7話「世の中はそんなに甘くはない……と思いきや」



「いらっしゃい、朝の坊主じゃな。どうした?」


「ポーションを作ってきた。見てほしい」



 再びお爺ちゃん錬金術師の店へとやってきた俺は、作ったポーションを見てもらうことにした。



 お爺ちゃんは「ほほう、もう作ってきたのか」と感心しながら、ポーションを手に取ると真剣な表情で出来栄えをチェックし始める。



「こ、これは!?」


「ど、どうした?」


「……何の変哲もない、ただの最下級ポーションだ」


「……」



 なんだよ! そこは「これまでに見たことのない素晴らしいポーションだ!」って言ってくれよ!!



 あからさまな物言いに内心で呆れたが、そのまま買い取るかどうかという話になった。



「買い取りを希望するなら、一つ七ゼゼで買い取らせてもらうぞい」


「七ゼゼか」



 ポムポム草が一つで三ゼゼと考えると、利益は一つにつき四ゼゼ……日本円で四円の儲けになる。



 この世界でのりんご一つの価値が七ゼゼから十ゼゼくらいと考えると、最下級ポーションの価値はそれよりも下ということになる。



 まあ、擦り傷程度の傷にしか効果のないポーションの価値なんて、その程度のものでしかないというのは理解できる。だが、これでは地球にいた頃にやっていた錬金術には程遠い。



 結局のところ、最下級ポーションは売ることにした。持っていたところでなんの役にも立たない不必要なものだし、買い取ってくれるだけマシだろう。そう自分を納得させることにした。



「ほれ、最下級ポーションが六つで、合計四十二ゼゼじゃ」


「んっ。ちなみになんだけど、下級とか中級の買い取り額ってどんなもんなの?」


「うーん、そうじゃのう。最下級もそうじゃが、下級は相場に関係なく一律買い取りで三十ゼゼってところかの。中級以上になってくると、その時の相場によるが大体二百ゼゼから五百ゼゼといったところじゃ」


「ふーん」



 初めて作った最下級ポーションの代金を受け取りながら、俺はお爺ちゃん錬金術師にそれぞれのポーションの買取金額を尋ねる。



 それをわかりやすくまとめたのが以下の通りだ。




 最下級ポーション(相場に関係なく一律七ゼゼ)



 下級ポーション(相場に関係なく一律三十ゼゼ)



 中級ポーション(三百ゼゼから三千ゼゼ)



 上級ポーション(一万ゼゼから三十万ゼゼ)



 超上級ポーション(五十万ゼゼから五百万ゼゼ)



 最上級ポーション(一千万ゼゼから五千万ゼゼ)



 伝説級ポーション(五千万ゼゼから一億ゼゼ)



 神話級ポーション(値段が付けられない)





 相場や時期によって値段の上下があるものの、お爺ちゃん錬金術師の話では大体こんな感じらしい。



 中級以上から買取金額にかなりの幅が出始めており、ポーションを売って生活するためには、最低でも中級以上のポーションを作れるようにならなければならないようだ。



 上級以上ともなれば、かなり高額での買い取りが行われているようだが、その分作り出すのはかなり難しいらしい。



「わしも長いことここでポーション売りをやっとるが、精々中級を作るのがやっとじゃ。上級以上を生み出せる錬金術師ともなれば、貴族のお抱えとして引っ張りだこじゃわい」


「なるほどな」



 いろいろとためになる話を聞いた俺は、礼を言って店をあとにする。しばらく、あてもなく街を歩いていたが、唐突にある言葉を口にする。



「うん、錬金術での不労所得は無理だな」



 先ほどの話を聞いて、俺は現時点で錬金術を使った不労所得の獲得を早々に諦める。中級以上のポーションを安定して生み出すことができれば、働かなくともポーションを売るだけで生活ができると思った。だが、世の中そんなに甘くはないようで、中級以上のポーションを作れるようになるにはかなりの時間を要してしまう。



 話を聞いた限りでは、時間をかければできなくはなさそうだが、その間の生活費を確保する別な手段が必要となってくる。



 もっとも、もはや働かなくていいほどに金を所持している身としては、今置かれている現状を嘆く必要はない。しかし、まったく収入が得られないとなると、俺の精神衛生上あまりいいとは言えない。



