強くなる幅が大きすぎると思うのは俺の気のせいだろうか?



 それに、初心者向けの場所にいきなりCランクモンスターが出現したことにも違和感がある。一体全体この森でなにが起きているのだ?



 いろいろと突っ込みたいところではあったものの、これ以上の森での活動は危険と判断し、ウルフとウルフファングの死骸をアイテムボックスへと収納して、俺は街へと帰還した。



 余談だが、このときアイテムボックスのレベルが上がったのは言うまでもない。








 ウエストリアへと帰還した俺は、一度宿へと戻ることにする。時間帯はちょうど昼飯時であり、なにか腹に入れたい気分だったからだ。



 適当なランチを注文し、腹が膨れた俺はそのまま商業ギルドへと向かった。



「あの少年だ」


「ああ、またなにか狩ってきたのか」


「大物なら是非とも仕入れたいところですな」



 そんな声が聞こえてきたが、特にこちらにしゃべりかけてくるということはなかったので、そのまま受付へと向かう。



「いらっしゃいませ、本日はどのような用件でしょうか?」


「またモンスターをとってきたから査定をお願いしたい」



 俺の言葉を聞いていた周囲が騒ぎ始める。収拾がつかなくなりそうな気配を感じた受付嬢が機転を利かせて裏庭へと案内する。



 当然だが、話を聞いていた商人たちも後ろからついて来ようとしたが、関係者以外の立ち入りを禁止ということで他の職員に止められていた。



「では、ここに出してもらいますか」


「ん」



 そう言われたので、俺はアイテムボックスからウルフファングの死骸を取り出す。すると、受付嬢が尻もちをついて驚いていた。



「こ、これは?」


「ウルフファングだ」


「Cランクモンスターウルフファング……」


「これはまた、大物を狩ってきましたね」



 受付嬢が腰を抜かしている中、そこに現れたのは、ガジェットだった。そこには驚きと呆れの表情が入り混じっていたが、すぐに「これを査定しなきゃならんのか?」という言葉が聞こえてくる顔になっていた。



「一応聞きますが、これを一体どこで?」


「シャロスの森だ」


「シャロスの森ですか? あそこは確か駆け出し冒険者が利用する森だったはず。こんな大物が出るなんて聞いたことがないですよ」


「おお、またどえらいのを持ってきたな」



 ガジェットと話をしていると、そこに商業ギルドのギルドマスターであるバザックがやってくる。どうやら、騒ぎを聞きつけてやってきたらしい。



 そして、先ほどと同じくウルフファングの出所の話になり、それを聞いたバザックが真剣な表情を浮かべる。



「今の話は本当か?」


「ああ、本当だ。大体嘘言う意味がないだろ」


「……確かに。となると、些かきな臭いことになってきたな」


「ギルドマスター?」



 そのまま黙り込んでなにやら考えているバザックを訝しく思ったガジェットが問い掛けるも、彼の返事を遮るようにその場が騒然となった。



「な、なんだ!?」


「ガジェットさん、ギルドマスター! もう限界です!!」


「我々では、彼らを押し留めることができません!!」



 そう言ってその場に現れたのは、裏庭についてこようとした商人たちであり、ギルド職員の制止を振り切って半ば強引にやってきたらしい。



 俺がアイテムボックスから取り出したウルフファングの死骸を目の当たりにすると、途端に興奮した様子を見せる。



「おお、今回の獲物はウルフファングですか」


「かなり状態がいいようですな。これなら五万ゼゼは下らない」


「おっと、抜け駆けは感心しませんな」



 突然の出来事に裏庭にいたメンバー全員の対応が遅れ、俺を取り囲むように商人たちが詰め寄ってくる。



 目的は言わずもがなウルフファングの買い取り交渉であり、その金額はギルドが提示した三つ目熊の代金よりも遥かに低いものだった。



 おそらくは買い叩こうとしていることはなんとなく理解できるが、すでにDランクの三つ目熊の買い取り額を知っている身としては、その腐りきった商売根性に呆れの感情しか浮かばない。



 そのことを伝えるため、俺はジト目のままバザックに視線を向けると、俺の意図を察知した彼が声を張り上げた。



「このウルフファングはすでにギルドでの査定を行っている。個人での買い取り交渉は認められない」



 それを聞いた商人たちがブーイングの嵐だったが、彼が睨みつけると途端に黙り込んだ。さすがはギルドマスター。威厳があるようだ。



 そして、査定が終了しガジェットから査定金が提示される。



「今回のウルフファングですが、状態がかなりいいです。これだけ毛皮に傷が付いていないものは珍しく、なかなか出回らない品だと判断しました。よって、通常の買い取り金は十六万ゼゼですが、その分上乗せして二十万ゼゼでいかがでしょう?」


「あ、ああ。それで問題ない」



 どうやら、また大金が懐に入ってくるようだ。

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