御幣島沙稀の「お蔵入り」ホラー特集

今福シノ

 御幣島みてじま沙稀さきにとって、取材先に向かいながらの食事は何よりの幸せだった。

「んー。意外といけるな、鹿肉の肉巻きおにぎり」

 ジビエにしては肉が柔らかく、しかし歯ごたえがある。タレに秘訣があるのかもしれない。これだからご当地グルメは侮れない。

「もう一個食べちゃおうっと」

 むぐむぐと咀嚼する御幣島の身体は左右に揺れる。美味しいものとの出会いに喜んでいるのもあったが、単純に慣性の法則によって動いていた。端的に言えば、バスに揺られていた。

 バスは右へ左へとカーブを曲がりながら山をのぼっていた。早朝に東京を出発して新幹線、電車、そしてバスと乗り継いで、四時間ほどが経過していた。ちなみに肉巻きおにぎりはバスを途中下車して道の駅で買った。

「お嬢ちゃん、よく食べるわねえ」

 通路を挟んで反対側に座っている妙齢の女性二人組が声をかけてくる。服装からしてハイキングにでも向かうようだ。対して御幣島はスーツ姿。小柄な身長にピンと伸びた背筋。切りそろえられた短い黒髪のせいもあって、まるで山に迷い込んだ就活生のようだった。肉巻きおにぎりを頬張っていることを除けば。

「あっ、ごめんなさい。臭いとかキツかったですか?」

「ぜんぜん気にならないから大丈夫よ」

「ありがとうございます! では遠慮なく」

 ガサリと袋から新たな肉巻きおにぎりを取り出す。実に四個目。女性は二人とも目を丸くする。

「お嬢ちゃんも終点で降りるの?」

「いえ。私はそのひとつ手前で」

「手前?」

 もう一人の女性が首を傾げた。

「手前の停留所って、たしか小さな集落がひとつあっただけな気がするけれど……」

「しっ」

 言いかけていたのを隣の女性が制止する。それから声をひそめて「そこは例の」「あっ」とヒソヒソ話が続いた。だが、御幣島は気にすることなく肉巻きおにぎりにかぶりつく。あっという間に胃袋へと消えた。

 車内アナウンスが流れる。停留所が間もなくだと知らせる内容だった。ほどなくしてバスは簡素なバス停の前で停まる。

「では私はここで! お姉さん方もハイキング、楽しんできてください!」

 ICカードをタッチしてから元気よく、御幣島は手を振ってバスを降りる。女性二人が気味の悪そうな表情を浮かべているのを気にも留めずに。

「さーてと。取材、取材!」

 御幣島は口についたソースを舌で舐めとると、いたって軽い足どりで目的地へと歩き出す。

 数ヶ月前、祠を壊した祟りで男性が死んだとされる村へと。

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