8話「今の時代金を稼ぐならやっぱモンスター討伐っしょ」
~ Side バザック ~
金を受け取り去って行く少年の背中を見送った私は、ガジェットに詳細を聞く。
「あの少年、何者だ?」
「わかりません」
「お前にも、名乗らなかったんだな」
「はい」
名前を知られたくないということなのだろうが、それにしては顔を隠すようなことはしていない。それ以前に、こんな目立つ行動をして名前を隠す意味があるのかと疑問に思いたくなるが、あの少年の中で特別ななにかがあるのだろうと自身を無理矢理に納得させた。
さて、問題はこのあとだ。あの少年から状態のいい三つ目熊を手に入れることができた。それ自体は重畳だ。しかし、これほどまでの品を商人どもに見られたのはまずかった。
あの金の亡者どもめ。あろうことか、これほどの品を二、三万ゼゼなどというふざけた金額で買い叩こうとしやがった。
商いをする人間としては、できるだけ良い品であり、かつお金をかけずに手に入れたいという気持ちはわからんでもない。だが、それと今回のことはまったくといっていいほど別物だろうが!
「それにしても、よかったのですか?」
「なにがだ?」
「三つ目熊の買い取り金のことです。確かに状態はかなりいいですが、まさか七万ゼゼで買い取られるとは」
「それくらいの価値はあると私は見た。それに、ここであの少年に恩を売っておけば、またいい儲け話をもってきてくれそうだったんでな」
「なるほど」
私がそう言うと、納得したとばかりにガジェットはにこりと笑う。実際、あの少年は異質な存在であると私の勘が言っている。恩を売っておくことに越したことはないだろう。
「それに、あの商人どもに一泡吹かせてやるいい機会だ。そのためにも、ある程度買い取り金は高くしておかなければ」
「今回もギルドを押しのけて買い叩こうとしてましたし、ここは連中を黙らせる意味でも、問題ないかと」
そう言いながら、ガジェットが暗い笑みを浮かべる。こいつもいろいろと商人には手を焼いている口だからな。日頃の鬱憤を晴らすという意味でも、私の意見に賛成らしい。
まあ、商人どもには相場よりも高い値段を吹っかけるのは確定事項として……だ。問題は、あの少年をどうするかだ。
聞けば商業ギルドにも登録をしていないらしく、登録を勧めてみたが、すげなく断られてしまった。
ますますもって訳ありの線が強まったが、犯罪者でなければ商業ギルドはいかなる者も拒むことはない。まあ、彼については接触する機会を増やすことでいろいろと素性を調べていくとしよう。
「とりあえず、これを解体部へ運んでおけ。毛皮は小切りにせず、できるだけこのままの姿で剥ぎ取るように」
「わかりました。そのように指示しておきます」
そうガジェットが答えるのを確認した私は、その場をあとにした。あの少年が何者なのか、その正体を必ず暴いてやる。
「まさか、七万ゼゼで売れるとは。こっちの方が儲かりそうだ」
商業ギルドをあとにした俺は、そんなことを呟きながらほくほく顔で街を歩いていた。今回のことでギルドに目を付けられたなどという考えはこの時の俺にはなく、今後の収入源としてモンスター討伐もありではないかと検討し始める。
しかしながら、モンスターを相手にするということは、大なり小なり命の危険を伴うというリスクが存在し、確実性に乏しい収入源である。
今回ギルドに売り払った三つ目熊も、なんとかぎりぎりのところで勝つことができたに過ぎず、安定した供給を行うのであれば、もう少し安全マージンを取る必要がある。
それに、モンスターと戦うということは、多大なる労力を使うことであり、それこそ地球にいた頃の肉体労働者となにも変わらない気がした。
だが、錬金術のように素材と技術が必要なわけでもなく、現状最も簡単に金を稼ぐ方法としてはこれ以上のものはない。必要なのは己の身一つなのだから……。
さらに言えば、今後なにかトラブルに巻き込まれた時、純粋な戦闘力は必要になってくるだろうし、己を鍛えるという意味においてもモンスターとの戦闘は避けられない。
「そうと決まれば、まずは必要な情報収集だ」
そして言うが早いか、俺は欲しい情報を得るため、本屋へと向かう。そして、そこでモンスターに関連する情報が書かれた書物を購入する。
そうこうしているうちに夕方になってしまったため、一度宿に戻って翌日からモンスター討伐に向かうことにした。
「身分証を」
「持ってない」
「なら、通行料銀貨一枚だ」
翌日改めて街の外へ繰り出すべくウエストリアの正門前にやってきた。出入りする人の列に並ぶことしばらくして、ようやく自分の番が回ってきたのだが、ここで自分が身分を証明するものを持っていなかったことに気づく。
仕方ないので、兵士に銀貨一枚を支払い、門を潜った。街に出入りするだけで合計銀貨二枚の出費は痛いが、この際仕方がない。
ウエストリアから徒歩三十分程度のところに【シャロスの森】呼ばれる場所が存在する。
