30話 新人VtuberとトップVtuberの邂逅①

「我は下条莉子。この愚兄の妹じゃ! 中学3年生の激かわ美少女である! よろしく頼むぞ、二人とも」


 フードコートへ移動した俺達はとりあえず自己紹介でもという話になったのだが、もう既に頭が痛い。

 その他人に対しても全くブレない姿勢は凄いけど、頼むからもっと普通にしてくれ、普通に。


「下条君にこんな可愛らしい妹さんがいたなんて……」


「世界は不思議でいっぱいですね」


「……お前ら大丈夫か? この自己紹介でなんでそんな感想になる?」


「いやいや、下条君こそ何言ってるの? こんな可愛い妹さんがいるのに……もっと誇ってもいいよ?」


 誇る……? 莉子を……?


「見る目があるではないか! 兄ぃとは違うな!」


 こいつを……?

 天地がひっくり返ってもありえないね。


「というか莉子。初対面でしかも相手は年上だぞ。敬語使え敬語」


「え、いいよそんなの。普通に接してくれれば。ねー莉子ちゃん」


「そうです。そんな畏まる必要はないですよ、莉子さん」


 奈良瀬、お前が言っても説得力ないぞ。お前誰に対しても敬語じゃねぇか。


「結乃ちゃんも真白ちゃんも優しいのぅ。どっかの、兄ぃとは、違ってな! ハン!」


 莉子はまるであざ笑うかのように鼻を鳴らす。

 こいつ、俺が人前だと大人しいからって調子に乗ってんな。


 ふてぶてしいその鼻先にデコピンをかますと、莉子は「はぐぅ!」と変な声を上げた。


「痛いではないか! 妹に暴力を振るうなど言語道断であろう!」


「わりぃ、手が滑っちゃって」


「手が滑ってデコピンがでるか!」


「おい暴れるな! コーヒーフラペが倒れちまうだろうが!」


 俺に掴みかかろうとする莉子の頭を手で抑え付けていると、


「下条君って莉子ちゃんと仲いいんだねぇ」


「いいですねぇ、そういうの」


 対面に座っている二人は何やら生暖かい目で俺達を見ていた。


「別に、普通だよ」


 俺は気恥ずかしくなって、少しぶっきらぼうに言葉を返す。


「あれ、なに? もしかして照れてるの?」


「下条君も可愛い所ありますねぇ」


「ちが……別にそんなんじゃ」


 同級生に妹とじゃれ合っている所を見られるのってこんなに恥ずかしいのか。

 顔が熱を持っているのが嫌でも分かる。


「そんな恥ずかしがるな、兄ぃよ。我はいつも助かっておるぞ? 夕餉も毎日用意してくれて掃除や洗濯もしてくれるからな! 仲良くないとそこまでできん」


「え、下条君が家事とかしてるの?」


「そうじゃ、我が家は親が単身赴任してて殆ど帰ってこんからな。快適な生活ができるのも、全ては兄ぃのお陰じゃ」


「凄いですね……尊敬します」


 むずがゆい。めちゃくちゃむずがゆい。なんだこの褒め殺し空間。


「私達なんて料理とか全然できないもん」


「兄ぃの料理は絶品じゃぞ! 何を作らせてもそんじゃそこらのレストランなんかより遥かに美味いものが出てくる! 一種の才能じゃな」


「おい、それは流石に大げさだ。ふっつーの家庭料理しか作ってねぇよ」


「それが美味いと言っておる」


 そりゃあせっかく作るんだから美味しくしたいと思ってひと手間加えたりはするけど、それも別に特別なことじゃない。

 ただ俺は莉子のために美味しいものを……いや何考えてんだ、恥ずかしい。


「いいなぁー、手料理なんて全然食べてないや」


「最近はウーバーばっかですもんね……」


 それはきっと、二人の家庭環境に紐づく話なのだろう。

 普通の家庭なら、ご飯は親が用意してくれるものだ。でも二人は多分、親元を離れて一緒に生活している。


 あれこれ詮索つもりなんてないけど、かと言って上手い返しも思いつかなくて、俺は押し黙ってしまう。


「ふむ……」


 莉子は顎に手を当てて、何かを考え込んでいた。

 かと思ったら――


「それなら我が家で食事でもどうかの?」


「「「へ?」」」


 莉子以外の三人の声が重なった。


「今は丁度お昼時。それなら我が家でランチと洒落込むのも悪くはないだろう? もちろん兄ぃの手作りじゃ。兄ぃも別に構わんだろ?」


「まぁ、俺は別にそれでもいいけど……」


 手料理を振舞うことに対してはなんの問題もない。惜しむらくは今日立てたプランがパーになることだが、それもまた後日に回せばいいだけだ。

 しかしいきなりクラスメイトの男子の家に行くというのも……それはそれでどうなのだろうか。

 俺がよくても二人が嫌がるんじゃ……。


 だが俺の予想に反して藤白も奈良瀬も別段嫌な顔もせず、


「行ってもいいなら……お邪魔しちゃおうかな?」


「よろしくお願いします」


 二人は莉子の提案にあっさりと乗ったのだった。

 うーん、これ莉子の押しが強すぎて気を遣ってたりしないかな。


「下条君の手料理……楽しみだなぁ」


「ですねぇ……レンチンであったかくなったご飯じゃなくて、出来立てのあったかいご飯……ふふふ」


 あ、全然杞憂だわこれ。普通に食い意地張ってるだけだわ。


「よし、そうと決まれば早速行くかの!」


 そう言って俺達が席を離れた時、フードコートの外から大きな歓声が響いてきた。


「なんだ? なんかイベントでもやってんのか?」


「あぁ、なんかアイドルがイベントやるみたいな看板さっき見ましたよ」


「へぇー、地方巡業というか営業回りみたいなもんか」


 フードコードは2階にあるが、出てすぐの所は吹き抜けになっている。どうやらイベント会場は1階にあるらしく、通行人が足を止めて下の階を覗き込んでいるのが見えた。


「面白そうじゃ! ちょっと覗いていくぞ!」


「あ、おい!」


 莉子は言うや否やたかたかと駆け出してしまった。

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