35話 強力な助っ人

「下条君……? どうしたの?」


 藤白の声が、どこか遠く感じる。


 やはり二人が感じていた視線は気のせいじゃなかった。

 見られてた? どこから? 学校を出てからここまでつけていたのか?

 なんで藤白と奈良瀬が白羽こころと黒羽すいだと分かった? 声か? 声が聞こえるほどの距離まで近付かれていた?

 今もまだ、外で見張っているのか?


「下条君っ!」


「――!! あ、悪い……ちょっと考え事を……」


 藤白も奈良瀬も浮かない顔をしていた。


「もしかして、向こうから接触してきましたか?」


「……あぁ。やっぱり二人が感じた視線ってのは勘違いじゃなかったみたいだ。この家の場所もバレてる」


 俺がスマホの画面を向けると、二人はびくっと肩を震わせる。

 怯えの色がありありと浮かんでいた。


「警察に相談するのが、ベストだと思う」


 相手からアクションを仕掛けてきたのは、こちらにとっては幸運だ。

 このメッセージは少なからず証拠となりえる。視線を感じているだけじゃ気のせいだと一蹴されるかもしれないけど、これを見せれば警察も少しは動いてくれるだろう。


 わざわざこんなメッセージを送ってくるような奴だ。どんな強硬手段に出るか分からない。そうなる前に警察に相談するのがベスト。

 だが藤白は――


「それは……」


 ぐっと唇を強く噛み締めていた。


「それは……できればしたくない……。ごめんね、そんなこと言ってる状況じゃないのは分かってる……でも、どうしても家族には、パパには知られたくない。それだけは、嫌なの……」


「結乃ちゃん……」


 目を伏せる藤白。その手は固く、強く、握られていた。ギリッという擬音がこっちにも届くんじゃないかってくらいに、強く。


 何か訳アリなのだろうとは前々から思っていた。

 高校生が友達と二人暮らし。家族の影は一切感じられない。

 もしも定期的にこの家に親が様子を見に来るのであれば、キッチンのあれを放置しておく訳もない。

 藤白の反応を見るに、父親との仲もあまり良好ではないのだろう。


 親元から離れて暮らす高校生。バイトをしていない二人。高そうなマンション。様子を見に来ないが恐らく生活費だけは払っている親。そんな親と確執のある藤白。


 それはまるで――


「……分かった。じゃあ今はまだ警察に相談するのはやめておこう。警察は最終手段だな」


「ごめんね、下条君……。下条君にばかり迷惑かけて……」


「だから別に気にすんなって。事情は人それぞれだし、俺は藤白の意志を尊重するよ。それに俺は指南役だからな。頼ってもらわないといる意味がなくなっちまう」


 心配かけないように、からっと笑う。

 すると藤白も無理矢理に取り繕った力のない笑みだったけど、それでも笑ってくれた。


「それで……これからどうします?」


「そうだな、俺がいれば抑止力にはなるけどいつ相手が痺れを切らすかも分からん。そもそも向こうの目的も不明だし」


 少し整理してみよう。

 ミスターあるじは配信を聞いて藤白と奈良瀬の生活圏を特定。二郷高校ではないかと当たりをつけ、数日間二人をストーキングした。

 目的がストーキング行為自体にあるのか、それとも二人をどうこうしようと思っているのか、それは分からない。

 だが俺という第三者の存在を持ってミスターあるじは憎悪を燃やしている。結構熱心なファンであることに間違いない。


(あ、そういえば……)


 ミスターあるじ。どこかで聞いたことある名前だと思ったら、毎回コメントで『俺の嫁の配信へようこそ』って書いてる奴だ。俺が二人の配信を見る前からいた最古参リスナー。


 もしミスターあるじが白羽こころと黒羽すいにガチ恋しているなら、ただ遠巻きに眺めて終わるとは到底思えない。

 ある意味で俺という存在が逆に火に油を注いでしまったかも。


 メッセージを見る限り、こいつの性格は利己的で他者を顧みず、自己顕示欲も強い。何をしでかすか分からない危険人物。


 俺一人だと、少々心もとない相手だ。

 かといって、例えば光希や悠なんかに協力を申し出ても、それはそれであいつらを危険に晒してしまう。


 だとすれば、助力を乞うなら俺よりも戦闘能力がある奴だ。

 例え相手が大人の男でも易々と倒せてしまうような人物。

 俺が絶対の信頼を持ってボディガードを任せられる人物。


「やっぱ……それしかないか……」


「それって……?」


「助っ人を呼ぶ。俺なんかより百万倍頼りになる奴だ」


 疑問符を浮かべる二人に俺はふっと笑みを浮かべる。


「菜月だよ」



 ***



「そんな大変な状況になってたのに、気付いてあげられなくてごめんね……。もちろん私も協力するよ! 二人には何人たりとも指一本触れさせないから!」


 次の日の放課後。空き教室に移動した俺達は二人がVtuberをしているという事情は伏せつつも、ストーカー被害に遭っていることを菜月に説明。こうして協力を取り付けることができた。


「でも、本当に大丈夫? 私達の方からお願いしといてなんだけど……」


「全然大丈夫。何も心配いらないよ。こう見えても私、陽翔より強いんだから」


「それがにわかには信じ難いのですが……」


 まぁ菜月は見た目はただの美少女だ。男の俺よりも強いと言われてもピンとこないだろう。


「菜月んとこのおじさん……つまりお父さんは空手の道場やっててな。菜月は幼い頃から空手を習ってるんだ。しかもフルコンタクト空手」


「フルコンタクト……?」


「型とか寸止めじゃなくて、実際に打撃し合う実践空手のことだよー」


「それで最近じゃおじさんもぼこぼこにしてるんだろ?」


「ぼこぼこだなんて人聞き悪いなぁ。ちゃんと加減してるよ?」


 おじさんだって何十年も空手やってる猛者なんだが……手加減して勝てるのか……。マジで化物だな。


「それで、私も陽翔と一緒に登下校すればいいのかな?」


「あぁそれで頼む。菜月がいてくれたら安心だよ」


「任せて! 悪い奴が来たらパンチお見舞いするから」


 シュッというよりかはブォンみたいな擬音を纏ったパンチを繰り出す菜月。


「……手加減してね?」


「善処します」


 ……善処かぁ。

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