「はじめまして! 私、月刊『怪奇』でライターをしております御幣島みてじまといいます!」

 バスを降りて数分歩いた場所にある一軒家を訪ねて、御幣島は名刺を取り出して言った。

「御幣島さんね。話はメールでうかがってますよ」

 独特のイントネーションで応対するのは白髪頭の男性。日に焼けた顔とのコントラストが印象的だ。

「ようこそ蛇ヶ村へびがむらへ。あらためて、この地区で区長をしている居之上いのうえ厳一げんいちです」

「はい! よろしくお願いします! 宿泊も快諾いただいてありがとうございます」

「こちらこそ、さびれた村の民宿オーナーとしては御幣島さんみたいなお客さんは貴重だからね」

 御幣島は促されて玄関を上がる。立派な家屋だった。同じ一軒家でも都内じゃこうはいかない。

「いやあ、それにしてもすごいお家ですね」

「なに、無駄に広いだけだよ。だからこうして民宿をやって有効活用というわけさ。はいこれ、部屋の鍵ね。二階の一番奥だから」

 鍵を受け取る。やけに大きな狸のキーホルダーがついていた。

「それにしても雑誌のライターさんなんて初めて会ったよ。いい記事を書いて、蛇ヶ村のことを有名にしてくれよ?」

「任せてください! と言ってもお恥ずかしい話、まだ一度も採用されたことがなくて」

 御幣島は苦笑する。事実、この取材を記事にできなければ連続ボツ記録を更新することになる。なんとかしてあの強面の副編集長からオッケーをもらわなければ。

 そんなわけで、御幣島は燃えていた。

「それじゃあ私はこれで。夕食までゆっくりとくつろいで――」

「あ、居之上さん」

 御幣島は授業を受ける生徒のようにピンと右腕を挙げた。さっそくここに来た目的を果たさんと言わんばかりに。

「よろしければ先に取材を、祟りが起きたっていう壊された祠を見せてもらってもいいですか?」



「いやあ、すみません。お忙しいのに無理を言って」

 荷ほどきもそこそこに、御幣島は外に出ていた。

「かまわないよ。宿泊客も今日は御幣島さんだけからね」

 半歩ほど前を行く居之上が答える。二人は舗装された道路を歩いていた。だが車が通る気配はまったくない。

「そういえば、御幣島さんは蛇ヶ村うちの話をどこで? そこまで有名な場所じゃないと思うんだが」

「ああー……それはあれですね。最近ネットでちょっとブームになってるからです。祠を壊したことがきっかけで、っていうかんじのホラーが」

「なるほど、思わぬところで盛り上がってるもんだな」

 居之上が苦々しく笑う。不謹慎さは否めないが、ブームのおかげで御幣島も蛇ヶ村の話を見つけることができたのでそれ以上は何も言わないことにする。

 と、前方に人影が現れた。若い女性だった。

「厳一さん。こんにちは」

「おおー、巳々子みみこちゃん。どうしたんだい?」

 巳々子、と呼ばれた女性は黒髪ロングに白のワンピースという清楚を体現したような見た目だった。妊娠中なのか、お腹がふくらんでいる。

 彼女は手に持ったビニール袋を居之上に渡しながら、

「これ、家の裏でとれた栗です。よかったら」

「いつも悪いねえ。またお米とか持っていくよ」

「ありがとうございます。父も喜びます」

 そう言うと、巳々子は恭しく居之上と、それから御幣島にも一礼して去っていった。その姿を、少し呆けた様子で御幣島は見送る。

「若い人も住んでるんだ、って顔してるね」

「あはは、バレました?」

「まあこんな田舎の村じゃあそう思うのも無理もないがね。実際に住んでる人間のほとんどは年寄りばかりだし」

 だから巳々子さんと、生まれてくる子どもはワシらの宝なんだよ。言いながら居之上は歩き始めた。御幣島もそれに続く。

「まあ、来てもらうにはちょうどいい時期だね。稲刈りも終わって一段落したところだし」

「山あいなのにお米づくりが盛んなんですね。ちょっとビックリです」

「土がいいからだろうね。それから水かな。こんな山奥で生きるワシらに神様がくださった恵みだよ」

 言葉の通り、道路から見える平地はみな、田園となっていた。といっても稲刈りが終わった後なので、いささか殺風景だが。

 そして田の脇には、縦横無尽に水路が張り巡らされていた。御幣島の近くにあるものはひと際大きい。今は干からびているが、夏の時期にはたっぷりと水が流れていたのだろう。

「このあたりの水路で、亡くなられてたんですか?」

「ん?」

 御幣島の問いに居之上は一瞬、眉間に皺を寄せる。だが御幣島はその様子に全く気がついていないかのように質問を続ける。

「祟りにあったという方です。たしか、水路で溺死されてたんですよね」

「ああ……彼のことか」

 居之上は苦虫を嚙み潰したような表情をしてから、目を細めた。

 彼。名前は早矢仕はやし純也じゅんや。二十七歳。蛇ヶ村地区在住。ニュースではそう報じられていた。

「あれは大雨が降った時だったなあ。ほら七月の。最近よく聞く、線状降水帯とかいうのが」

「ニュースにもなってましたね」

「彼が水路に落ちたのはその時で……ちょうどあの辺りだよ。ほら、せきが見えるだろう?」

 居之上は指をさす。水路の断面にピッタリとはまるような形で金属製の錆びた板が設置されており、傍らにはバルブがあった。

「夏場は田が干上がらないよう、あれで水の流れを止めたり調節したりするんだよ。だけど大雨の時は話が別。止めたままだと水が溢れて田がぐちゃぐちゃになっちゃうからね。事前に開いておくのさ」

「雨の時に田んぼの様子を見にいっちゃいけないってよく聞きますけど、そういう理由なんですね」

 都会育ちの御幣島にとって言葉だけではイメージが湧かなかったが、現物を見て納得した。事故当時はきっと、水路は激流で満ちていたことだろう。

「だけど彼はなぜか、あの時あの場所にいてね」

「結果、残念なことになってしまった……と」

 そう。蛇ヶ村で起きた事故は言ってしまえば至ってシンプルだった。大雨の日に村の男性が亡くなった。死因は水路で流されての溺死。不慮の事故。なのでニュースでも大きく報じられることはなく、蛇ヶ村以外で憶えている人間はほとんどいないだろう。

 だが、事故から数日経って世間からも忘れ去られようとしていた時。ホラー系の匿名掲示板で一つの噂がささやかれるようになった。

 被害者の男性は村の祠を壊したが故に、祟りで死んだのだ、と。

 だから御幣島はここに来た。ホラー系雑誌のライターとして。それを題材に記事を書くために。

「さ、ここをのぼった先だよ」

 居之上が木々の間にある山道を指さして言う。

「少し傾斜がきついけど、大丈夫かい?」

「へっちゃらです! さあ、行きましょう!」

 御幣島は軽快に返事をすると、パンプスで地面を踏みしめた。

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