31話 新人VtuberとトップVtuberの邂逅②

「ほほう……これは中々見ごたえがあるのぅ」


 1階のイベント会場では華やかな衣装に身を包んだ女の子達がライブパフォーマンスをしていた。

 見たことないグループだ。

 名前は、エンジェルスターズ。略してえんすた。

 ううん、やっぱり知らない。地下アイドルだろうか。


 しかしそれでも歌と踊りは本物で、演者と観客が一体となってこの辺り一帯に熱をもたらす。

 ふむ……これ結構参考になるな。

 アイドルの一挙手一投足に反応し、喜び、更に盛り上がるファン。

 その関係性は配信者とリスナーに変えても同じだ。


「なぁ藤白、奈良瀬。二人も――」


 そう言って隣にいる二人を見たら、想像以上に真剣な表情で、一生懸命に踊っているアイドルを見ていた。


「……なんかいいね。ああいうの」


 その目は……俺の気のせいかもしれないけど、少し寂しそうに見えた。


「藤白……」


「あ、ごめんね。なんか感動しちゃって……。ああやって何かに一生懸命になれるのって凄いことだよなぁって思っちゃって」


 なぜそう思うのか。なぜその発言が出たのか。意図は分からない。

 奈良瀬が藤白に不安げな眼差しを向けている。


 二人がそんな顔をしているのが俺には耐えられなくて、明るい調子で口を開く。


「一生懸命やってるじゃん。Vtuberの活動をさ」


 そう言って笑いかけてやると、藤白も奈良瀬も一瞬だけきょとんとした表情を見せて、安心したように微笑んだ。


「うん、そうだね。その通りだ。もっと頑張らなくちゃね」


「一緒に頑張りましょう、結乃ちゃん。それに下条君も、これからもよろしくお願いします」


「任せとけって」


 深くは聞かない。俺はその立場にないから。

 でも指南役として、Vtuberとして大成するまでのサポートは最後までやり遂げよう。

 それが俺にできる精一杯のお節介だから。


「ふむ、やはり踊りが上手いな。参考になる。今度の3D配信でもあれくらいはやりたいのぅ」


 莉子がたんたんとステップを踏む。


「あぁ、3Dモデルそろそろできるんだっけ」


「うむ、かなり気合入れて作ってもらったからな! 我も完成が楽しみじゃ」


 Vtuberのアバターというのは、実は3DじゃなくてLive2Dというソフトを使って2Dの絵を動かしている。

 そこから有名になって行くと、3Dモデルを作ろうという話になるのだ。

 しかし3Dモデルを作るのはめちゃくちゃお金がかかる。莉子も知名度的に3Dモデルを持っていてもおかしくなかったけど、個人勢なのでここまで時間がかかってしまった訳だ。


「え……莉子ちゃん……もしかしてVtuberなの?」


 藤白の問いに莉子はにやりと笑うと、二人の近くまで言ってごにょごにょと耳打ちした。


 その途端――


「「えええええええええ!?」」


 藤白と奈良瀬の絶叫が響いた。


 周りの人の視線が俺達に集まる。


「おいお前ら。声がでかいぞ」


 二人はハッとした顔をして、口を抑える。それでもわなわなと体を震わせていた。


「わ、わ、私達……莉子ちゃんの配信見てVtuber始めた……ってこと?」


「まさか莉子ちゃんが……」


「おぉ、そうじゃったのか。それは嬉しい限りじゃ」


「そりゃ知ってるよ。超有名じゃん……。そっか莉子ちゃんが…………あとでサインもらえる?」


「あ、ず、ずるいですよ。私も」


 藤白も奈良瀬も興奮冷めやらぬという感じで、莉子も実に嬉しそうだ。

 まぁVtuberやってたら対面でファンと会うことなんてないもんな。


 二人の褒め殺しラッシュとファンアピールを浴びて、莉子の鼻がどんどんと高くなっていく。肯定感爆上がりだ。そのうち高笑いでもし出すんじゃないか。


「ほらほら、話すなら家でもできるだろ。さっさと移動するぞ」


 人目がある所じゃ会話もし辛いだろう。何せ莉子は有名Vtuberだ。

 俺達はショッピングモールを出て自宅へと向かった。



 家に着いて、みんなにお昼を振舞って、藤白と奈良瀬は溜まっていたものが爆発したみたいに莉子とお喋りをして、莉子も二人の配信を見ていることを話して、そうやって時間が過ぎて行く。

 当初の予定とは違ったけど、これはこれでよかったのかもしれない。

 莉子は結構親身になって配信のコツとやらを教えているし、二人はスマホで熱心にメモを取っている。憧れの人に出会えたことで彼女らのやる気もまた一段と上がるだろう。


 俺は三人がソファに座って話しているのを、一人ダイニングの椅子でのんびりとした気持ちで見つめる。

 きっと二人は、もっと伸びるだろう。もっと高みへ行くだろう。

 今日の配信が楽しみだ。



 このまま順調に物事は進んでいくのだと、俺は根拠もなく、そう思っていた。


 ――この時は、そう思っていたんだ。

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