32話 逃げられない

 藤白と奈良瀬が帰ってから、その夜。

 俺は今日もリビングのテレビで二人の配信を見ていた。

 隣には当然莉子も一緒だ。


「いやぁ、結乃ちゃんも真白ちゃんもとても良い子じゃった。これからも仲良くしていきたいのぅ」


 莉子は二人のことを心底気に入ってしまったらしい。

 オレンジジュースをこくこくと飲みながら、嬉しそうに顔を綻ばしていた。


「めちゃくちゃ意気投合してたもんな」


「我もびっくりじゃ。大体初対面の奴らは我を珍獣でも見るような目で見てくるからな」


 そりゃお前のそのバグった口調のせいだろうよ。

 でも二人はそこについては終始ツッコまなかったな。ナチュラルに受け入れていた。


 まぁ多分そういう所も含めて波長が合うんだろうな。どっちも人付き合いとか苦手だし。

 根本的な性質が似通っているとみた。


 俺はテレビで流れている白羽こころと黒羽すいの配信を横目に、スマホを操作する。

 見ているのはSNSだ。さっき家に二人が来ていた際に、こころとすいのSNSアカウントを作ろうと提案したのだ。


 二人はSNSを全然触っていないらしく、俺が二人のアカウントを管理することとなった。まぁやることは莉子のアカウント運用と同じだから問題ない。


 配信前にはちゃんと告知もしてあって、その反応も上々。

 結構拡散されているらしく、告知に対して律儀に『絶対見ます!』とか『今一番熱いVtuber!』とかコメントしてくれている人もいる。有難いことだ。


 他にも反応を調べるべくエゴサをしていると、通知が入った。

 また誰かからコメントを貰ったみたいだ。


 そのコメントを見て、俺は手を止める。


『二人は本当に高校生?』


(うーん、これは返信するべきか悩むな……)


 一応設定上は高校生としてやっているから、普通に返すなら肯定するべきだ。

 だけど、本当に、というニュアンスからこいつは中の人の詮索をしているのは間違いない。


 昨今はVtuberに対しての誹謗中傷や個人情報の特定等も問題視されている。

 だから、ここは慎重にならなきゃいけない。


(とりあえず保留するか。今は配信中だからここでコメント返すのもおかしいし)


 俺はスマホを閉じて二人の配信に集中する。


 こころとすいは今日のスタバについて話していた。


『今日ね、初めて近くのスタバに行ったの!』


『友達と行ったんですけど、その人は常連で凄い慣れた様子で……私達なんか全然何も分からなくてポンコツでしたね』


『陰キャにはキツいよねー。あ、でもね。私実は次行くとき用に呪文、完璧に覚えたんだよ』


:呪文www

:スタバの呪文マジで長いよな

:あれ長くしようと思えばいくらでも長くできるからね

:カスタム全ぶっぱしたらドリンクバー全ぶっぱよりもやばいもんできそう

:それもうカロリー的にやばいだろ

:陰キャでスタバ行くとか、それもう陰キャじゃないです

:陰キャ名乗らないでください!


 コメントも大変大盛り上がりだ。

 やはりリスナーも潜在的陰キャが多いからか、スタバネタは共感を呼びやすいのか。


 そのまま二人はスタバネタをこすりまくり、一息ついた所で別の話題に切り替えた。


『あ、今日はね、その後たまたまアイドルのイベントも見たんだよね』


『あれ凄かったですよね。私歌も踊りも全然なので尊敬しちゃいます』


 ふとあの時の二人の表情を思い出す。

 踏み入らないようにしているのに、ふとそれを破ってお節介を焼きそうになっている自分に気が付いた。


(いやいや、人の事情に突っ込むのは違うだろ)


 そう自分の考えを否定しても、もやもやは晴れない。

 何か力になってあげられることはないか。傲慢にもそんなことを考えてしまう自分がいた。


 深い深い思考の海に飲み込まれる。

 テレビの音が段々と遠くなって、頭の中の自分の声だけが聞こえてくる。


 それでも、微かに藤白と奈良瀬の声が――


『なんでしたっけ。あのアイドルの方々の名前……』


『確かぁ……あ、そうだ。えんすた! エンジェルスターズ!』



(――ばッ!?)



 俺は、がたんと音を立てて立ち上がった。

 なんで、アイドルの名前を言っちまったんだ! 配信で!


「兄ぃ……これは……」


「あぁまずいよ。マジでやばい。くそっ……俺がちゃんと言い含めておけば……!」


 焦燥感が募っていく。動揺と焦りで自然と心拍数が上がっていた。


 アイドルの名前まで言ってしまったら、そのスケジュールを調べるだけで今日どこでイベントをやっていたのか分かってしまう。

 それはつまり、二人の生活圏を晒してしまったようなものだ。


:えんすた?

:あぁ最近ちょっと有名になってきたアイドルか

:調べたら今日は二郷でイベントしてたらしい

:え、じゃあこころちゃんとすいちゃんはその辺に住んでるってこと?

:会いに行きます!

:リアルイベント開催ですか?


『え……あ……!』


『い、いやちょっと待ってください。えんすたじゃなくて、あの……』


『あ、と、とりあえずみんな落ち着いて! 今のなし! 全部嘘だから!』


:逆に怪しいwww

:二郷だったら結構近いわ

:ワンチャン会えるってこと!?

:出会い厨やめろ

:犯罪だめ絶対


 コメントの中の大半は冗談で言っているだけだろう。

 普通の人間なら本当に会いに行こうとはしない。


 でも、普通じゃないなら?

 ネットにはそういう奴も大勢いる。

 普通は社会常識や正常な倫理観でもってブレーキがかかる所を、全くかけずにアクセル全開にするような奴が。


 冷静に考えれば、特定に至る確率は低い。

 ただ生活圏を特定されただけで、二人の容姿やらが出回った訳でもない。


 でも怖いのが、俺らの通う二郷高校はショッピングモールから近い位置にあることだ。

 もし二人の言動やらで本当に高校生ではないかと思われたら、二郷高校の生徒であることに気付く奴もいるかもしれない――


 その時、スマホに通知が届いた。


 嫌な予感がする。背筋がぞわぞわと波打って、心臓がどくどくと激しくなる。


 恐る恐るスマホを見ると、SNSからのコメント通知だ。

 相手は、さっき本当に高校生か聞いてきた奴。

 名前は、ミスターあるじ。



『二郷高校……だったりして?』



 もう、逃げられない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る