 働きたくないが、一定の収入は得たいという矛盾ありありな願望だが、実際地球にいた頃はそれができていた。だったら、この世界でもなにかしらの方法は必ずあるはずである。



「そうだ。思い出した」



 そんなことを考えていると、俺はあることに気づいた。そして、それを確かめるべく再びある場所へと向かった。









「いらっしゃいませ、本日はどういったご用件でしょうか?」



 俺がやってきたのは商業ギルドだ。なぜかといえば、あることを思い出したからである。



 なにかというと、最初商業ギルドにやってきた目的は、モンスターの死骸の買い取りを行っているかの確認するためだ。



 だが、寝泊まりする宿の確保しか頭になかった俺は、あることを聞きそびれていたのである。



「以前聞いたんだが、希少性の高いモンスターであれば、死骸でも買い取ってもらえるんだよな?」


「はい、そうです」


「じゃあ聞くが、三つ目熊はその希少性の高いモンスターとやらに入るか?」


「ええ、もちろんです」


「じゃあ、買い取ってくれ」


「はい?」



 俺の言葉にギルドの職員は困惑する。どう見ても手ぶらの人間が、いきなりやってきてモンスターを買い取ってくれと宣ったのだ。困惑するのも仕方のないことである。



「俺はアイテムボックス持ちだ。三つ目熊もそこに入れてある」


「左様でございましたか」


「どこに出す? ここに出せばいいのか?」


「いえ、ここでは他のお客様にご迷惑となりますので、裏庭に回ってもらってもよろしいでしょうか? こちらです」



 職員の案内に従って、俺はギルドの裏手へと回る。案内されたのは、なにもない空き地だった。



 広さ的にはちょうど二十五メートルプールがすっぽりおさまるくらいで、どうやら大きな荷物を搬入するときに使用する場所のようだった。



「ただいま担当の者を呼んでまいりますので、しばらくお待ちください」



 そう言うと、一人にされてしまった。しばらくして、上役と思われる三十代くらいの男性を引き連れて戻ってきた。



「初めまして、当ギルドの職員でモンスターの買い取りを担当させていただいておりますガジェットと申します」


「ああ、よろしく頼む」



 俺は敢えて名乗ることなくそう返した。特に聞き返してくることもなく、ガジェットと名乗った男が本題に入る。



「それで、三つ目熊を買い取ってほしいとのことですが、出していただけますか?」


「ああ、これだ」


「こ、これはっ」


「すごく、大きいです」



 出せと言われたのでアイテムボックスから素直に出すと、ガジェットも受付をしていた職員も目を見開いて驚いている。どうやら、本当に三つ目熊を持ってきたとは思っていなかったらしい。



 俺にとってはそんなことはどうでもいいことなので、驚いているところ悪いが本題に入らせてもらった。



「いくらになる?」


「しょ、少々お待ちください。ただいま査定いたします」



 まさかの出来事に焦った様子の男性だったが、問題はそのあとに起きた。なんと、騒ぎに気づいた商人たちが裏庭へとやってきてしまったのである。



「おお、これはなんとも立派な三つ目熊ではないですか」


「これほどの大物はなかなかお目にかかれませんぞ」


「そこの君、これはいくらになるのかね? 買い取らせてもらいたい」


「おっと、抜け駆けは感心しませんなー。こういうことは、平等に取り扱うべきですぞ」



 それからは滅多に入荷しない三つ目熊を巡って商人の間で争いが勃発する。それに慌てたギルド職員も人を増やして対応しようとしたが、熱を帯びた商人たちに押し切られ、商人たちの間で勝手に競売が始まってしまった。



「二万五千ゼゼでどうだ?」


「なんの、こっちは二万六千で買おう」


「であれば、私は三万出しましょう」


「ちょ、ちょっと勝手に交渉しないでください!」


「なんの騒ぎだこれは!?」


「ギ、ギルドマスター。これは、その……」



 そして、騒ぎが商業ギルド全体にまで広がってしまい、とうとうギルドマスターまでやってくる事態に発展する。職員から事情を聞き状況を把握したギルドマスターがすぐに商人たちに告知する。



「この三つ目熊については、ギルドで買い取り改めてギルドを通して販売することになる。持ち込んだ人間との直接の交渉は控えていただきたい」


「横暴だー」


「我々にも交渉権があることを主張する!」


「交渉の邪魔だ。大人しくロビーで待ってろ!!」



 ギルドマスターの一喝で他の職員たちが商人を退場させる。ようやく静かになったところで、改めてギルドマスターが自己紹介をしてきた。



「私がこの商業ギルドのギルドマスターをしているバザックだ」


「ああ」


「……君がこの三つ目熊を持ち込んだのかね?」


「そうだ」



 整えられた髭が特徴的な四十代後半のナイスミドルといった感じの男性で、確かに一つの組織の責任者を任せられそうな頼もしさと自信に満ち溢れた態度をしていた。



 今回も俺は名乗ることなく、ただ淡々とした口調で答える。さすがにギルドマスターになるだけあって、こちらの意図を理解しすぐに必要な情報を得るための行動に移った。



「ガジェット。査定の結果は?」


「かなりいい状態です。特に切り傷一つ付いてないので、毛皮がそのまま使えます。こんな状態のいい三つ目熊を見たのは初めてですよ」


「これは、君が倒したのかね?」


「そうだ。いきなり森で襲い掛かってきたんでな。殺されたくないから必死になって倒した」


「その割には損傷がない。一体どうやって倒したのかね?」


「それは、企業秘密ということで」



 そりゃあ、傷一つない三つ目熊の死骸を見れば、どうやって命を奪ったのかという話になるのは自然だ。だが、それを素直に教えてあげるほど俺はお人好しではないのだよ。



 それから、しばらくして査定が終わり、査定の金額が告げられた。そして、俺はその金額を了承し、金を受け取ると、意気揚々と商業ギルドをあとにした。

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