比較的規模の小さな森として多くの冒険者が足を運ぶ場所でもあり、生息するモンスターも駆け出し冒険者向けの個体が多い。
「よし、予習はばっちり。今回の狙いは、ウルフだ」
今回俺が狙っているのは、Gランクモンスターのウルフである。ある一定の群れを形成する習性があり、規模が大きいものでは三十を超える群れを作ることもある。
そのため、個体としての強さはGランクではあるが、群れとして見た場合その危険度はFランクに分類されており、駆け出し冒険者が一人で戦うのはあまりおすすめしない。
「まあ、ニートでぼっちな俺に仲間がいるはずもない。ここはソロ一択だ」
異世界ファンタジーお決まりの冒険者ギルドで仲間を募ったり、奴隷を買って戦力を補強するなどという方法もなくはない。だが、そのためにはギルドで冒険者として登録しなければならない。そして、奴隷についてもいろいろと厄介な制約がある。
この世界の奴隷は、異世界でよくあるような奴隷とは異なり、どんな目に遭わせても構わないなどという人権を完全に無視したものではない。ある程度の衣食住を保証し、決して道具のように粗雑に扱ってはならないという法律が存在する。
それは性奴隷なども例外ではなく、法を破れば厳しい罰則が下され、最悪自身が奴隷の身分に落とされかねない。
俺の場合あまり人と関わること自体苦手ではないが、面倒くさいと感じる部分があり、だからこそ地球ではヒキニートをやっていたところがある。そんな俺が人様の衣食住を保証できるほどの甲斐性があると思うかね? 逆の意味で、舐めてもらっては困る。
もちろん、今もそして地球にいた頃も金に困ったことはないため、生活費だけなら出せなくはない。しかし、生活するための炊事洗濯、そしてその他諸々の生きていくために必要な家事全般の技術が欠如しており、だからこそかつての俺の部屋は山ができるほどにゴミで散乱していた。
まさかそれが原因で天に召されることになるとは思わなかったが、今はこうして再びヒキニート生活の基盤を確保するべく、動き出している。
「お、いたいた」
そんなこんなで森を散策することしばらくして、三匹のウルフのグループを発見する。まずは手頃な群れを見つけて徐々に慣らしていくつもりだったので、さっそく戦っていくことにする。
元地球人として生き物を傷つけることに忌避感を覚え、攻撃を躊躇う人間がいるとよく聞く。だが、世界は弱肉強食ということを知っている俺にとっては笑止なことである。
熊を駆除する役目を担っているマタギと呼ばれる猟師のところに、動物愛護団体の人間がやってきて「熊を殺すな」と宣った。当然マタギは彼らの言葉に耳を貸すことはなく、逆にこう問いかけたのだ。
「おまえらが熊に襲われた時、誰がおまえらを助けるんだ?」
その言葉に連中ははっとした。マタギが生活していたのは森の奥深くの場所であり、高確率で熊が出没する場所でもあったのである。
そのことに気づいてしまった青ざめる連中に、マタギはニヤリと笑いながらさらにこう続けた。
「まあ、熊に襲われてもおまえらが動物愛護団体だと名乗れば、熊も襲うのをやめるかもな」
その皮肉を聞いて、彼らはすごすごと去って行った。世の中はすべて綺麗事で成り立っているものではなく、どこかで必ず凄惨な出来事が起きている。
我々が普段口にしている牛肉や豚肉も、肉に加工する業者が牛や豚を殺して肉にしている。日本人のソウルフードである米も、生きている植物を刈り取って米として加工しているのだ。
もう一度言うが、世の中は綺麗事では済まないことなどいくらでも存在する。そして、異世界という場所は人の命が軽くすぐに人が死んでしまう世界なのだ。
生き物を殺すのはかわいそうだとか、殺すことはできないだといか言っている場合ではないのだ。殺さなければ殺される。それがこの世界の唯一絶対のルールなのである。
「てことで、初めましてウルフたち、そしてさようなら……【マジックボール】!」
自然界の摂理に従い、俺はウルフたちの前に躍り出る。そして、間髪入れずに魔法を使用してウルフたちを強襲した。不意を突かれたウルフたちはなす術もなく、俺のマジックボールの餌食となり、帰らぬ人となる。いや、この場合帰らぬ狼か?
そんなことはともかくとしてだ。強襲は見事に成功し、あっという間にウルフの死骸が三つ手に入った……かに見えた。
「ん? まだ一匹息のあるやつがいたか」
「ワォォォォオオオオオン」
「な、なんだ?」
まるで最後の抵抗とばかりに、生き残ったウルフが森全体に響き渡るほどの遠吠えを発する。だが、それが精一杯だったようで、次の瞬間には地面に体を横たえ、二度と起き上がってくることはなかった。
「なんだったんだ今のは」
ウルフの謎の行動に戸惑う俺だったが、すぐにウルフの行動の意味を理解することになる。
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