4話「冒険者ギルド? 商業ギルド? いや、まずは宿の確保だろ?」




「次の者」



 一時間かけて街に辿り着く。そこは高さが四メートルはある外壁に囲まれた街で、街に入るために人が列を作っていた。



 空気の読める日本人としては、その流れに逆らうことなく列の最後尾に並び十数分程度で自分の番が回ってきた。



「身分を証明できるものはあるか?」


「いや、ない」


「では、通行料を払ってもらおう。銀貨一枚だ」


「ん」



 革鎧に身を包んだ兵士の指示しに従って、俺は銀貨一枚を支払う。そのとき、兵士が訝し気な表情を浮かべた。俺がどこから銀貨を取り出したのかわからなかったらしい。だが、すぐに納得した様子で口を開く。



「ああ、アイテムボックスか。便利なスキルを持っているな」


「まあな」


「確かに銀貨一枚頂戴した。コミエの街へようこそ。通っていいぞ」



 そう言って、何のトラブルもなく手続きはつつがなく終了し、俺はあっさりと街へ入る。



 街に入ると、そこは中世ヨーロッパ風の街並みが広がっており、石畳の敷き詰められた大通りを人々が行き交っていた。商人風の男や冒険者風の軽装に身を包んだ女性など様々な職種の人間がおり、中にはケモ耳のついた獣人やずんぐりむっくりな体型のドワーフ、そして耳の尖がった美形のエルフなんかもいた。



「おおー、ファンタジーだぜ」



 地球では、他人種と呼ばれていた人々は精々が肌の色や目の色が違う程度の差しかなかったため、こうもあからさまな特徴の異なる人種がいると、異世界にやってきたという実感が湧いてくる。



「邪魔だ小僧、道の真ん中で突っ立ってるんじゃねぇ!」


「おっと、すまん」



 あまりに物珍しい光景に立ち止まって眺めていると、あとから入ってきた人間に邪魔だと怒られてしまった。これは立ち止まっていた俺が悪いので、素直に謝り道の端へと移動する。



 しばらくファンタジーな光景を楽しんでいたが、そろそろ人間に酔ってしまったため、移動することにする。



 まず俺が向かったのは、どこか露店が出ていそうな広場であった。



「わからないことは、知っている人間に聞くべし」



 初めての異世界……というのは大げさかもしれないが、土地勘のない場所へとやってきたときに取るべき行動は、知っている人間に聞くということだ。



 俺は引きこもりのニートであったが、それは別に人間不信だとかコミュ障だったからというような理由ではない。外に出るということに意義が見い出せなかっただけなのだ。



 それが証拠に、マイク付きのヘッドホンを使ってオンライン機能のついたゲームを遊んでいる際、積極的にプレイヤーとコミュニケーションを取っていた。まあ、外の世界に顔見知りがいなかったとも言えるのだが……。



 まあ、それはさておいてだ。俺は別に人と関わることに忌避感はあまりない。面倒なことが増えるということで、進んで関わることがあまりなかっただけの話なのである。



「ちょっといいか?」


「へいらっしゃい」


「あー、これは何の肉だ?」


「ウルフの肉でさぁ」


「そうか、では一本もらおう」


「へい、毎度! 百十五ゼゼだ」


「じゃあ、これで」



 露店を開いていた中年の男性に話を聞くため、俺は店で売っていた焼いた肉を串で刺した肉串のようなものを買う。使われている肉がウルフらしいが、ひとまずは話を聞き出しやすくするため、店の商品を買い話の流れついでにという感じを装ってそれとなく聞いてみた。



「ところで、冒険者ギルドってどこにあるんだ?」


「坊主、この街は初めてか?」


「まあな」


「冒険者ギルドなら、この広場からあっちの大通りを真っすぐ進むと、二股に分かれてる通りに出る。その通りのど真ん中にある建物が冒険者ギルドだ。剣と盾の絵が描かれた看板があるから、それを目印にするといい」


「わかった。行ってみるよ」



 こうして、目論見通り冒険者ギルドの場所を聞き出すことに成功した俺は、さっそくそこへと向かう。ちなみに、購入した肉串は道中で食べたが、やはりというべきか獣臭さが抜けきれておらず、あまり美味いと感じるものではなかった。



