5話「働かざる者食うべからず」
翌日、目を覚まし朝食を済ませた俺は、街へと繰り出すことにした。
その目的は、お金を得るための新たな錬金術を見い出すためであり、今後のニート生活を確保するための重要なものである。
「てことで、まずは本屋に突撃だ」
異世界と錬金術という言葉で一つ思いついたことがある。それは、この世界には文字通りの錬金術が存在するのではないかということだ。
錬金術というと読んで字の如く“錬金する術”ということで、もとは価値の高い貴金属……特に金を生み出す方法として中世ヨーロッパなどでよく行われていたものであった。
しかし、異世界で言うところの錬金術というのは、どちらかというと薬師などの役割を担っており、特に魔法の薬と言われているポーションの生成が主な仕事内容だ。
もちろん、この世界でも薬師はいるが、そのほとんどが錬金術と似たものであり、一般的にポーションを作る人間を錬金術師と呼ぶようだ。
前世のようにボタン一つで利益を生み出す錬金術とは異なり、ポーションを作らなければならないが、現状で最も手間のかからないお金稼ぎがこれだと判断した俺は、さっそく行動することにした。
まずは、ポーションを作るための原材料が記載されている図鑑と錬金術そのものを覚えるためのハウツー本を探すべく、俺は街の本屋に足を運んだ。
「ちょっといいか?」
「なんじゃ?」
本屋の店主らしき爺さんに話しかけ、目的の本がないか聞き出す。すると、なにやら含みのある顔をしながら「あるぞい」と言ったかと思えば、ちょっと待っとれと言葉を残して奥の部屋に消えて行った。
しばらくして戻ってくると、いくつかの本を両手に抱えており、それを適当な机の上に乗せる。
「ケホッ、ケホ。埃がすごいな」
「すまんの。昔は婆さんが掃除してくれておったんじゃが、何年か前にぽっくり逝っちまって」
「そうか。それで、これが薬草図鑑と錬金術の指南書か」
爺さんの身の上話は特に興味がなかったため、早々に話を切り替える。爺さんも特にそういった話をしたかったわけではなかったらしく、すぐに本の説明をしてくれた。
「この二冊が薬草図鑑じゃ。こっちがよく見かける薬草用で、こっちが珍しい薬草用じゃな。それと錬金術の指南書じゃが、今はこれしか置いとらん」
「そっちの二冊は?」
残りの本が気になったので聞いてみると、どうやら錬金術で生み出せるレシピ集らしく、初級と中級レベルの内容が記載されているらしい。
「いくらになる?」
「そうじゃの……うーん、これは金貨一枚と三枚で、こっちが銀貨五枚。それと、これが金貨四枚と七枚じゃから……」
「全部で金貨十五枚と銀貨五枚だな」
「ほほう、計算が早いのう」
計算に困っていたのですぐに俺が合計金額を告げると、感心したような反応を爺さんが見せる。といっても、ただの小学生レベルの足し算なのだが、どうやらそれでもすごいことらしい。
「全部もらおう」
「全部買うじゃと? 金は持っておるのか?」
「もちろん」
そう言って、机の空いている場所に本の代金を出してやる。すると、目を見開いて驚いた様子を見せた爺さんだったが、すぐに感心した様子で口を開く。
「ほっほう、若いのに随分と金持ちじゃな。どっかのお貴族様の子弟かの?」
「いや、ただの平民だ。とにかく、金は払った。これはもらっていく」
本の代金を払った俺は、本をすべてアイテムボックスへと収納する。そのことにも驚いた様子の爺さんだったが、特にそのことに反応せず、そのまま本屋をあとにしようとすると、爺さんから声を掛けられる。
「そうじゃ。錬金術をやるなら、一度店に寄って錬金術の道具一式を揃えた方がええぞ」
「わかった。このあと行ってみる」
そんなやり取りをして、本屋での買い物を終了する。あとは錬金術の道具を揃えるだけといったところだ。
ホクホク顔を浮かべつつ、足取り軽く向かう。しばらくして、フラスコの描かれた看板のある店が見えてきたので、それが次の目的地のポーション屋であると当たりをつけ、俺は中へと入る。
店内には左右に棚が設置されており、所狭しとポーションが置かれている。どんなポーションがあるのかはわからないが、とにかくなかなか趣のある光景だ。
「いらっしゃい、どんなポーションをお探しで?」
声を掛けてきたのは、二十代くらいの妙齢の女性だ。とんがり帽子に丸眼鏡といういかにもな風貌の女性だが、その顔立ちは整っており、かなりの美人である。
