第28話 彼こそ勇者

「──ええ。ご褒美に私の舞台ステージ堪能たんのうしていきなさい」


 まっすぐに顔を上げる。まばゆく輝く笑顔が、地鳴りのような歓声を呼び込む。

 彼女の青いブーツの足元が、舞台ステージとしてせり上がっていった。前方に浮遊する女神の目線より、さらに高い位置に。


「みんな、今日は天乃わたし特別スペシャルなソロライブにようこそ! 最前列の女神おきゃくさまも、楽しんでいってねーっ!」


 マイクを通して朗々と響き渡ったそれは、女神への決別でしょう。

 同時に流れ始めるのは天乃のソロ曲「片想い無限円環ウロヴォロス」の疾走感ある前奏イントロ──ってこれ生で聞かせていただける!? 本気でご褒美なのですが!


「──ふうん。いいの? 本当に、それで」


 けれどそこに響いた女神の冷たい声が、一瞬で、空間のすべてを凍て付かせます。冷たい手で、心臓を直に握られたように。


「よく思い出してみなさいゴルゴーン。あの痛み、恐怖、憎しみ」


 彼女は淡々と、しかし絶対的な正しさ・・・を込めて言葉を紡ぐ。


「あなたは、こいつら・・・・の世界から来た転生者に嬲られ、辱められ、そして無残に殺された」

 

 それでも天乃は、凛として女神を見詰め返す。魔眼は発動させず、人間として。


「あなたの最愛の妹たちと共に──そう、の手でね」


 あくまで淡々と女神かのじょが言い終える。

 それと同時に、後方からとてつもなく異様な気配がした。

 直上に跳躍してから翼を広げ、見渡した視界のなかで、ひとりだけが青の光剣ペンラを持たず、挙手するように空の右手を真っすぐ上に掲げている。

 周りから頭ひとつぶん抜けるすらりとした長身に、短くまとめた黒髪。端正な顔立ちに柔らかな微笑を浮かべる好青年。立て襟スタンドカラーの白いシャツも清潔感を引き立てています。

 

おうけん──!」


 高らかに発した声もまた、イメージのままの爽やかさ。

 同時に、掲げた頭上の右手がグニャリと歪みながら、上に上に伸びる。それは肌色のままじくれて、おぞましい形状の長剣──魔剣へと変じていた。


「ぁ……あ……そん……な……」


 マイクを通して、天乃の震える声が響いた。空中で私が舞台そちらを振り向くと、呆然とする天乃かのじょの姿に背を向けて、女神もまた満足げに微笑みながら客席こちらを振り向いたところ。

 薄れた後光の下から露わになったのは、三つ編みを上品なお団子シニヨンにまとめた若草色ライトグリーンの髪。顔立ちは私や天乃とさほど変わらない年頃の、慈愛で満ち溢れた、柔らかな美貌の少女。

  

「あなたは、彼とは初対面でしょう」


 彼女は私の目を見詰め語り掛けます。ぞっとするほど優しいいろたたえた、翠玉色エメラルドの瞳で。

 

「彼こそは多重転界勇者セイギ」


 前奏イントロを終えた「片想い無限円環ウロヴォロス」の軽やかな主旋律メロディだけが虚しく流れるなかで、上空の私に向け、我がことのように誇らしげにセイギを紹介する。


数多あまたの世界を転生転移、そのたび賦与ふよされしチートによって、無敵の力をその身にまとう──全異世界最強の異法チート蒐集者コレクターです」

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