 教えてもらった場所に向かうと、確かに剣と盾のようなマークが描かれた看板があった。両手開きのドアを押し開けてはいると、不意に中にいた人間の視線が飛んでくる。



 建物内は左手に受付カウンターがあり、左手にはテーブルと椅子が設置されたちょっとした休憩スペースのような場所がある。



 俺は向けられてくる不躾な視線に気にすることなく、近くの受付カウンターに向かいそこにいた人に話しかけた。



「すまない、聞きたいことがある」


「いらっしゃいませ。なんでしょうか?」


「モンスターなんかの素材の買い取りって、冒険者じゃなくても買い取ってもらえるのか?」



 俺が冒険者ギルドに来たのは、冒険者になるためではない。冒険者にならなくても素材を買い取ってもらえるかの確認である。



 地球でも働くことを拒んでいた俺が、異世界に転生したぐらいで働きたいと考えを改めると思うか? そんな馬鹿な話はない。



 当然、今の人生も働かずに超絶スローライフを満喫するに決まっている。だが、やはり収入なしの完全ニートでは日々の生活を送っていくのは少々心許ない。



 天使から前世で稼いだ金はもらっており、おそらく一生働かなくても問題ないほどの金額を所持しているのだが、それでも日銭を稼ぐことができるという経済的能力は必要だと考えている。



 それに万が一のため、急にお金が必要になったときの資金は残しておくべきだろうし、外聞的にも働かない穀潰しなどと思われたくはないので、金に余裕はあっても一定の収入は得たいのだ。



 定職には就かず、一定の収入を得るというかなり矛盾している内容ではあるが、前世でそれを成し得ていた以上、今回も必ず楽にお金を生み出す錬金術があるはずだ。何たってここは、ガチの異世界……ファンタジーワールドなのだから。



「申し訳ありませんが、素材の買い取りは冒険者の方のみ行っております」


「そうか、なら商業ギルドの場所を教えてくれ」


「はあ、それでしたら……」



 それから、商業ギルドの場所を聞いた俺は、そのまま冒険者ギルドをあとにし、商業ギルドを目指す。すぐ近くにあったようで、商業ギルドにはそれほど時間もかからず到着した。



「いらっしゃいませ。商業ギルドにようこそ」


「聞きたいんだが、商業ギルドに登録しなくても素材の買い取りはやっているのか?」


「はい、やっております。なにか、買い取ってほしいものがおありですか?」


「いや、聞いてみただけだ。それと、モンスターの死骸そのものとかは買い取ってないんだよな?」


「そうですね。ホーンラビットなどの低級のものとなりますと、素材のみの買い取りとなっておりますが、希少性の高いモンスターなどであれば死骸でも買取は可能となります」


「わかった。そうだ。最後におすすめの宿を紹介してくれ」



 職員からおすすめの宿を聞き出すと、俺はそのまま商業ギルドをあとにした。とりあえず、手に入れた素材などは商業ギルドか個人経営している商会とかに売り払うとしてだ。次は、拠点となる宿の確保を優先しよう。



 最初にやるべきことだとは思ったが、たまたま順番が入れ替わっただけなので問題はない。



「いらっしゃい。食事か? 泊りか?」


「泊りだ。一泊いくらだ?」


「朝と夕方の食事付きで、二千ゼゼだ」


「なら、十日分頼む」



 商業ギルドから聞いた宿にやってくると、すぐにチェックインを済ませる。代金は一泊食事付きで銀貨二枚……二千ゼゼらしい、しばらくはこの街で情報収集を行うため、十日分の宿を確保する。



 払い漏れがないように先に金貨二枚……二万ゼゼを支払い、鍵を受け取って部屋に向かう。宿の部屋は簡素な造りとなっており、ベッドとテーブルと椅子しかなかった。それでも、寝泊まりするだけなら十分な設備である。



「さて、とりあえず今後の目標を決めるか」



 ベッドに腰を下ろした俺は、今後の活動について改めて精査する。さっきも言ったが、俺の目標は定職には就かず、一定の収入を得ながら悠々自適に自堕落な生活を送ることだ。



 当面はモンスターを狩って、その素材を買い取ってくれる商業ギルドや商会に売り払えばいい。無駄な労働をすることはないのである。



 ひとまず今後の方針は決まったということで、ここまでの旅の疲れを癒すべく、ベッドに横たわり俺は意識を手放した。

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