そして、胸元の開いたドレスローブから零れ落ちそうなほど実った二つの果実は、とても扇情的で嫌でも視線がそこに向かってしまいそうになる。
「錬金術の道具が欲しいんだが」
「そう、ならこれがおすすめね」
そう言って彼女が取り出したのは、何かの魔法陣が描かれた一枚の布と薬草などをすり潰すための木製のすり鉢とすりこぎ棒だった。どうやら、これが錬金術を行うための初歩的な道具であり、錬金術師にとっては欠かせないものらしい。
「そうね。今だったら、金貨三十枚でいいわ」
「……高くないか?」
「……そう? こんなものよ」
俺の問い掛けに若干の間があったことを見逃さなかった俺は、鑑定を使って調べてみた。
【初級錬金術セット】……錬金術を行うための初歩的な道具一式。 相場:銀貨五枚前後
……おいおいおいおいおい。銀貨五枚を金貨三十枚って……この女、五千円を三十万円で売りつけようとしてるってことか? 詐欺もいいところじゃないか。
俺が呆れたような視線を向けるも、ちらりとこちらを一瞥しまた逸らした。どうやら、吹っかける気満々らしい。
「もう一度だけ聞いてやる。本当に、金貨三十枚なんだな?」
「だから、そうだって言ってるじゃない」
「じゃあ、今からその道具一式を持って商業ギルドの職員の前で同じセリフを言ってもらおうか?」
「うっ」
「あんたの言ってることが本当のことなら、なにも問題はないはずだよな?」
「ぐぬぬぬぬ」
俺の揺さぶりが相当効いているのか、女店主が頬をヒクつかせながら唸っている。まあ、このくらいで勘弁してやるとしよう。
「最後のチャンスをやろう。本当に、金貨三十枚なのか?」
「負けたわ。金貨三枚よ」
「……」
ほほう、この女この期に及んでも俺からぼったくることを諦めんとは。なんて面の皮が厚い女なんだと、感心すら覚える。
だが、感心しても騙されてやるつもりはないため、女の頬を片手で掴み上げる。
「ひょふぉ、ふぁにふるふぉふぉ(ちょっと、なにするのよ)!?」
「その商魂のたくましさだけは褒めてやる。だが、残念ながら俺はこの道具の相場を知っている」
「ふぇ(え)?」
俺の言葉に、驚愕を露わにし固まる女店主。どうやら、俺が相場を知らないと思っていたらしい。
たこのような口のまま呆然とする女に、俺は追い打ちをかけてやった。
「手際の良さから察するに、おそらくは常習的にこんなことをやっていると見た。さっきから、客一人やってこないことを考えれば、おそらく地元で有名なぼったくりの店としてその名を轟かせているんだろう」
「ふぁ、ふぁんふぇふっふぇ(な、なんですって)!?」
「客だって馬鹿じゃない。あとからぼったくられたことを知れば、当然そのことを家族や知り合いに話す。そして、その家族や知り合いもまた、別な知り合いに話す。そうすることで噂が広まって、あそこの店はぼったくりで有名な店という共通認識が生まれるって寸法だ。客がやってくるわけがない」
「ふぉ、ふぉんふぁー(そ、そんなぁー)!」
なぜ自分の店の来客が少なかったのかを今知ったかのような彼女の態度に、俺は内心で呆れる。そりゃあ、ぼったくりの店にまた来ようと思う客なんていないだろうし、そんな店に知り合いが騙されないよう情報を拡散するのは当たり前のことだ。
地球だって不祥事はすべてSNSで拡散されてすぐに炎上していた。SNSほどではないにしろ、悪い噂というのはあっという間に広がる。それを理解していないと今回のような目に遭うのだ。
それから、項垂れる彼女の前に錬金術の道具の代金である銀貨五枚を置いて、俺はその場をあとにした。その後、風の噂で聞いたが、すぐに彼女の店は潰れたようだ。
最後の望みをかけてあまり良くないところから金を借りたらしく、今ではその借金を返すため娼館で働いているらしい。しかも皮肉なのが、人気の娼婦として連日引っ張りだことのことだ。まあ、中身はともかくとして、見た目だけは良かったしな。
今後は、言葉の通り汗水たらして真面目に借金を返してほしいものだ。働かざる者食うべからずとも言うしな。まあ、その汗をかくという意味合いが少しあれだがな……。
いろいろとあったが、目的のものを手に入れた俺は、一度宿へと戻ることにした。
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