2話「いきなりピンチなんだが?」



「ん? なんだ?」



 魔法について夢中になっていたその時、突然草むらがカサコソと音を立てた。どうやら、何か生き物がいるようだ。



 ちなみにだが、今俺のいる場所は徒歩一時間圏内に街がある森の中であり、その中でも見通しのいい広場のように開けたところにいる。



 天使とのやり取りでいきなり過酷な環境からスタートするのを嫌った俺が、奴に直談判して最初のスポーン地点として比較的安全な場所から始められるようにしてもらったのだ。



 あらゆる異世界もののラノベを網羅しているこの俺に抜かりなく、やはりこういうのは最初が肝心なのだ。蜘蛛のモンスターに転生した少女やクラスごと異世界に召喚され、ありふれた平凡な職業であったがために罠にはめられダンジョンに置き去りにされた少年のように、いきなりハードモードを強いられる状況は避けるべきだ。



「さて、鬼が出るか蛇が出るか。その正体は……ウサギ?」



 草むらから飛び出してきたのは、真っ白なモフモフの体毛に包まれたウサギだった。それだけ聞けばメルヘンな世界のように思えなくもないが、問題はそのウサギの大きさであった。



 通常のウサギは、体長二十から三十センチほどしかない。だが、たった今姿を見せたウサギはその三倍の九十センチはありやがる。



 地球でもフレミッシュジャイアントと呼ばれる世界最大級のウサギが存在しているが、そいつでも精々六十センチくらいがいいところだ。だというのに、それよりもはるかにデカいウサギが目の前にいた。



 そして、何よりそれがただのウサギでないということを如実に語っているのが、頭部から生えた一本角だ。まるでその角で狙った獲物をひと突きにしますと自己主張するかのようなそれは、どう見ても奴が持っている最大の攻撃手段だと見て取れる。



「キャシャァー」


「うっわー、可愛くない鳴き声。逆の意味で見た目とのギャップがあり過ぎるだろ」



 明らかに見た目の可愛さと合っていない鳴き声に、間抜けな感想を漏らす。そんなことを考えていると、そのウサギが地面を蹴ってこちらに突撃してきた。



 ウサギだけあって脚力に優れているようで、十数メートルあった奴との距離が瞬く間に縮まり、眼前に迫ってきた。そして、頭部にある角をこちらに向けながら突進してきたのである。



「おわっ、危ない!」



 咄嗟に回避を試みる。動き自体はすばっしこいようだが、漫画やアニメのように姿が見えなくなるほどの俊敏さはなく、上手く避けることに成功する。しかし、このまま長期戦になればいずれ体力が尽きてしまい、避けることもできなくなるのは明白だ。



「これは魔法しかないだろ。くらえ! 【ウインドカッター】!!」



 さっそく覚えた魔法を活用するべく、風魔法の【ウインドカッター】を使用する。不可視の刃がウサギに襲い掛かり、奴に致命傷を与える。



「ピュイ……」


「断末魔は可愛いのな」



 そんなどうでもいいことを考えつつ、瀕死のウサギに追撃のマジックボールをお見舞しなんとか撃破する。改めて、目の前のウサギもどきを鑑定で調べてみることにした。




【名前】:ホーンラビット


【ランク】:G


【ステータス】



 レベル2



 体力:40


 魔力:20


 筋力:11


 耐久力:7


 精神力:6


 知力:5


 走力:14


 運命力:10



【スキル】:脚力Lv1、突進Lv1





 どうやら、ウサギもどきの名前は【ホーンラビット】といい、見た目通り角を持ったウサギのモンスターのようだ。気になったのが、ランクの項目でGとある。だが、これがどれくらいの強さなのかがわからないため、今はあまり気にしないことにした。




〈拓内畑羅木のレベルが2に上がりました〉


〈スキル【回避】を獲得しました〉




「おっ、レベルが上がったな。どれどれ……」



 異世界で初めての戦闘を経験したことで、経験値を獲得したらしい。レベルアップしたので、もう一度ステータスを確認する。





【名前】:拓内畑羅木


【年齢】:十五歳


【性別】:男


【職業】:無職


【ステータス】



 レベル2



 体力:400


 魔力:700


 筋力:20


 耐久力:25


 精神力:30


 知力:70


 走力:30


 運命力:220



【スキル】:鑑定Lv1、成長率上昇Lv1、健康Lv1、アイテムボックスLv1、異世界言語Lv1、


 魔力感知Lv1、無属性魔法Lv1、詠唱破棄Lv1、火魔法Lv1、水魔法Lv1、風魔法Lv1、


 土魔法Lv1、光魔法Lv1、闇魔法Lv1、時空魔法Lv1、回避Lv1



【称号】:転生者、〇×△◇の加護、魔法の探究者





 うむうむ、レベルアップでパラメータが上昇しているな。それにしても、こんな序盤からこれだけのスキルを所持していいものなのだろうか?



