御幣島みてじま巳々子みみこの二人はバス停に向かって歩いていた。バスの時間がある御幣島に気を遣って、巳々子が提案したからだった。

「すみません、妊娠中なのに」

「いいんですよ。お医者さんにも少し運動した方がいいと言われたので」

 お腹をさすりながら答える。車はまったく通らないが、念のため御幣島が車道側を陣取っていた。

「それで、何をお話すればよいでしょうか……?」

「ありがとうございます。ではまず単純に、巳々子さんは祟りを信じてますか?」

「そう、ですね。祠は昔からありましたし、壊すとよくないことが起こるんだろう、とは思っています」

「ふむふむ。純也さんが亡くなったのは祠を壊した祟りが原因で、だから大雨の日に増水した水路に行ってしまったと聞いたんですが、それ以前に何か変なことはありましたか?」

「変なこと、ですか?」

「はい。たとえば、普段はしないはずの行動をしてた、とか」

 御幣島が訊ねると、巳々子は考える仕草をする。それから「あ、そういえば」と声を上げた。

「大雨が降る何日か前のことです。彼、私にこう言ったんです。『やっぱり村を出て東京で暮らそう』って」

「東京で?」

 そういえば絢也氏は都会から移り住んだ入り婿だと居之上が言っていた。

「はい。今までそんなこと、一度も言ったことなかったのに。結婚する時には私の故郷で生活しようって言ってくれたのに」

 だけど彼は主張したのだそうだ。子どもは都会で産んで育てた方がやっぱり安心じゃないか、と。

「でも私は村のためにも、ここを離れたくはなくて」

 巳々子は顔を伏せると、再び自身のお腹に手のひらを置く。

「それでその日は少し喧嘩になっちゃったんです。……その数日後です。大雨の日、彼の姿が見えなくなって。雨が上がってから、用水路で……」

「そうだったんですね」

「今思えば、あんなこと言い出したのも、祠の祟りなのかもしれません。あの時から祟りでおかしくなってしまっていたのかも……」

 まるで悪い何かに憑りつかれてしまったように、と。

「でもいいんです。私たちには、この子がいるから……」

 巳々子はしばしの間、下を向いていた。やがて顔を上げると、

「すみません。私が知ってるのはこれくらいで。あまり取材の参考にならないでしょうけど」

「いえいえ! 貴重なお話ですよ、ありがとうございます!」

 いつの間にか二人はバス停に到着していた。看板があるだけの簡素なバス停。言うまでもなく、御幣島たち以外には誰の姿もない。

 しばし沈黙が流れる。御幣島だけは聞いた話を咀嚼するがごとく、何度も頷いていた。

「いやー。それにしても、なるほどです。ここを出ようって言い出した、それが理由ですか」

「理由? 何が、ですか?」

 不思議そうに御幣島の方を見る巳々子。

 その問いに、御幣島はさらりと答えた。

「――純也さんを祠の祟りってことで殺した理由、ですよ」

「は…………え?」

 瞬間、巳々子の表情は写真で切り取られたかのように硬直した。お互いを流れる時間が隔絶されたかのように。

 だが御幣島はかまわず続ける。

「というかそもそも、祠なんてなかったんですよね?」

「あの、一体何を」

「あっ、すみません。急に色々言っちゃって。推測と憶測が混ざっちゃってますね」

 では推測から、と御幣島はポケットから小さな薄い板を取り出した。昨日見つけた、祠の残骸だという銅板だ。

「居之上さんは、これを古くから建っていた祠の屋根の一部だって言ってたんですけど……恐らく嘘だと思います」

「どうしてそう、思われるんですか?」

「銅は錆びると緑がかった色になるんです。緑青ろくしょうって言うんですけど。ずっと昔からあって雨風にさらされてたなら、こんなに綺麗なはずがありませんから」

 御幣島が拾った欠片はいささか汚れているものの、錆びはほとんど見当たらない。

「じゃあどうして居之上さんがそんな嘘をついたのかってことになります。ーー理由を考えた時に出てきたのが『祟り』です。祟りという存在が必要になった。だから祠が壊されたという出来事が必要になったんじゃないかなって」

 それがわからなくてずっと考えてたんですけど、と御幣島は首をひねる。

「だけど巳々子さんから今お話を聞いて、もしかしたらって思ったんです。巳々子さんを、つまりは若い女性とお子さんを村から連れ出そうとした純也さんを村の人たちで殺したんじゃないか、って」

 村から出たがっているのは純也氏ひとりだけ。であれば巳々子と、そして数の少ない村の住人が口裏を合わせてしまえば。誰もそれを断定することはできない。

「といっても、全部私の憶測ですけどね!」

 そして、ネットに蛇ヶ村と祠、それに祟りの噂を流したのは居之上だろう。祠ミームにあやかって、村を有名にするために。これもまた憶測に過ぎないが。

 笑う御幣島に対して、巳々子の表情は強張っていた。

「……そのことを、御幣島さんは記事に書かれるんですか?」

「まさか! 私はホラー雑誌のライターです。探偵でもなければ、まして警察でもないです」

 御幣島は首を振る。そんなつもりは毛頭なかった。

「私はここ蛇ヶ村にあったとされる・・・・祠と、その祟りについて記事を書くだけですので! 推測や憶測を書くようなことはしませんよ!」

「……そうですか」

 巳々子は少し長く、息を吐く。

 丁度その時、バスがやって来た。御幣島にとって一日ぶりに見る自動車だった。

 ひょい、と御幣島はバスに乗り込む。

「それでは私はこれで! 色々とありがとうございました。あ、それから栗、とーっても美味しかったです!」

「いえいえ、お粗末さまです。またぜひ……いらしてくださいね」

「はい!」

 言葉を交わし合うのを待ってから、バスが発車する。御幣島は一番後ろの座席に腰を下ろした。

 首を向ければ、窓ガラス越しに巳々子の姿が見える。白いワンピースの、清楚な女性。自然豊かなこの場所に似合う、美しい女性。

 だがその姿はーー窓ガラスによって屈折したからだろうかーーその姿は、やけに歪んで見えて。

 特に口元は、ぐにゃりと、歪な笑みを浮かべているようだった。

「あ~むっ」

 だが、御幣島はそんなことは気にも留めることはなく。

「んんー! 冷めててもおいしい~」

 彼女の視線は手元のアルミホイル、栗ご飯のおにぎりに注がれていた。



 そして一週間ほどが経った。取材のない御幣島は東京に、編集部にいた。

「御幣島」

「はい! なんでしょう?」

 窓際のデスクから呼ばれる。強面の副編集長だ。

「前に出した記事だが……」

「あっ! もしかしてついに掲載オッケーですか?」

「いや、ボツだ。文章が下手すぎる」

「そっ、そんなあ!」

 無慈悲なボツ宣告に御幣島は嘆く。

「それから、うちはホラー雑誌だぞ? 半分くらい取材先で食ったもののことじゃねえか!」

「だって美味しかったんですもん~」


 こうして彼女の連続ボツ記録は更新され、今回も記事は『お蔵入り』となり。

 蛇ヶ村へびがむらの祠と祟りの話は、誰の目にも触れることはなかった。

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御幣島沙稀の「お蔵入り」ホラー特集 今福シノ @Shinoimafuku

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