第2話 周郷舞は一輝のことが好きらしい

「帰宅部になればよかったー!」


 俺は疲れ果てた体から何とか振り絞り、思いの丈を叫んだ。


「まぁそう言うなって。俺は結構楽しいぞ?」

「まじかよ。一輝って何もないところから面白味を探し出す天才なんじゃないか?五億年ボタン連打してみたら?」

「あー、何を言っているかは分からないけど、機嫌が悪いのは分かった」


 一輝と一緒に千草高校に入学して一か月、俺たちは中学に引き続き硬式テニス部に入部した。

 学校にテニスコートが三面もあることを聞き、どれほど楽しいのかと胸を躍らせた時期がボクにもありますた。

 だが蓋を開けてみると、3時間の部活で高1男子が打てる時間はたったの三十分のみ。残りはトレーニング三十分と球拾い二時間。これではもはや球拾い部である。

 俺が恨み言を心の中で唱えている間に、手際よく着替え終えた一輝は、すでに荷物

も片付けていた。


「これから他の部員とカラオケ行くことになってるんだけど、智也も来るか?」

「パス。一輝と二人とかならいいけど、どうせ女子部員も来るんだろ?俺が行っても冷めるだけだって」

「そう言うと思った。そんなことないとは思うけど」

 一輝は困り顔で髪を掻き上げた。キザな動作も様になるのだから、イケメンは得である。

「じゃあ、また明日。疲れてるのは分かるけど、机に突っ伏してないで早く帰れよ?」

「わかってるよ、また明日」


 一輝はカバンを持って勢いよく教室を飛び出した。

 一輝を見ていると、アオハルがどのようなものかよく分かる。運動に打ち込み、文化部も兼部する。友達とカラオケやらライブやらに積極的に行き、女子とも仲が良い。まだ一輝は彼女がいないと言っていたが、それも時間の問題だろう。

 結論、陽川一輝こそ青春そのものである。こんなことを本人に言っても否定するだろうが。


「~♪」


 突然廊下から鼻歌が聞こえてくる。足音もだ。どんどんと近づいてくる。


「かっずっきー!テニスかっこよかったよー!」


 扉を勢いよく開け、教室に入ってきたのは長い黒髪を揺らしている女子だった。

 周郷すごうまい。現在、一輝を取り巻くキャピキャピ軍団の一人で、天然かつ頭が少し弱いことで有名である。

 キャピキャピ軍団とは、その名の通りキャピキャピしている女子たちの集まりを指す。命名は俺、使っているのも俺だけ。結構センスあると思うんだけどなぁ…。


「あれ、誰もいない?さっき部活が終わったばかりのはずなんだけど…」


 周郷さんは一輝の机に座り、あたりを見回した。

 なるほど、この教室には誰もにいないのか。どうやら俺は知らぬ間に幽霊になっていたらしい。これまで塾の座席表に十二週連続で名前が書かれないほど存在感が薄い俺でも傷つくことはあるんですけど!

 まぁ、周郷さんは天然らしいからしようがないのかもしれない。隠れるのもここまでにして、俺はここにいるということをアピールしよう。


「す」

「あー、かずき好き」


 時を同じくして、周郷さんは天井を仰いでそう呟いた。

 その瞬間、俺は理解した。自分が聞いてはいけないことを聞いたことを。

 周郷さんは呟き続ける。


「かずき好きだなぁ。私にいっつも優しいし、背も高いし、運動もできるし、分かりやすく私に勉強教えてくれるし、おまけにイケメンだし、神かよ」


 自分が冷や汗をかいているのが良く分かる。

 早くこの空間から逃げ出さなければ。だが、今一歩でも動くと俺が聞いていたのがバレてしまう。もう、周郷さんが教室から出るまで息を潜めるしかないだろう。編集で不可能なミッションに挑戦する映画の音楽流しといて!デンッデンッデンデンッ♪


「私より可愛い女子このクラスにいないし、とりあえずは安心かなー」


 俺の気持ちを露も知らず、周郷さんはとんでもないことを言った。

 天然キャラの周郷さんからそんな言葉聞きたくなかった。あのキャラ、作ってたのかよ…。これだから女子は怖いんだよなぁ。


「今度、かずきに何の質問しよう?できるだけバカっぽいのがいいけど…。あ、ユミがXで呟いてるじゃん。やっぱり、頭の悪い質問は中学の同級生のポストを見るに限るなー」


 おいおい、勉強できないキャラも作ってたの!?もう何も残ってないって!この勢いのまま、実は男の娘だったりしない?

