第13話 『あぁ無情』という思いが、ある時……ない時 ! (2)

 忠明が、街道沿いを馬で巡察していた時のことである。

 女の絹を引き裂くような悲鳴が聞こえた。

 思わず、その方向へ急ぐと、一組の若い夫婦らしき男女が、大男に短刀で襲われそうになっている。

 男の方は、もう既に身ぐるみを剥がされており、女は、かろうじて肌着を残す状態になっていた。

 それでも、賊の手から守ろうと、男は女の前に身を投げ出したが、大男の前では非力で、これといった反撃ができないまま固まっている。

 そして、いよいよ、賊の太刀は無情にも男の喉の上に向けられ、もうという状況になっていた。


 忠明は、ほぼに、反射的に馬から飛び降りると、


「おぅ、三郎ではないか! ……息災であったか? 」


 もう、それこそを浮かべて賊に話しかけたのである。


「はぁ……? 」

 突然、話しかけられたせいで大男の動きが止まる。そして、賊の目が 忠明の方に向けられた。


「……おまえは、誰じゃ? 」


 その一瞬を逃さず、忠明は賊の前にツカツカと歩み寄ると、そのつらの皮を両手で思いっきり引っ張ったのである。

「ハハハ、……こりゃ、すまんかったのう。あまりに知り合いの三郎に似ておったのでな!」

 そう言うと、間髪入れずに賊の頬を

 バチッ! ……と小気味良い音がし、忠明の大きな右手が賊の顔を震わせた。

 ブルブルっと、鼻血が流れる。そして、賊の体が横にもっていかれそうになった。

「おぅ、うまく! 」

「おのれ……」

 と言わせる間もなく、忠明は、今度は左拳を賊の腹にぶち込んだ。

「ぐおぅ」

 賊は倒れ、気を失ったのである。



「言っておくが、あれはに捕らわれたのではないぞ、にされたのじゃ、痛かったわ! 」

「すまんかったのう。……儂は、これでも張手はりての名手でな、よう、瓜破うりわりの芸などを見せて郷では喜ばれておったのじゃ」

「妙な事をしよって、……死ぬかと思ったわ! 」

「すまんな、……人には、久しぶりに使うたので、加減がちょっと判らんかったのじゃ」

 テヘッ! ……という感じで、忠明が笑う。


「で、そなたの言ったとはどんな奴なのじゃ? 」

「えっ、いや、……あれは、儂の郷で流行っている兵法戦術であってな、三郎でも、次郎でも良いのじゃ! 」

「おい、そんな兵法など、儂らの辺りでは流行っておらなんだわ」

「わしの郷の方が、都に近いので進んでおったのじゃ! 」

「……痴言しれごとを言いよって! 」

 酔っ払った若者達の会話は、他愛無たあいなく続いた。


「そういえば、都に来たばかりの頃だが、儂は、ある婆さんから着物や荷物など、ことごとく盗み取ったことがある。

 ……婆さんも、死んだ女から盗んでおったから、別にかまわぬと思ったのじゃ」

「……随分と、酷いことをしたのう」

「だが、その頃は、喰うことさえままならんかった。それで、他に手がないと思ったのじゃ!

 ……けど、盗人の仲間に入って飯にありつけるようになると、にわかに、むなしゅうなった」

「衣食足りて栄辱はずかしさを知る……ってやつか」


 訥々とつとつと話す福安の言葉に、忠明は静かに耳を傾けた。


「ハハハ、……どうであろうか、ただ、わしは喰う為に盗賊になったのに、盗賊になったら何の為に生きたいのか解らんようになったのじゃ」


 人の心は、思いの外、複雑なものなのかもしれない。

 食べて、生きて、休む、……それだけでは、満たされないようである。


「時々、婆さんの恨めしそうな顔が浮かんで嫌になる。……もう、死んでしもうたかもしれんのにな」

「何じゃ、気に病んでおるのか」

「……わしは腹が立つと、悪しき事でも平気でしてしまう性質たちだからのう」

 そう言うと、困ったように目を伏せた。


「それで、あの日から、盗みは止まったのか? 」

「おぅ、……あの日が最後じゃ、あの時は、あのような美女を、が連れていることが苛立いらだたしかった……」

「何じゃ、それは! ……まぁ、解らんでもないが」

 変なことに共感する忠明であった。


 そして、その夜の二人の酒盛りは、ゆるゆると朝まで続いたのである。



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