第21話 男だけの"甘味会"
磐翁は今、山の中に分け入っている。
忠明の為に、芋 (当時は山の芋) を探し、いわゆる
年は取っていても、こういう採取系の仕事は得意分野なのである。
やがて、長い枯れ草が
「おう、これは良い物があるのう! 」
その葉は長細いハートのような形をしており、茎には小指程の球状の芋がぶら下がっている。これは"むかご"といって山の芋の一部だ。……間違いない。
そこで磐翁は、早速、引き抜く作業に取り掛かった。
細長い芋の根が切れぬように、慎重に木製の
それでも、やっと三尺半(約1メートル)ほど掘り出すと、ポキリと根元から折った。
「また、採りに来るでな、……そなたも息災でな! 」
土に向かって、そう声を掛けると、磐翁はニコリと笑った。
少し根を残しておくと、来年も同じ場所で芋が育つはずである。
何事も過ぎないことが、一番良い事だ。……そんな風に思っているからである。
さて、屋敷に戻ると、磐翁は芋粥を作り始めた。
芋粥というと、薩摩芋入りのお粥を想像する人が多いと思うが、当時の芋は山の芋で、それを薄く
どちらかというと、スイーツ的な物だったようだ。
磐翁は器用に薄刃で芋を削ぎ切りにすると、白く濁った汁が入った鍋にそれを投入し、煮込み始めた。
トロリとした状態になるまで、丁寧に火加減を調節しなければならない。
若竹丸が、ゆっくりと
「のう、
「はて? そちは
「いや、わしは都に住んでいるだけじゃ……」
恥ずかしそうに若竹丸が笑う。
「それにしても、何でも
「ハハハ、……良いような、悪いような。儂は忙しゅうて悩ましいがな」
確かに、根っから
そこで思い切って仕事から引退していたのだか、忠明の都合で、わざわざ都に出向き、再び従者の仕事をすることになったのである。
「しかし、看督様も看督様じゃ、……まるで童部のように爺様に
「看督様とは付合いが長いでな。・・・・・・」
磐翁がニヤニヤ笑う。
「ハハハ、……爺様の前では、看督様も"
調子に乗って、若竹丸がケラケラ笑い出した。
「誰が阿呆の子じゃと? 」
気付けば、忠明が若竹丸の後ろに立っている。
「あぁ、……いや、その」
若竹丸が慌てふためいた。
それを見た磐翁が大笑いしている。
「いやはや、今も昔も光明丸様はお耳が良いご様子じゃ」
「おい、こら……その呼び方は、もう止めよ! 」
忠明の登場で、
そして今、三人は出来上がった芋粥を賞味している。
結構、煮詰められているはずなのに、まだ山の芋の食感も残っていてシャキシャキしている。そして、ほのかな甘みが丁度良かった。
「この甘みは、
嬉しそうに若竹丸が言う。
「そのような
忠明が、面白そうに突っ込んだ。
「
「えぇ! 」
と、若竹丸が落胆の声を上げた。
すると、ちょっと意地悪気に忠明が笑っている。
小米とは、粉々に潰れてしまった米の粉のことで、これを使うと、何となく甘みが増す気がする。……と、磐翁はよく使うのだ。
「ところで、爺よ! ……また柿を干しておるのか、あのような物は、わしは
確かに、軒先には既に柿が干されているのが見えた。忠実な磐翁の見事な仕事だ。
「えぇ? 何故でございますか。……甘うて旨いではありせんか」
「都まで来て、あの様な田舎ぶった物を喰えるか」
忠明が、若竹丸の言葉に不機嫌そうに答えた。
「何を申されますか、干し柿は都でも結構な菓子ですぞ! 我らにとっては正月の
若竹丸の力説に、忠明はちょっと困惑している。
「これ、若竹丸よ、……看督様にあまり柿の話はせん方が良い。郷の辺りでは、柿など数多あってな、童部共は皆、喰い
確かに、都には雅な文化や、地方から集まった珍しい物が沢山あるが、果物等の生鮮食料品は田舎の方が上なのだ。
「それに、看督様は童部の頃、渋柿を喰い過ぎ ておるからな! ……」
「これ! ……止めんか」
「それもな、甘うなるまで待たれずに誤られるのじゃ」
二人の会話に、若竹丸が面白そうに笑っている。
やがて芋粥も食い終わり、夜も更け始めた。
この新居には、もちろん、主たる忠明の部屋や、従者である磐翁や若竹丸の部屋がそれぞれある。
しかし、この日は何時までたっても忠明の部屋に集まったままであった。
本来なら、主人は自分の部屋に使用人を簡単に上がらせないものだが、この地方出身の青年はあまり気にしていないようだ。
むしろ三人は、広い部屋の真ん中に火桶を置くと、身を寄せ合うように温まっていた。
「……真に馳走でございました」
若竹丸が、本当に嬉しそうに言う。
「ほんに良かったのう。そなたも料理などしてみるか」
「あっ、いや、わしは看督様のように強う成りたいので、……童女のような仕事は」
と、言ったところで、若竹丸は自ら地雷を踏んだことに気付いた。
『……あぁ、やっと皆和ロスから立ち直ろうとしているのに! 』
若竹丸は『……あちゃ! 』という顔をする。
「看督様、……忍んで行かれるような
磐翁の話題が一気に飛躍した。
「何じゃ、……何を申すかと思えば」
忠明がちょっと迷惑そうに答える。
「そうじゃ、……あの童女は、本当に看督様の何でしたのじゃ? 」
若竹丸が、この際だからと勢いづいて質問した。
まだ完全に気持ちが落ち着いたわけではないのだろう。
……忠明は、沈黙してしまった。
「で、……わしは皆和を全く見知っておらんのだが、どのような童女だったのじゃ? 若竹丸よ」
もう、この話は終わりか、……と思ったが、意外にも磐翁が話を続けた。
「……何と申すべきでしょうか? よう泣く
若竹丸は、磐翁の問いに対して正直に答えた。
「そうか、なかなかに良い童部のようじゃな。懸命なことは良いことじゃ、
……人としては、それで充分じゃ、
……それでは、是が非でも探してやらねばならんな」
そう、磐翁がポツリと言った。
外は雪でも降り始めたのだろうか、寒さが身に染みる。
「この
忠明が独り言のように言う。
男三人の夜は、シンシンと更けていくのだった。
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