28話 カスタムは呪文詠唱
さて、ここからはプラン通りに事を進める必要がある。
まぁプランと言ってもさして手の込んだ作戦を考えた訳じゃない。
要は彼女達に配信で話すネタを提供すればいいのだ。
このショッピングモールで見繕える中で、二人の特性に合った話題でかつ配信のネタになりそうなものとなれば限られてくる。
「よし、まずはここから行こうか」
「え……」
「ここって……」
女性が描かれた緑のアイコンにシックな店内。
そうここは、陽キャもといリア充なら誰でも行った経験があり、逆に陰キャには全く縁がないコーヒーチェーン店。
――スタバである。
「ス、スタバ……!?」
「ス、スタバってあのスタバですか!?」
「もちろん、あのスタバだ。二人だって知ってるだろ?」
「ししし知ってるけど、いきなりスタバはハードル高くない!?」
「わ、私注文の仕方とか知りませんよ!? あんな呪文言えませんよ!?」
二人は今にも逃げ出してしまいそうなほどに腰が引けていた。
いかんなぁ、この程度で臆していては。藤白と奈良瀬がおっかなびっくりしながらスタバを初めて注文したエピソードとか、絶対雑談ネタとして使えるのに。
俺は二人の気持ちを鎮めるため、努めて平静な口調で呪文を唱える。
「呪文ってあれか、アーモンドミルクホワイトモカバニラクリームフラペチーノwithチョコレートチップみたいなやつのことか」
「は、え!? なんで空で言えんの!?」
「こ、怖いです……陽キャ怖いです……」
「いやなんでって言われても……よく頼むからだけど……」
高校生でスタバなんて別に珍しくもなんともない。普通だ。菜月ともよく行くしな。
まぁちょっとカスタムが楽しくて色々チャレンジしてみたのは事実だけど。
自分好みのドリンクが作れるって結構楽しいんだよな。最近のお気に入りはアーモンドミルクとキャラメルシロップの組み合わせだ。甘くて香ばしい感じが最高に美味い。割とどのドリンクにも使える万能カスタマイズだ。
「よく、頼む……!?」
「じょ、常連……!?」
二人は抱き合うように肩を寄せ合っていた。まるで化物でも見るかのように目を見開いている。
え、そんな驚くこと?
「いや常連ってほどじゃないけど……たまーに行くくらいだよ」
「たまに行くくらいであの呪文詠唱されたらそっちの方が怖いのですが……」
「いや別にあれくらい普通だって。というか別にカスタムなんて最初はしないで普通に頼めばいいんだからなんも難しいことないよ」
「そ、そうなの……? あの呪文必須じゃないの?」
「なわけあるか」
あれが必須だったらスタバは今頃日本から撤退してるわ。
しかしそれでも二人は勇気が出ないのか、いやむしろ逃げ出したいくらいに恐ろしいのか、スタバからじりじりと距離を取っていた。
仕方ない。これでも尻込みするなら、少しケツを叩くしかないな。
「大体さ、今時の女子高生はスタバなんて当たり前だろ? むしろ他の子はもっと別の映えスポットに行ってるんだから、この程度の経験もないとかちょっと恥ずかしいんじゃないか?」
「ぐっ……」
「中々痛い所を突きますね……」
よし、だいぶ心に突き刺さったようだ。もう一息。
「スタバにも行ったことないなんて言ったら、リスナーに馬鹿にされるだろうなぁ」
「「むむむ……」」
これは結構効いたらしい。口を揃えて唸っていた。
ここ最近の配信を見ても結構野次を飛ばされているというか、ぶっちゃけリスナーの治安はあんまり良くない。
まぁ喧嘩ネタばっかしてるから仕方ないのだが、恐らく本来の彼女達の方向性とは違う方に向いているのだろう。
スタバ行ったことないとか言ったらからかわれるのは目に見えている。
ん……? それはそれで面白そうだな。ちょっと見てみたい気もする。
「ほらほら、どうする? ここで潔く逃げとくか? それとも新たな可能性に飛び込んで自分を変えるきっかけを掴むか?」
でも今日はネタの提供のために来たのだ。ここは断腸の思いで本来のプランを実行しよう。
思いっきり眉をへの字にしていた二人は、顔を見合わせて小さく頷く。
どうやら覚悟は決まったようだ。
「下条君……お先にどうぞ」
藤白がレジに手を向けて俺を誘導する。
手本を見せろってことか。
俺がレジに向かうと、二人もおずおずと後ろをついてきた。若干背中に隠れるように顔を覗かせている。人見知りの幼稚園児か。
「えーっと、コーヒーフラペのトールサイズで。あ、ホイップも追加でお願いします」
さらりと注文を済ませ、背中に隠れている二人に促す。
「え、下条君が頼んだの……メニューになくない?」
「コーヒーフラペは店舗のメニューには載ってないんだよ。公式サイトにはあるけどね」
昔は普通に店舗のメニューにもあったはずだけど、いつの間にか姿を消していた。
つまり、今現在は知る人ぞ知る裏メニューという訳だ。
「スタバにそんなものが……」
「流石は常連ですね……」
「感心するのはいいけど、二人はどうするんだ?」
そう言うと、藤白も奈良瀬もあわあわとメニューと睨めっこし始めた。
しかし、これがどうして中々決まらない。二人ともテンパっているのか「キャラメル……マキアート……?」「フラペチーノってなんですか……?」と目を回していた。
仕方ない。ここは一つ助け船でも出してやるか。
「すみません、二人とも決まらないみたいなのでお姉さんのおすすめ教えてくれませんか?」
店員さんに話しかけると、
「おすすめですか。今ならやっぱり新作のメロンフラペチーノですね。あとは……個人的にはチョコが好きならカフェモカもおすすめですよ」
「じゃ、じゃあ私メロンフラペチーノで」
「私はカフェモカでお願いします」
「メロンフラペチーノとカフェモカですね。カフェモカはホットとアイスどちらになさいますか?」
「え、え……えーっと……アイスでお願いします!」
「かしこまりました。サイズはトールサイズでよろしいですか?」
「ト、トール……? よく分かりませんがそれで大丈夫です!」
テンパりながらも一生懸命に注文する奈良瀬が、実に微笑ましい。
店員のお姉さんも心なしかあったかい目をしていた。
会計を済ませ、俺達は提供台に移動する。
奈良瀬の「はぁぁ……」という特大のため息に、俺は思わず吹き出してしまった。
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