29話 はい、チーズ
「な、なんで笑うんですか……」
「だってめちゃくちゃ疲れた顔してるから」
「そ、そりゃ疲れますよ……よくあんなのを毎回毎回できますね。しかも店員さんに話しかけてたじゃないですか」
「いや、俺決められない時はよく聞くし、別に普通じゃない? 悩んでたら向こうから話しかけてくることもあるし」
「なんですかその地獄は」
「地獄は言い過ぎだろ……」
そんなに他人とコミュニケーション取るの嫌なのか……。
ただ話をするくらいさして労力もかからないし世間話みたいなもんだ。別に疲れる要素もないし地獄な要素もない……と思うんだけど。
「陽キャな下条君とは違うの。あんまり私達を舐めない方がいいよ?」
「うんうん」
奈良瀬が同調するようにこくこくと頷いた。
いやそんな威張ることじゃないだろ。
「お待たせしましたー」
その時、提供台にドリングが運ばれてきた。
「「おぉ……」」
色とりどりのドリンクを前に藤白も奈良瀬も感嘆の声を上げる。
「写真で見るより綺麗だね」
「こ、これがスタバ……なんだか緊張してきました……」
それぞれのドリンクを手に持って、店内を見渡す。
休日だからか結構混雑していて、空いてる席はなさそうだった。
「んー……しょうがないから歩きながら飲むか。ちょっとお行儀悪いけど」
二人からの返事はない。
疑問に思って藤白と奈良瀬を見ると、もうドリンクを飲みだしていた。
「お、美味しい……!」
「甘くて冷たくてデザートみたいですね!」
初めておもちゃを買ってもらった子供みたいに二人は目を輝かせる。
その姿を微笑ましく思いながら俺もコーヒーフラペを飲んで、莉子からのミッションを思い出した。
「そうだ。せっかくだから三人で写真でも撮ろう」
「「え?」」
俺は呆けている二人を店の外まで連れてって、他の人の邪魔にならない隅っこに行く。
「せっかく遊びに来たんだ。思い出残しとかないとな」
そんなとってつけたような理由を口にする俺に対して、二人は口をぽかんと開けて突っ立っていた。
「えーっと……このドリンクだけ撮る、とかじゃなくて?」
「いや、普通にみんなでだけど」
「ど、どうやってですか……?」
「どうやって……? 普通に自撮りでだけど」
道行く人にお願いすることもできるけど、流石に観光地でもテーマパークでもない普通のショッピングモールで写真撮影を頼むのは気が引ける。
他撮りができないなら自撮りしかないじゃん、と言いたかったが、どうやら二人の表情を見るにそういうことでもないらしい。
まさかこいつら……写真嫌いなのか?
「そういうのって……女の子同士でやるもんじゃないの?」
「まぁ確かにネット上に上がってるのはそういうのが多いけど、別に友達なんだから女同士じゃないといけないとかないと思うぞ」
「私、写真めっちゃ下手ですよ……?」
「そこは俺が撮るから大丈夫」
謎の沈黙。
二人は恥ずかしそうに、全く同じタイミングでドリンクをちゅるりと飲んだ。息ぴったりだ。
「ほら、そんな恥ずかしがってないで撮るぞ。ほら寄って寄って」
「あ、ちょ……」
「まだ心の準備が……」
俺、藤白、奈良瀬の順に横並びになって、ぎゅっと肩を寄せる。
なんだか女の子特有のいい香りがしてきて胸が少しだけ高鳴る。
いかんいかん。今は平常心。平常心だ。
「はい撮るぞー。あ、ドリンクはちゃんと見える位置に持ってって。そうそう。いくぞ、はいチーズ」
カシャ、とスマホからシャッター音が鳴った。
見てみると、藤白も奈良瀬も随分とぎこちない笑顔をしていた。引き攣っているというか半笑いというか。
「わ、わ、なにこれ! ちょっともっかい! もっかい撮り直そ! そんでそれは消して!」
「なに言ってんだ。これも記念ってやつだよ。二人にも送っといてやるから」
「いらない!」
「いらないですから消してください!」
二人の抗議の声を無視して俺はLINEにさっきの写真を送信する。
写真に慣れてない感じが味があって実にいい絵だ。
「消してぇ」と情けない声を上げる藤白を無視して、俺はそのまま莉子に写真を送る。
すると、返信はすぐにきた。
『ミッション2。互いのドリンクを交換せよ。時間は10分以内』
(何考えてんだ、こいつ……)
それはつまりあれか、一口頂戴とか、そういう感じのあれか。
間接キスでもさせて俺を困らせようという魂胆だな。
……間接キスか……。
流石にこのお題は承諾できない。
まだ友達になって一週間程度しか経っていないのだ。菜月ならともかく、二人にそんなことをするのは心証が悪すぎる。
ここは見なかったことにしよう。別に写真や動画を求められてる訳でもないし。
(待てよ……?)
そこで俺は、違和感を覚える。
俺を困らせたいのに写真や動画を要求してこないのはなんでだ?
それだと俺はいくらでも嘘をつける。
このミッション内容。
まるでどこかで俺達のことを見ているかのような――
俺はバッと辺りを見渡す。当然視界内に莉子の姿は見えない。
だが、いる。確実に。
通路にそれらしき人物はいないし、隠れられるようなものもない。
だとすれば、考えられるのはスタバ。
俺はスタバの中の客席を見渡す。ほぼ全ての席が埋まっていてかなり人が多い。
が、俺は見逃さなかった。
俺が店内に姿を現した途端、あからさまに視線を逸らした人物がいたことを。
店内だというのに帽子を被ってサングラスをしている、やたら髪の長い女の子を。
俺はずんずんと店内を進んでいき、
「なにしてんだ。莉子」
変装した莉子に声をかける。
てかこれ変装のつもりなのかよ。流石に下手くそすぎだろ。逆に浮いててバレバレだわ。
「な、なんのことですか?」
声音を変えて白々しくも知らんぷりをする。
「この期に及んでしらばっくれる意味あるか?」
「ちょっと何を言ってるのか分からないですね……」
「下条君、その子は……?」
後をついてきた藤白と奈良瀬が、怪訝そうな顔で俺達を見つめる。
「あぁ、こいつは絶賛大人気のフォロワー100万人越えV――」
「おわあああ! ばか兄ぃ! 声がでかいわ!」
「つまり俺の妹だ」
「「妹……!?」」
「な、くっ……おのれ謀ったな」
驚愕の表情を浮かべる藤白と奈良瀬。
じとりとこちらを睨む莉子。
そして突き刺さる店内の視線。
うん、とりあえず場所を変えるか!
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