26話 二人っきりの作戦会議

 私、藤白結乃は焦っていた。

 通話を終えた私はデスクの上にスマホをことりと置く。


 少し手狭な六畳の配信部屋。

 そこには配信機材以外には何もなくて、うぉぉぉんというPCから出るファンの音だけが木霊こだましていた。


「やばい……やばいよ真白。友達と一緒に、休みの日に出かけるなんて……!」


 焦っているのは私だけじゃない。きっと真白も同じだ。

 だって視線はあわあわと宙をさまよっているし、どことなく落ち着きがない感じがするもん。


「ど、どうしましょう……しかも相手は陽キャ意地悪怪人のあの下条君ですよ……!」


「うぅむ……」


 そう、そこが問題だ。

 わ、私だって一応? 友達と遊んだことくらい今までに経験ある。

 ……あるよね? 思い返しても小さい頃から真白と遊んでいた記憶しかないけど、あるということにしよう。今した。


 だからまぁ、友達と休みの日に遊びに行くのはまだいい。


 でも相手が下条君となると話は別だ。

 あの陽キャお化けモンスターはきっとまた私達に無茶ぶりをしてくるに違いない。

 大体、友達を作れってグループに入れられたのだって昨日の今日の話なのに、ちょっとペース急すぎない?

 いやまぁ、皆のことはその……普通に好きだし、仲良くしてくれて本当に嬉しいと思ってるけど……。


 でもこれって、見ようによっては……デート……じゃない?

 下条君男の子だし。

 男の子と出かけるのってデートだよね……? 女2男1だとしてもデートだよね?


 真白以外の友達と遊びに出掛けたこともないのに、男の子とだなんて……。

 しかもそれが下条君だなんて――


「私……耐えられるかな……」


「無理でしょうね……」


 真白はノータイムで切って捨てた。

 うん、私もそう思う。絶対無理。テンパって何話していいか分かんなくなる自信ある。


「だよね……。どうしよう……カ、カラオケとか行ったりするのかな? 私自信ない」


 陽キャの遊び方なんて皆目見当もつかないけど、思い付くのはやっぱりカラオケだ。

 陰キャにはあまりにも高すぎるハードルだよ、これは。


「カ、カラオケ!? そ、そんなの拷問じゃないですか!」


「そうだよ! だからやばいんだって!」


「ど、どうします? 今からでも練習しておきますか……?」


「歌ってそんなすぐに上達するものなの……?」


「う、うーん。そう言われると自信ないですね」


 もしカラオケだったらもうその時は腹をくくるしかない。

 当日の私が奇跡的に天才的な歌唱力に目覚めることを期待しよう。


 いや、というかそんな現実逃避してる場合じゃない。

 当日何をするかも重要だけど、そんなことよりも――


「というかさ、そんなことよりも真っ先にやることがあるよね」


「そうですね。そのためにわざわざ日にちをずらしてもらったんですから」


 私は真白の格好と、次いで自分の格好を見下ろす。


 真白が今着ているのはジェラピケの青いもこもこパーカーとショートパンツだ。私はそれの色違いでピンク色。

 私達は家にいることが多い……多いというか殆ど家にいるから、ルームウェアには結構こだわっている。

 ジェラピケのもこもこ具合はまだちょっと肌寒いこの季節でも大活躍だ。

 他にもTシャツとかプルオーバーとかカーディガンとか、季節ごとに色々と買い揃えている。


 けどそれは、あくまでルームウェアの話。


 そう、つまるところ私達は――


「土曜日は、服を買いに行こう!」


「土曜日は、お洋服の調達、ですね!」


 あまりにも、あまりにも外に着ていく服を持っていなかった。


「はぁ……こんなことなら実家からちゃんと持ってくるんだった……」


「仕方ないですよ。あの時は時間もあんまりなかったですし」


「まぁそうだよね……嘆いても仕方ないよね……」


 私達がこの家に住むことになったのも結構急に決まったことだし、今更あーだこーだ言っても遅い。


 その時、くぅぅとお腹が鳴った。


「ご飯食べましょうか」


「そうだね。なんかあったっけ」


「……カップラーメンなら」


「うぅん……カップラーメンかぁ……」


 最近は下条君と学食食べたりファミレス行ったり外食してたから、カップラーメンはちょっと味気なく感じてしまう。美味しいんだけどね。ラクサ味とか結構好き。


「じゃあ……自炊しますか……?」


「真白、うちのキッチンの状況を見てもそれ言える?」


「…………」


 最初は自炊する気満々で色々と調理器具も買ったけど、結局殆ど使うこともなく今は仕舞われたまんまだ。

 一人暮らしすると勝手に自炊するようになるとか聞いたけど、あれは幻想だね。無駄に使ったこともないスパイスとかが鎮座しただけだったよ。


「なら最終手段は、やっぱり――」


「「ウーバー」ですね」


 結局そこに行き着くのだ。最近は置き配もしてくれるから対面する必要もないし陰キャにも優しい。外に出る必要もない。

 まさに私達のためにあるようなサービス。ウーバー万歳!


 私はスマホを手に取ってアプリを起動する。

 色々なお店がずらりと並び、どれもこれも美味しそうだ。


(学食のご飯、美味しかったなぁ)


 下条君と友達になる前は、学食は人も多くて何かと目につくから避けていた。

 お昼はいつもコンビニのおにぎりとかばっかで、しかも結構な頻度で知りもしない男の子からご飯に誘われるから教室にも居られない。

 だから私達はあまり人が来ない、廊下にある自習用のボックス席でご飯を食べることが多かった。


 真白といるのは楽しいけど、やっぱりそうやってこそこそご飯を食べるのは、ちょっと辛い。


 でも今日はみんなで学食に行って、わいわいご飯食べて、いっぱい質問攻めにあったけど、でも楽しくて……とっても嬉しかった。


(もしかして、それも見越して下条君は私達をグループに誘ってくれたのかな……なんてね)


 流石の下条君でもそこまでじゃないだろうけど、でも私達がそれで救われたのは確かだ。


 さっきの電話を思い出す。下条君の声を思い出す。

 不思議と、胸がかーっと熱くなった。


(あ、そういえば最後……)


 おやすみを言う時、下条君が私達のことを呼び捨てにしてた。

 さん付けじゃなくて、藤白、奈良瀬って。


「えへへ……」


「……? どうかしました?」


「ううん、なんでもないよ。真白もすぐに気付くと思うから」


 小首を傾げる真白に、私はくつくつと笑う。

 こういうのはきっと自分で気付いた方がいいよね。


 だってその方が絶対、嬉しいと思うから。

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