第28話  平安 ★ 和歌バトル(2)

 『……今更持ってこられてもなぁ』

 本音を言うと、そんな感じである。


 文保の好意には感謝するが、実はもう期待していなかった。

 いや、もうで認めてもらうしかないだろうと思っていたぐらいだ。


 だが、取り敢えず時間がかかった理由を文保に聞くと、まずは文保から上司にあたる府生ふしょう安部茂兼あべのしげかねに託され、そしてまた、茂兼から、そのまた上司のさかん桜井さくらいへと、どんどん上に向かって盥回たらいまわしにされていたらしい。

 なるほど、なかなか戻って来ない訳だ。それにしても、皆、揃いも揃って"歌詠み"からは程遠いようだ。


「錦部様、もう冬ですが」


 忠明は苦笑しながらも、歌が書かれている紙を受け取った。


「なかなかの出来物けっさくじゃぞ! 」


 文保は、少し興奮気味に顔を赤らめている。


「それで、どなたが詠まれた物ですか? 」


「……知らん」


「はぁ? 」


「まぁ、……読人知らずよみびとしらずというところかのう」


 文保が、プププ……と無責任に笑った。


「わしは下手じゃからのう。安部様にお願いしたのじゃ、すると次々と、の間に上がっていったらしい。……どうじゃ、見事であろう! さすがに別当様のところまでは辿り着いてはおらんようじゃが」


「……はぁ」


「よって、どなたの作かなど、わしは知らんのじゃ」


 びっくりするような話をする。


「まぁ、わしに係れば、この様なことは容易いことじゃ」


 文保は豪快に笑った。


『何してくれるやら、このオヤジ !!! ……と、思わず突っ込みたくなる』



 確かに、歌などとは、文化的生活を営む上級貴族のたしなみみなので、そういう人々は、文保のような褒め上手な男の手に掛ったら、簡単に踊らされるのかもしれない。


 だが、とんでもない御仁の作った歌だったらどうしよう!


 ふと、そんな考えも頭を過ったが、……それでも取敢えず、それをうやうやしく受け取ったのだった。



 その翌日のことである。


 忠明は、思い切って定信邸に出向くと、五百女の側仕そばづかえをしている女童を呼んだ。


「義姉上様に、『長らくお待たせ致しました』と、この文を差渡さしわちし願いたい」


 と声をかけた。


 もちろん、その手紙の中には、文保から受け取った歌が入っており、また義姉に対して、正式に挨拶させてほしい、つまり。……そういう内容の歌が書かれている。


 この"萌黄もえぎ"と呼ばれる女童は、若竹丸と年令が近いそうだが、とにかくだ。


 都の子供とは、これ程に世慣れているのか、……と思うほど、細かいところまで観察していて、不作法なことでもしようものなら、大人の忠明にも駄目出しをする。


「承りました」


 そう言いながら、少女は恭しく忠明の文を受け取った。


 心なしか、が、それを素早く押し隠す。


 少女は、濃色の短いはかまに小ざっぱりとしたあこめ(短い丈の上着)を着ていて、まだ成人女性のように髪が伸び切っていないので、左右に二つ括りにしている。


 若竹丸と違って、さすがに女の子はお洒落に見えた。


 さすがに"都の女童"は垢抜けている。道理で若竹丸が、ここを訪ねるのを楽しみにしている訳だ。


 『……もちろん、皆和のとは比べ物にはならないが! 」


 忠明も、をしている時があるのだろう。そんな時には、萌黄に何やら冷たい目で見られているような気がした。



  人の見る  ことやくるしき  花すすき


  秋霧にのみ  たちかくるらん



 早速、五百女が手紙を開けると、こんな歌が入っていた。


 この歌の意味は、



  花薄はなすすきは人から見られるのが辛いのだろうか。


  それで秋の霧の中に隠れてばかりいるのか。



 と、それなりに今の状況に即した内容である。


 つまり、霧の中に隠れている花薄を、御簾の中に隠れている女性の姿に例えているのだ。


 歌について、あまり知識がない忠明にとっては、


『別に差し支えがないなら、早く出て来て下さい! 』


 その程度のメッセージの歌にしか思えなかったが、歌に造詣が深い五百女は違う。その程度の解釈では済まなかった。


 まず、とは何だ! いくら秋がお題だとしても、女性の喩えに使うには酷過ぎる。


 誰が薄じゃ……!!!


 その上、この歌は微妙にどこかで聞いたことのあるものだ。そこで、とうとう腹に据えかねてしまった。



「もし、天火様! 」


 慌てた様子で萌黄がやって来る。


 事情が何もわかってない忠明は、今夜も定信と一局打とうと用意しかけたところだった。


「はぁ? ……如何いかがした」


 忠明は驚いて萌黄を見上げる。


「姫様が、お呼びになられております」


 やっと挨拶が叶ったのかと、忠明の表情が少し緩んだ。


「あの、……何かにお怒りのご様子でしたが」


「?! 」


 萌黄の一言に、忠明と定信は顔を見合わせた。



 さて、"離れ"の庇に通された忠明は、御簾越しにニョキリと見える女人の立ち姿に驚いた。


「あのぅ、義姉上様ですか? 我の歌は如何でございましたか。……いや、あの、お恥ずかしいかぎりですが」


 あまりの緊張に、しどろもどろになっている。


「誰が"花すすき"じゃ? 」


「えっ? 秋なので詠んでおりますが」


 全く悪気も知識もない忠明にとっては、薄は秋の季語でしかない。


「どこかで聞いたことがあるのですが、誰の作ですか? 」


 どうやら、もうバレているようだ。自分で作ってないのだから、答えられるはずもない。


「えぇ……っと、"読人知らず"です! 」


 追い詰められて、忠明はいささかに叫んだ。


 すると、突然、五百女が笑い出した。深層の令嬢にしては元気である。


「いや、……姉上様に、これ程とは恥ずかしいことじゃ」

 忠明の顔がだんだんで赤くなってゆく。



 すると、一頻ひとしきり笑った後、五百女が言った。


「よいですか、我は"山吹やまぶき"の花が好きなのじゃ、……次こそ、歌を詠みなされ」


 また、違う"お題"が出されたのである。


 だが、その声は意外と








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る