 しかし、あの天然で憎めない周郷舞がこれほどゲスいとは。人間いつどこで嘘をついてるか分からないものである。


「付き合うために必要なのはまずは情報収集だよね…。そういえば、かずきの幼馴染がいるって言ってたような…」


 まずい、恐らく一輝の幼馴染とは俺のことだろう。俺には分かる。俺の名前を思い出し、俺の席を振り返り、そして俺に気づくという展開が。

 だが、そう簡単に展開に乗ってはやらない。思い出せ、一年間かけて立ち読みでナルトを読み切ったことを!こういう時こそ変わり身の術だ。

 その瞬間、俺は重大なことに気がついた。


「確か…友常くんだっけ。あ」


 俺は変わり身の術の印を知らないのだ。

 俺の席を振り返り、完全に目が合った周郷さんは固まっている。


「あー、何も聞いてないよ…」


 俺の弁明も虚しく、周郷さんは俺との距離を一気に詰めてきた。近いんですけど。確かに顔こそ笑ってはいるが、その目は笑ってないい匂いだぁ。

 甘い、ゆったりとした口調で質問をしてくる。


「ねぇ、どこから聞いてたの?」

「いや、だから何も…」


 今度は低く、ドスの利いた声で。


?」

「す、周郷さんが教室に入ってくる前からいました…」


 俺の答えを聞いた周郷さんは頭を抱えた。


「やらかしたぁ。完全にやらかした。教室を見回した時、確かに誰もいなかったはずなのに!」


 落ち込んでいるところ悪いけど、その言葉、誰かを傷つけてない?チクチク言葉、ダメ絶対。


「ってことは友常くん、私がかずきのこと好きだってことも聞いた…ってこと?」

「まぁ、うん」

「恥ずかしいぃ…」


 赤らめた顔を隠すためか、周郷さんは顔を手で覆うが、耳まで真っ赤になっている。

 この仕草だけ見ると、さっきまでゲスいことを言っていたようにはとてもじゃないが見えないから不思議だ。


「友常くん、お願い!今私が言ったこと、かずきに言わないで欲しいの!」


 周郷さんは両手を合わせ、俺に頼み込んできた。こんなシュチュがまさか高校生活で訪れるとは。

 だが、俺も負けていられない。今こそ、一生に一度は言ってみたいセリフランキング第五位を言う時だろう。


「だが断る」

「ん?」

「周郷様の仰せのままに。逆らうわけないじゃないですかぁ」


 俺には確かに見えた。周郷さんの顔は間違いなく般若になっていた。


「ありがとー!びっくりしたー、断られたのかと思っちゃった!」

「は、はは…」


 俺は俗に言う弱者男性というやつなのだろう。そう自覚してしまうほど、周郷さんの覇気は凄まじい。


「でも、何か納得のいかない顔してるね?確かに、私が一方的に頼み事をしているだけじゃ不公平かも…」


 周郷さんは顎に手をあて、いかにも考えるかのようなポーズを取った後、わざとらしく閃いたかのように手を叩く。


「あっそうだ!友常くんの買い物に私が付き合ってあげる!やっぱり女子の意見は大事でしょう?イヤ…かな?」


 周郷さんは、上目遣いビームを放った!め、目がぁ!

 だが、周郷さんのようなカースト上位が俺との買い物を提案するなど、あまりにも不自然すぎる。


「周郷さん、今さら流石に清楚は無理あるって…。どうせ裏があるんでしょ?」

「すごい!それくらいの頭はあるんだ!」


 周郷さんは心の底から褒めているようだった。

 見た目がザ・清楚のくせに、中身がゲス過ぎて頭が混乱する。


「そう、友常くんの言う通り。あなた、かずきの幼馴染なんでしょう?」

「そ、そうだけど」

「あなたと一緒に買い物に行って、かずきの好みの服を教えてもらおうって思ったの!名案じゃない?」


 周郷さんは腕を組み、自慢げに答えた。

 自分が施すフリをして、自分の得になるように立ち回っていたのか。策士である。それを暴露することと合わせると、ギリマイナスが勝つが。


「ねぇ、これで取引成立ってことでいい?」


 そう言って、周郷さんは片手を差し出してきた。

 ここまで、驚きの連続で俺は自分の役割を忘れていた。

 そう、俺は物語でいうところの主人公・陽川一輝の"友人"なのだ。

 友人キャラの役割、それは主人公とヒロインを付き合わせること。ヒロインとは周郷さんのことだ。

 ゲスいのが気にはなるが、昨今のラノベならそんな属性が付いているヒロインがいてもおかしくない。

 今日から物語は動き出すらしい。ならば、俺がするべきことは一択だ。

 俺は周郷さんの手を握った。


「あぁ。周郷さんが一輝と付き合えるよう協力させてもらうよ」

「本当!?じゃあ、近々作戦会議ね!明日は私部活あるから…明後日で!」

「いいよ…」


 なぜ俺に予定がないこと前提で話が進んでいるのだろうか。まぁ事実だけど。


「隣駅のサイゼリアとか?」

「どこでも」

「明後日決めればいっか!サイゼリア安いのがいいよねー」

「確かに、サイゼリは学生の味方だよな」


 第二の故郷の名前を間違われた俺は、正式名称を力強く発音した。これだから最近の若者は…。


「もう遅いし、帰ろっか!」


 時計を見てみると、短針は既に6の数字を過ぎていた。どうやら話過ぎてしまったようだ。


「これからよろしくね、友常くん!」

「こちらこそ、周郷さん」


 友人キャラとして、俺は必ずヒロインを主人公の彼女にしてみせる。


     ◇


 新宿行きの電車に乗った俺たちは、空きがない座席の前で吊り革を握っている。


「そういえば、友常くんっていつかずきと知り合ったの?」

「小学校の時かな。その時から一輝のやつ、顔もよしスポーツもできたからモテモテだったな」

「へぇ、友常くんはどうだったの?」


 分かりきっていることを聞くとは、変わった人だ。

 周郷さんの場合、嫌味で言っている可能性が否定できないのが恐ろしい。


「それはどうでもいいとして、周郷さんはどこで降りるの?」

「え?私は秋葉原で乗り換えるから…、あ!逆の電車乗っちゃった!」

「ふーん」

「ふーんって、友常くんと喋ってたからなんだけど?」

「他責思考やめてくれない?」


 周郷さんが天然なのは本当なのかもしれない。原因を外部に求めるのはゲスいが。

 駅に電車が到着し、扉が開く。


「またね、友常くん。情報収集を怠るんじゃないぞ?」

「善処します」


 周郷さんは電車を降り、反対側の列に並んだ。

 扉が閉まり、電車は発車する。

 あ、テニスウェア持って帰るの忘れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やらかさない奴今すぐ出てこい! 肌石友樹 @tomoki_hadaishi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画