第11話  看督長様とブラックな お仕事……!(2)

笞打ちが一〇回を過ぎたころから、囚人の男は、さすがに弱音を吐き始めた。

「すみませぬ。……もう少し、と」

「ゆるりとしていては意味せんなどなかろう! 」

獄卒ごくそつの中年の男が言った。

「おうよ、……こんなもの、遣り過ごせばよいのじゃ」

もう一人いる若い獄卒も囃したてる。

だが、肝心の笞打人は、何も聞こえないかのように、しめやかに細い竹笞をしならせ、黙々と打ち続けるのだった。

「お願いでございます。もう少し……ゆるりと」

泣き声が混じり出す。


「これ、観童丸かんどうまる、……暫く休め! 」

あくまでも、放免達と目を合わさないように、忠明は下を向いたまま声を掛けた。

やっと 、笞打人の動きが止まる。


「すまんな、……その男は、わしが声を掛けねば、止まらんのじゃ」

笞刑を受け、ぐったりしている男に対して、忠明は何となく優しげに話しかけた。

「……何とも、でのう! 」



観童丸、……この男は、忠明とさほど年が変らない。

しかし、見た目が凄く"童顔"なので、子供のように可愛く見える。

だが、無邪気な外見に似合わず、むしろ残忍なところがあり、それで手を焼いていた。

元々は、窃盗の初犯で捕縛されたが、獄から放たれた後も勝手に居座っている。

初めは他の放免同様に、獄の見張りや、いろいろな雑用をさせてみたが、思うように動かなかった。

だが、手先だけは器用で、笞刑のちもとを作らせると妙に上手い。 そこで、笞刑に係る仕事全般を行うようになっていったのである。

ところで、一口に笞刑の笞(むち)といっても、それなりに規定があった。

まず、木製であること。(主に、竹を細工して使ったようだ)

また、その形状は手元の太さが直径三(約九ミリ)、先端で直径二分(約六ミリ)であり、長さも三寸五分(約一メートル五センチ)と定められていた。

しかも、受刑者の皮膚を破らないように、節目は丁寧に凸凹を削らなければならない。

観童丸は、こんな細かな作業を嫌がらずにやる。いや、むしろ好んでやっているようだった。

そして、その性能チェックも兼ね、笞を振る仕事を始めた。


『 悪い奴ではないが、何か常軌じょうきいっしている』

それが、周りの人々の観童丸に対する見解なのだ。



「まぁ、さほど急ぐこともあるまい。少し休ませてやれ! 」

忠明がそう言葉をかけると、打たれた男はやっと安堵したのか、 『はぁ……』 と深い溜息を吐いたのである。


暫くしてからのことだ。

「どうじゃ、そろそろ人心地ひとごこちついたか? 

ならば、続きをするか?