 あとになってパワーバランスが崩壊して、この先戦う相手をオーバーキルしてしまうのではとラノベ的展開を考えてみる。



 まあ、これは現実であってラノベではないし、そんな展開になったところでそれを非難する読者もいないわけだから、この件については気にしないようにする。



 などと考えていると、再び草むらがカサコソと揺れる。どうやら、またホーンラビットがやってきたらしい。



「はいはい、じゃあ俺の経験値になってもらいましょうかね」


「ガアアアアア」


「……」



 あれれぇー? おかしぃーぞぉー? なんでこんなところに熊がいるんだ?



 俺の目の前に現れたのは、ホーンラビットではなく、体の大きな熊さんであった。体長は三メートルに届こうかという巨体を持ち、それだけでかなりの膂力を持ち合わせていることが窺える。そして、その熊が地球にいた熊ではないとわかるのは、熊の目が三つあったからである。



「おっと、鑑定してみればわかるか」



 わからないことはなんでも質問しなさいとはよくいったもので、わからなければ調べたり知っている人間に聞いたりすればいいのである。てことで、レッツ鑑定!




【名前】:三つ目熊


【ランク】:D


【ステータス】



 レベル7



 体力:300


 魔力:600


 筋力:110


 耐久力:70


 精神力:60


 知力:50


 走力:140


 運命力:100



【スキル】:脚力Lv3、突進Lv3、鉤爪Lv3、視力向上Lv2





 待てぇーい!! 明らかに格上なんだが!? いきなりこんな奴が出てくるなんて聞いてないぞ! 一体どうなっているんだ天使! こんなのリコールだリコール!!



 などという俺の心の叫びも虚しく、雄たけびを上げる熊がこちらをロックオンする。ちょっ、ま――。



「くそが、結局ハードモードじゃねぇか! 【マジックボール】!!」



 そう悪態をつきつつも、迎撃のためにマジックボールを放つ。放たれたマジックボールが、三つ目熊の顔面にクリーンヒットするも、一瞬だけ突撃の勢いが落ちただけで、大したダメージを受けた印象はない。



 他にも適当な魔法を放ってみたが、有効なダメージを与えているようには見えず、とうとう至近距離まで迫ってくる。



「ガアア」


「ひょ、ひょえー」



 三つ目熊の爪による攻撃をなんとか躱す。そのとき情けない声が出てしまったが、この非常時に体裁など気にしてはいられない。



 さらなる追撃をしようとした三つ目熊に対し、咄嗟に闇魔法の【ブライン】を使用する。それが功を奏し、一時的だが三つ目熊の視界を奪った。



「ガア、ガア」


「今だ! 全力の【ウォーターシャワー】!!」



 それは、ただ水を生み出すだけの【ウォーターシャワー】という水の魔法だ。だが、俺が全力で放ったことによってその勢いは消防車から放たれるくらいの勢いとなっている。



 その勢いのまま水の奔流が向かっていった先……それは、三つ目熊の口であった。



「ゴボ、ゴボボボボ」


「オルァー! 飲め飲め飲め飲め飲めぇー!!」



 相手が獣である以上、基本的には肺呼吸をしている。そして、口から入った大量の水は瞬く間に胃を満たし、その勢いのまま肺にまで到達する。胃を満たす時間と変わらず肺にも水が侵入し、生命維持活動である呼吸を奪い取った。



 酸素を求めて体内の水を吐き出そうとする三つ目熊だったが、肺に入り込んだすべての水を吐き出すことは困難であり、瞬く間に動きが鈍る。呼吸困難による行動不能に陥り、最終的に窒息状態となった三つ目熊はそのまま力なく横に倒れた。

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