27話 陰キャにも衣装

 日曜日。

 俺は駅前の改札口で藤白と奈良瀬が来るのを待っていた。


 今日の予定はばっちり組んである。

 あの二人に配信のネタを提供し、アンテナをできる限り広げられるようなプランだ。

 加えて友達と遊ぶことへのハードルも大分下げられる、はず。


 約束の時間は11時。今は10時40分。

 女の子を待たせるのもあれだと思って早めに出て来たけど、流石にちょっと早すぎたな。


 まぁでも適当にスマホでも弄ってたらすぐか。もう一度プランの再確認でもしておこう。

 そう思ってスマホを取り出すと、LINEの通知が届いていた。


 相手は藤白でも奈良瀬でもない。莉子だ。


『ミッション1。二人の写真を撮ること。自撮りでも他撮りでも可』


「あいつはまた……何考えてんだか」


 今日家を出る時も散々「デートか? デートなのか?」とおちょくってきたのに、それだけじゃ飽き足らずまだ俺を玩具にするつもりか、暇人め。


『もし達成できなかったら?』


『こっそり兄ぃのアカウントに侵入し、最近お気に入りのVtuber全員にキッショイDM送りまくるの刑じゃ』


「きっつ……」


 あまりにも罰が重すぎるだろ。

 下手したら開示請求されて俺の人生が終了するぞ。


 まぁでも、そんな恐れることはない。

 写真を撮れっていうのは、つまり莉子が二人がどんな子なのか見たいってだけの話だ。

 自撮りくらいなら適当に流れでできるし、そんなに難しい話じゃない。


 だが問題は、このミッションが1と書いてある点だ。絶対2も3もあるに決まってる。

 そしてこういうのは往々にして、次に進むごとに内容がエスカレートしていくお決まりがある。


 最後は多分俺にデートっぽいこととか恥ずかしいことでもさせて困らせたいとかそんなんだろう。


(ふっ、まだまだ甘いな)


 しかしその手には乗らん。

 こんなの、写真だけ撮っておいて解散してから莉子に渡せばいいだけの話。


 浅い。全く持って浅すぎる。

 ゲームを仕掛けるならルールはちゃんと設定しないとだめだぞ、我が妹よ。


『しゃーねぇな。写真は撮っておいてやるよ』


『ちなみに時間は今から1時間以内じゃ』


「はっ!?」


 俺の声に反応して、周りの人の視線が集まる。

 やべ、つい声が。


 ってそうじゃない! こいつ後出しでルール追加しやがった! 汚ねぇ!


 しゅぽっと連続で莉子からメッセージが届く。


『我がそんなバレバレな抜け道を用意すると思ったか? 浅いのぅ』


「ぐっ、ぐぬぬぬ……こいつぅ……」


 しゅぽっと今度はスタンプが送られてきた。

 吸血鬼みたいな目が赤くて歯が尖がった幼い女の子が高笑いしているスタンプだ。


 これお前のアバターじゃねぇか。LINEスタンプ公式発売中ってかちくしょう。


『やらずに逃げるなんてことはしてくれるなよ? ちゃんとミッションを達成してみせるのじゃ! 見ておるからな!』


 俺は思わず辺りを見渡した。

 しかしそれらしい人影は見えない。


 ま、まさかな……流石のあいつでもわざわざ兄貴が友達と遊ぶ所をストーカーするなんてそんなことする訳ないよな。出不精だし。


『分かった。やるよ。お兄ちゃんは優しいからお前の暇つぶしに付き合ってやる』


『うむうむ。物分かりがよくて助かるな。それじゃあ写真待っておるぞ』


「はぁー……」


 俺は若干俯きがちに、盛大にため息をついた。


 なんか面倒なことになったな……。

 まぁでも妹の相手をしてあげるのも兄の務め。ここはしっかりと付き合ってやるのが優しさというものだ。


「えーっと、下条君……?」


 その時、俺の目の前から声が聞こえた。


「ん?」


 顔を上げると、そこには――


「も、もしかして時間間違えちゃった……? ごめんね、遅くなって……」


「ごめんなさい、ちょっと準備に手間取ってしまいました」


 藤白と奈良瀬がいた。


 俺は突然のことに言葉が出なくて、ぼーっと二人のことを見つめる。


「あ、あれ? 下条君?」


 当然だが、休みの日なので二人とも私服姿だ。


 藤白は膝上丈の白いワンピース姿。胸元を大きなリボンが着飾りとても可愛らしい。

 耳の上の所にいつもは付けていない髪留めがしてあって、セミロングの髪がさらりと耳の後ろへと流れていた。

 奈良瀬は藤白とは対照的に足元まである黒いワンピース姿だ。肩に羽織っている白いボレロが真っ黒なワンピースと対比となって実に美しい。


 二人の私服姿の破壊力に、俺は文字通り石みたいに固まってしまった。


「下条君? な、なんか変ですか……?」


「へっ!? い、いや全然変じゃないぞ。藤白も奈良瀬もめちゃくちゃ似合ってる。正直びっくりした」


 ようやく石化から解放された俺は、早口にまくし立てる。

 心臓がどくどくとうるさいくらいに跳ね回っていた。


 女子の私服姿なんて菜月や橘で結構見慣れてるはずなのに……なんでこんなにもドギマギしてんだ。

 いや、正直二人ともめちゃくちゃ可愛い。流石は二郷高校が誇る孤高の姫君だ。この胸の高鳴りは当然の帰結だろう。


 心なしか、周りの男連中からの視線を感じる。


(ふっ、だが残念だったな。この二人の相手は、俺だ!)


 俺だって男だ。こんなに可愛い子と遊べるなんて嬉しいに決まってるし優越感だってある。

 まぁ実際はガチ陰キャと配信活動のために外出しているだけでデートでもなんでもないのだが……それは周りには分からんことだ。


 俺は改めて目の前の二人のことを見る。


 うーむ、とても中身陰キャだとは思えない。

 気のせいかもしれんが、なんだか一軍女子のオーラが出ているような気さえしてきた。


「ほ、ほんとですか……? よかったです……久しぶりにおめかししたものですから、少し自信なくて……」


「いやいや、マジで似合ってるぞ。うん。本当に……」


 あれ、なんだ……いつもなら調子のいい軽口の一つや二つ出てくるのに。


「よかったぁ……下条君にそう言ってもらえて。ほっとしたよぉ」


 ふんわりと微笑む藤白。

 俺はその笑顔に、またしても心臓がびくりと跳ねた。


 あぁもう、何ドキドキしてんだ俺は!

 今日は友達と遊びに来ただけ、配信活動の手伝いをしに来ただけだぞ!


「じゃあ……えーっと、とりあえず行こっか」


 気恥ずかしさを隠すように、俺は背を向ける。


「友達と遊ぶなんて、なんだかドキドキするね」


「ですね。今日は張り切って行きましょう、結乃ちゃん!」


 楽しそうに話す二人の声が、やたらとはっきりと聞こえた。

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