……背が痛むなら、打つ処を臀部しりにかえてもよいが !  」

忠明が声をかけた。 これでも囚人に気を遣っているのだ。

「めっ、滅相めっそうもございません。……今日は、もうお許しくださいませ! 」

「それは構わんが、……笞打ちの数が最後まで終わらんことには、暫く、獄に泊まることになるぞ」

「もう、それでよろしゅうございます! 」

男は声を絞り出すように訴えた。

「ハハハ、……これでゆるりと話が聞けるのう。こう見えて、わしは優しき男ぞ、安堵あんどするがよい」

そう言うと、忠明は微笑んだのである。



妙な話だが、観童丸が凄むと、忠明のが引き立つ。

そして、その絶妙なバランスが犯人達の自供をうながしていた。

だが、忠明にとって、観童丸は便利な存在である一方、敵に廻したくない厄介な存在でもあるのだ。


以前、観童丸の目に余る態度に、意見したことがある。


「そなた、何故、それほど笞打ちにこだわる。……ちと、やり過ぎではないか! 」

「ほほぅ、……わしは看督かんど様のお役に立てておるとばかり思っておりましたが」

観童丸が、しれっと答えた。

忠明は段上で書き物をしており、観童丸は土間からそこへ上がる為のきざはしに腰を掛け笞を削っている。

当然、二人の視線が合うことはない。

地方から出て来たばかりの頃には、それほど気にしてなかったが、忠明も、看督長になってからは、心掛けて身分の差をあきらかにするようにしている。


『これからも、位を上げる出世するつもりなら、今のうちにしっかりと、周りに"違い"を示さなければならない』

そんな風に思っているからだ。

そこで、放免達からもできるだけ距離を置き始めている。


その日の観童丸は、相変わらず笞作りに余念がなかった。

小刀を使って、竹の節を器用に削っている。


「なぁ、……観童丸よ、何事もほどほどにせんと、吉事よきことは起らんぞ! 」

「はぁ? 今さら我らに、どのような吉事が起るというのです? 」

「……」


そう言われると、上手い言葉が浮かばない。


「おぅ、……そうじゃな。刑とはいえ、あまりに無慈悲な遣り方を続けておったら、

極楽にはけんようになるぞ! 」

答えを絞り出すように、忠明が言った。

「フ、ハハハ……」

すると、観童丸が大笑いする。

「看督様は、真に極楽往生ごくらくおうじょうできるなどと、信じておられますのか? 」

腹を抱えて苦しそうに笑う。

「こら、……笑うでない。だが、普通おおよその者は極楽に往きたがるものであろう? 」


観童丸は、一頻ひとしきり笑い終えると、少し疲れたように作業を再開した。


「さぁ、……いずれにしろ、わしには、もう、ので」


「おぃ、……あきらめるな! 御仏みほとけを信じろ、何かできることがあるはずじゃ! 」


現代人が聞いたら、『何じゃ、それ? 』 と、突っ込みそうな会話をしている。


この時代の人々にとって、死後に"極楽に生まれかわる"という極楽往生は、重大な関心事であったようだ。

極楽とは、本来、阿弥陀仏あみだぶつがいらっしゃる世界のことで、阿弥陀経の中では、

『そこでは全ての者が苦しむことがなく、ただ全ての楽を受けることができる世界である』

と、紹介している。

そこで、極楽とは"思いがかなえられる素晴らしい死後の世界"というイメージが定着していったのではなかろうか。

平安の人々は、疫病や天変地異による災害に何度も見舞われた。そこで、今の我々が思う以上に、死は近いものであったのだろう。その為、より一層、死後の世界に幸せを求めたのかもしれない。

いずれにしろ、人々は辛い現世を終えれば、極楽に生まれかわれるように祈るのが普通だった。



「諦めるも、何も、……わしは、極楽には往かれん輩らしいですぞ」

「はぁ……? 」

恵朝けいちょう様が、そう申されましたのでな」

「あの御仁ごじん、時々、余計なことを申すな、……あのようなな御経様のいうことを真面目に聞かんでもよいぞ! 」

人の良い忠明は、なぜか真剣に怒っている。


一方、観童丸は、節を削り終えた竹笞を手にすると、最終チェックをするかのように、しなり具合を確かめ始めた。


「まぁ、ちょっと、わしも……あの御仁のかゆを水で薄めたりしたがな! 」

観童丸が、フフフ……と笑う。

すると、絶妙なタイミングで、竹笞がバキッと折れた。撓らせ過ぎたのだろう。


「おぅ、……おっ魂消たおったまげた! 」


破裂音にビックリして、観童丸がブルブルと震えている。


「ハハハ、……何やら、面白げな音が聞こえてきたわ! 」

今度は、仕返しのように忠明が大笑いした。


「そちも、そちじゃが、御経様にも困ったものじゃのう。

……何せ、いつも我らのことを身分が低いと見下しておられるのだからな。

どうも、扱いにくい御仁じゃ! 」

「ほぅ、……天火様も、わしらと同じ様なことを、お思いになられているとは」

そう言うと、観童丸が面を上げ、忠明の方を見た。

「わしらも 『 天火様がえろうなってからは、目も合されんようになった……』と、

恨めしく思っておりましたぞ! 」

意外な言葉に、今度は忠明が観童丸の方に目を向ける。

「まぁ、わしがここに居るのは、天火様がからじゃ、

……これからも、良しなにお願いしますぞ」

そう言うと、あっという間に忠明の座っているところにまで上って来て、顔を覗き込んだ。

童顔ベビーフェイスの観童丸がにっこり笑う。


「こら、れ者が……」


忠明は反射的に、観童丸の胸倉むなぐらつかもうとした。

だが、もうそこに観童丸はいない。

まるで独楽鼠こまねずみのように土間に飛び降りると、そのままスッと姿を消してしまったのである。

本当に、底知れぬ奴である。


この時以来、忠明は、また以前のように放免達と意思の疎通を図るようになった。

なぜなら、……現場は放免で動いているからだ。

だが、刑の執行は、相変わらず不浄なものとして直接見ない。

それだけは、絶対に譲れない矜持きょうじであった。



それから、二日後のことである。

笞刑を受けた男の情報により、盗賊団の根城アジトが割れた。

大捕物を前に、忠明ら……は忙しくなったのである。

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