39話 エピローグ

「おはよーっす」


 俺は教室奥の自分の席に向かう。

 そこにはもう、いつものメンツが固まってだべっていた。


「おはよう陽翔。結乃ちゃんと真白ちゃんも、おはよう」


 菜月は俺の隣にいた藤白と奈良瀬とも挨拶を交わす。


「結乃と真白。変な奴に会わなかった? ちゃんと下条君に守ってもらえた?」


 橘がからかい半分、心配半分で尋ねる。


「もし陽翔が不甲斐ないようなら、俺が代わりに――」


「やめとけ光希。お前じゃ壁にもならないよ」


「せめて壁くらいにはなりたいな!? 男として!」


 光希も悠もこの場の雰囲気が暗くならないように明るく振舞ってくれた。


 あの一件から数日。

 俺達は皆にも事情を説明した。

 Vtuber云々は伏せつつ、二人がストーカーに粘着されていたこと、それを俺と菜月で撃退したこと。

 皆は自分達も何か力になりたいと言ってくれた。本当に良い奴らだ。

 橘が泣きながら二人を抱き締めていた光景が、今でもはっきりと思い出せる。


 とは言っても事件は既に解決済み。皆の気持ちだけ受け取っておいて、俺達はまた再び日常を謳歌していた。

 俺がしばらくの間、ボディガードとして藤白と奈良瀬と一緒に登下校をしている点だけが以前と違うけど。


「うん、全然大丈夫だったよ。何もなかったし、いざって時は下条君もいるしね」


「下条君には頭が上がらないです」


「いざって時は下条君を頼るんじゃなくて、下条君を囮にして逃げるんだよ?」


「おい待て、橘。それは聞き捨てならん」


「え、結乃と真白を守れるなら本望でしょ?」


「……確かにそうかも?」


「まんざらでもないじゃーん」


 俺と橘はからっと笑う。反対に藤白と奈良瀬は恥ずかしそうに目を泳がせていた。


「なぁ陽翔。さっきちょっと話してたんだけどさ、今日俺ら部活休みなんだよ。だから皆で遊びに行かね? パーっとさ!」


 光希の言葉に菜月も橘も、悠でさえもうんうんと頷いていた。

 皆なりの気遣いというか、何かしてあげたいという想いが伝わってくる。


「俺は大賛成」


「カラオケとか行こうぜ! 思いっきり歌えばストレス発散になるし!」


 俺は横目で二人の様子を伺う。

 二人にカラオケはちょっとハードル高いんじゃないかなぁ、なんて思ってしまったけど――


「行きたい! カラオケ行こう!」


「行きましょう、カラオケ!」


 藤白も奈良瀬もそんな様子は微塵も見せず、嬉しそうに顔を綻ばせていた。


 そうやって俺達は日常を謳歌する。

 学校に行って、友達とだべって、遊んで、そういうなんでもない毎日を過ごしていく。


 でも、それだけじゃ足りない。

 それだけじゃ、俺達を――俺と、藤白と、奈良瀬の日常を形作るには足りないのだ。


 今日の夜の約束を思い出す。

 久しぶりに推しに会える。そう思うだけで、心が躍った。



 ***



「カラオケ楽しかったねー」


「皆上手でびっくりしました。上手く歌えていたでしょうか……」


「いや藤白も奈良瀬もめちゃくちゃ上手かったよ。俺も練習しないとな」


 カラオケが終わって、俺達は二人の家へと向かっていた。

 既に日は落ちて、空にはきらきらと輝く星々。

 いつだか見た時と同じ、金平糖みたいに綺麗な星空だった。


「下条君、本当にありがとうね」


 俺はその言葉に思わず笑みを零す。


「な、なんで笑うの」


「いやだって、そのセリフ何回目よ?」


 あの一件以降、藤白も奈良瀬も事あるごとに俺にお礼を言っている。

 俺はただすべきことをしただけなんだけどな。


「何回でも言いたいの。ね、真白」


「そうですよ、何回でも言うので何回でも受け止めてください」


「こりゃ後100回は聞くことになりそうだなぁ」


「何回でも、何度でも言うよ。これから先もずっと」


 その言葉に、思わず心臓が跳ねた。

 どくどくと耳元で心臓の音が鳴り響く。


 なんだかその空気に耐え切れなくて、俺は話題を逸らす。


「そ、そういえば本当に家まで行ってよかったのか? 別に配信なら自分の家で見るけど」


「いいの。というか、直接見ててほしいの。今日は私達の再スタートの日だから」


「下条君がいないと始まりませんよ」


 ストーカー被害にあってからは二人は配信をしていない。

 そういう意味では確かにこれは再スタートかもな。


 あんなことがあった後で、それでも配信を続けるというのは並大抵のことじゃない。

 きっと二人の中にも葛藤や覚悟があったに違いない。


「そっか。じゃあこの目でしっかり見届けないとな」


 だから俺は、二人の背中を押そう。

 直接手助けできる訳じゃないけど、せめてしっかりとこの目で、二人の雄姿を見届けよう。


 星が輝く。俺達の道標みたいに、きらきらと。

 なんとなく俺は、空に向かって手を伸ばした。

 その先の未来を、俺達の未来を、掴み取るように。




「それじゃあ始めるね」


「おう」


 配信機材くらいしかない配信部屋で、二人はPCの前に座る。

 俺はカメラの画角に入らないように、隅っこで二人を見守った。


「いくよ、すい」


「いきましょう、こころちゃん」


 俺、下条陽翔には秘密がある。


『みんなー久しぶりー! 元気してた?』


『ちょっと最近は体調が優れなくて……でも、もう大丈夫です! これからは張り切って配信していきますので、よろしくお願いしますね』


『それじゃあ早速始めよっか。タイトルコールも久しぶりだね』


『みなさんも一緒にいきましょう! せーの――』


 誰にも言えない、俺だけの秘密。

 それは――


白羽しらはこころとぉー』


黒羽くろはすいのー』


『『雑談生放送ぉー!』』


 俺が二人の新人Vtuberの指南役、ということだ。


 いずれトップの座を掴む二人の姿。

 俺はその姿を、腕組をして、満足気な笑みを浮かべて、ただ黙って見つめているのだった。




――――――――――――

これにて本編は完結です。

この後は番外編と後日談を数話更新予定となります。

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